62,交渉
「遺跡で、文字盤を読んでもらいたい」
首領は単刀直入に、先ほど告げた用件を再度突きつけてきた。
「本来はイルバーの父も一緒に行ってもらいたいが危険性が高いため、代わりに父の仕事を知るイルバーが同行する。そこまでは、アノンさんも文句はなさそうだったな」
ライオットは静かに頷く。問題は次だ。
「彼女の不満は同行者だな」
首領も困り顔でライオットを見つめる。
「彼女の意向はよく聞こえた。では、ライオット君はどうなんだ」
(丸聞こえだよな)
茶番を演じておいて、隠す意味はない。
「俺も、基本的にはアノンと同意見です。三人の少人数が一番です。魔物が出ても、俺とアノンで何とかできます」
信じられないと思われても、事実は事実だった。
「何体でもか」
訝る首領の声音。意味を察するライオットは息つく。
「何体でもです。俺自身は、一人で一体ですけど、アノンは国を代表する魔法使い。強さだけなら、仲間の中でも一番かもしれません」
信じられないという空気が両肩に重い。その割に、ライオットの心境は静かだった。
「異邦人である俺らは信頼しきれないでしょう。
俺ら二人だけで行かせて、戻ってこないとか。嘘の報告をされるとか。そういう恐れを感じてても当然とは思っていますよ。俺たちはそんなとこまで、頭まわりませんけどね」
自嘲気味に言うと、イルバーの父が笑んだ。
ライオットも笑みを返す。姑息な言動は苦手だった。
「本来は文字盤に詳しいイルバーのお父さんと一緒に行き、アノンの解読の整合性をチェックしたいですよね」
「その通りだ」
藪から棒にしゃべるわりに、的を得たことを言っていた。
ライオットは自身の声を遠く聞きながら、自評する。
隠し事や嘘をつこうとしても、悪くなりきれない。知らないことは知らない、分からないことは分からない。正直にしかなれない。騙されずに生きていることを不思議に感じた。
人には恵まれてきた、運が良かっただけである。
ライオットは無力さに肩を落とす。
魔物を屠れることと、人の中を渡り歩くことは意味が違う。おそらくアノンはその辺がまだ分かっていないのだ。
(アノンの見目が幼げで、愛らしくて、よかった……。それだけで、目こぼしを期待できる)
「俺はあなた方の戦術を知っているわけではない。あなた方が使う武器も知らない。乗っている物も、見たことがない金属の塊だ。
知らない戦術や規則があって当然です。その上で、それなりの人数を同行させようと考えているのかもしれないぐらい俺個人は思いますよ」
ライオットの周囲に距離をとっていた男たちがわらわらと寄ってくる。
「アノンは、一騎当千です。あいつは一人で戦える。でも、俺は違う。一緒に飛ばされた四人の中で一番弱い俺は、誰かと協力して戦う。弱いから、先陣を切る。背後にリオン、もう一人の俺より強い騎士がいて、彼がフォローしてくれる信頼関係の中で戦うんですよ。
そういう意味ではアノンとは少し考え方も違う」
後半は、らしからぬ訥々とした物言いになっていた。
「四人一組というのも、何か理由があるのでしょう」
冷静に交渉している。そんな自分に、ライオットは内心驚いていた。
テーブルに大きな手がどんとのせられた。そちらに顔がむくと、一人の男が覗き込んできた。
「随分なお姫様の護衛をしているわりに、まともだな」
「あなたは」
紹介されていてもまだ名前と顔が一致しなかった。
「俺はラディ。四人一組の一小隊のリーダーだ」
ライオットは頭を下げた。誰を見ても、リオンを彷彿とさせる黒髪に目がいく。
「俺たちは魔物一体狩るために、罠を張り、誘導し、罠で身動きを封じてから、ずどんと狩る。チームで動き、単騎では行動しない。
お姫様の言葉を本当だとしたら、俺たちは一人一人では弱いのだろう」
「すいません。アノンも、悪気はないんです」
弱い者は守らないといけない。アノンがそんな考え方を胸に秘めていたなどライオットは、二年彼と共にいて知らなかった。弱い者を嫌悪しているわけではなく、守らないといけない、守り切れないと怒っていたのだ。
(あんな正義感もっているようなやつに見えなかったのに……)
ライオットは、ただ生意気な令息ではないアノンの一面を知ることで、彼のために抵抗なく頭を下げることができた。
「遺跡で文字盤を読むための最低限たどり着く必要があるのは、お姫様とイルバーだ。
二人を送る道中、魔物が出た場合おとりになる。俺たちは、そういう立ち位置で動く。
目的がある。その目的の一部となって個人が動くことに抵抗はない。俺たちはそういうチームで、動いている」
「ライオット」
横からイルバーも語る。
「飛行する絨毯に乗って移動してもいいが、俺たちが案内する以上、俺たちの乗り物に同乗してもらうのが一番ではないかと思っている」
「確かに、あの森ではぐれてしまったら、迷子になりそうだな」
「お姫様はイルバーに任せとけばいいさ。いっつもサラちゃんに怒られてるから、お姫様にも耐えられるだろ」
背後から誰とも知れない声が飛ぶ。
「六人だな」
首領が言った。
「イルバー隊から二人、ライオットとアノンを乗せる。補助としてラディ隊が同行。イルバー隊の残り二人は、先日回収した魔物の核を環の国へと飛ぶ。これで行こう」
集まっていた男たちの空気がピリッと引き締まった。
イルバーとリミナルがライオットの背後に現れ、彼らの表情を見た瞬間、アノンは焦った。
(言い過ぎた!)
自覚しても遅かった。口に出してしまった言葉は引っ込められない。
これ以上何か言っても、墓穴を掘るばかりとアノンは黙ってリミナルに連れられて、階下へ去る。ライオットとイルバーが並んで廊下を見送っていった。
奥に連れていかれ、小部屋のように仕切られた一角に通された。小ぶりの丸い四人がけのテーブル席に案内される。
「今、お茶を用意するから、待ってて」
そう言うとアノンは一人残された。心もとなくなる。座して、つやっとした丸い机にアノンは伏した。
森の中で暮らしているだけあって、家具や建物はほぼ木でできている。木肌の上には透明な塗料が塗られているようだった。イルバーの家の床も、今まで歩いてきた木のフロアもすべて、森の恩恵によりつくられていた。
「リング。お客様用のお菓子で、白くて丸くてサクサクしたお菓子ってなにかあったわよね」
「ありますよ。お客様ですか? 環の国の方?」
「いいえ、旅の人よ」
「お茶入れるから、お菓子出してもらえる?」
敷居の向こうから淡々とした会話が聞こえる。
(僕は何をしているんだ)
机に伏して、目をつむる。
(おかしいのは、僕の方だ)
今までなら、人知れずできていた。国にいても、街道にいても、誰かの何かが傷つかないように立ち位置を調整してきた。悪態をついていれば、そんなやつだと逃げられた。
アノンはテーブルに額を寄せて、拳を作った。テーブルを叩きたくなり、我慢する。
(昨日から、僕はてんでダメだ……)
身体変化で、気弱になり、少し楽になれば、思うままにぶちまけている。
自己嫌悪に浸るアノンは世界から消えたくて仕方なかった。ずっと昔からアノンは世界から消えたかった。異世界に飛ばされることをすんなり受け入れたのは、そんな願望の代替に他ならない。
「お茶を淹れたの。まずは飲んで……」
アノンは、頭上からかけられた優し気で甘い声音にいたたまれなくなる。




