64,車庫
「アノン、ライオット。待たせた」
イルバーの声に、アノンとライオットが階段を見上げる。
他の面々はすでに立ち去り、二人は通路に残っていた。そこに階段をおりてきたイルバーと彼の父が合流する。
イルバーの父は二人に「出発は明日だ。ライオット君もアノンさんも、今日はゆっくり休むと良い。じゃあ、また夕方」と言い、息子には「父さんは仕事に戻るよ」と告げ、奥の机が並ぶ方へ歩いていった。
ライオットが軽く会釈すると、アノンも習った。
アノンはこういう時、どうしていいか分からない。ライオットに隠れて、子どものように真似てやりすごすことしかできない。
「場所を変えようか」
二人の前に立つイルバーが苦笑交じりに告げた。
歩き出したイルバーの後を追う。小さな包み紙を大事そうに抱えるアノンがライオットについてくる。
(イルバーもなんか変な勘違いしていないか)
こういう場合は、違うと否定しても、無駄だということも分かっているだけに、ライオットは歯がゆかった。
昨日からアノンは、ライオットの背後に沿うようにくっついて歩くことが多い。
建物を出るまで、机を並べて仕事をしている一群に、ちらりちらりと見られていることも気づいて、気づかないふりをした。
(絶対、変な方向に、誤解されている)
外に出る瞬間、誰にも気取られない程度にライオットは眉を潜めた。
外に出たイルバーは歩きながら話す。
「家に戻るより、まずは車庫と狙撃場に行こう。夕方以降はゆっくり休んだ方が良い。明日は日の出直前に出るからな」
「予定、決まったんだ」
アノンがイルバーを見上げて問うた。
「ああ、明日の朝出て、翌日には遺跡につくだろう。向かうのは六人だ」
「そっか」
素っ気ない反応は平常のアノンらしい。嚙みつかないでくれて、ライオットはほっとした。
「誰が行くのかも決まったの」
アノンは手元の包みを広げる。「食べる?」とイルバーとライオットに差し出す。二人はそれぞれ一つつまんだ。
「俺の隊から二人、アノンとライオットを同乗させ遺跡に向かう。補助としてラディ隊の四人が一緒に来てくれる」
アノンはお菓子をつまみながら、イルバーの話に興味なさげに耳を傾ける。
「アノンは俺と同乗し、ブルースがライオットを乗せてくれる。魔物が出た場合は、ラディ隊がかく乱する予定だ」
「僕、二人乗りの絨毯なら飛べるよ」
「たまにはアノンも乗せてもらえよ」
ライオットの言葉にアノンは沈黙する。反論してくるかと身構えてた手前、拍子抜けした。
(それで、いいってことか)
「イルバーの仲間はもう二人いるよね。留守番?」
「いや、ジャンとデザイアは環の国に、魔物の核を売りに行く」
「環の国へ行くんだ」
アノンがぽつりとつぶやく。歩みが少し遅れ、うつむいた。
「どうした」
ライオットが問うと、アノンが顔をあげた。
「環の国に行くなら、玉を持っていってもらおうかなって思った」
「玉って、魔道具だろ。アノンが持たないと使えないだろ」
「あれならリオンは使える。玉が近づいて反応があれば気づく。気づいて、接触出来たら御の字だ」
ライオットはイルバーに顔を向けた。
「リオンというのは、俺たちの仲間なんだ。黒髪で琥珀色の瞳をしている。一見すると、ここの人たちとすごく似ている。もしかすると、玉を持っていてくれたら、そんな仲間が接触するチャンスがあるかもしれない。持っていてもらうことは可能だろうか。何もなければ持ち帰ってもらえればいい」
「それなら、デザイアに頼むと良い。これから行く車庫にいるはずだ」
三人は、車庫へと向かう。そこは最初に絨毯でおり立った場所だった。
乗り物を運び入れた大きな倉庫が、車庫だった。中に入ると、同じような乗り物が並んでいた。金属製で、馬の胴体部分だけを模した形状をしており、足と首のない馬を想像したライオットは軽く身震いした。
アノンと二人で珍しそうに車庫内を眺める。
「こういう乗り物は、なかったのか」
「ない。徒歩か、馬。魔法使いがのる絨毯やほうきはあるけど、こういう金属の塊みたいな乗り物を見たことがない」
「説明する前に、デザイアに会っていこう」
イルバーの後ろを、ライオットは追い、アノンはライオットの衣類を握りながら、きょろきょろと周囲を見回す。
「デザイア」
「イルバー。どうしました。旅の方も連れて」
乗り物を扱っていたデザイアと呼ばれた男が顔をあげる。
アノンは最初に出会った一人であると気づき、ライオットは先ほどの室内で隅の方で壁に背をつけ立っていた男だと気づく。
「整備中、悪いな」
「いいですよ。好きでやってますから」
道具を腰に巻く小道具を入れる袋にしまった。細々とした見知らぬ道具類が目につく。
「アノンが、環の国に行くデザイアに頼みたいことがあるそうだ」
イルバーが切り出し、アノンは一歩前に出て、玉を見せながら、先ほどのアイディアを説明した。
玉を受け取ったデザイアはそれを日の光にさらすように空中にもたげ、眺める。
「この玉を持っていれば、リオンという仲間の方が気づくかもしれないんですね」
「はい。リオンと、もう一人はフェルノと言い、白金に灰褐色の瞳をしています。フェルノだと目立つので、出歩くのはリオンの可能性が高く、もしかしたら気づいて接触してくるかもしれません。
その時は、僕たち二人から預かったと言えばいいです。無駄にけしかけたりする人間ではないので話せば通じます」
デザイアは玉を握りしめた。
「分かりました。ポケットに入れて持ち歩けばいいのですね。黒髪に黄色ともオレンジともとれる珍しい瞳をした男に声をかけられたら、アノンとライオットから玉を預かった旨と、こちらに二人が滞在している事を伝えます。これでいいですね」
「はい、お願いします」
「運よく出会えたらいいですね」
ひとまずデザイアは、ズボンのポケットへと玉をしまい込んだ。
「出会えなくても、ちゃんと持ち帰って返しますよ」
「よろしくお願いします」
アノンが頭をさげ、ライオットも習う。
話が終わったところで、イルバーが口を挟んできた。
「整備が終わった一台見てもいいか」
「いいですよ。隣の車両なら、好きに見せてあげてください」
そう言って、デザイアはふたたび作業へと戻っていった。
イルバーが隣の乗り物に手を添えた。
「これは、単車。明日、君たちを乗せて、遺跡に向かう乗り物だ」
「結構、ごついな」
ライオットは金属部分に触れる。アノンはしゃがんで、その胴体部分に手を添えた。
「移動だけでなく、対魔物戦や荷を乗せて運ぶこともあるんだ。ライオット、座ってみるか」
「いいのか」
異世界に来て以来一番ライオットの心が躍った。
シートと呼ばれる座面にまたがらせてもらい、ハンドル、ミラー、ウィンカー、メーターなど、各部位についてイルバーより説明を受ける。
「いいなあ。馬より早いし、空飛べるもんな」
純粋にライオットはうらやましい。煌びやかな乗り物に、目を輝かせる。
「これ、すぐ乗れるのか」
「すぐはちょっと……。練習しないとね」
目を輝かせるライオットに、イルバーは苦笑する。
アノンは身じろぎもせず、単車の胴体部分に手を触れ続けていた。




