61,口喧嘩
「そんな人数で行ったら、僕一人じゃ守り切れないじゃないか!」
首領の面前、森の民の関係者が揃う中心で、大人しくしていたアノンが突如叫んだ。
周囲の目が丸くなる。一様に、何を言っているのだ、と怪訝な表情を浮かべる。
脳内が真っ白になったライオットも、周囲の表情変化を読み取り、アノンの言葉を反芻し、遅れてぎょっとする。
(いったいぜんたい、何を言い出すんだ。アノンは!)
周囲に比べ、イルバーは落ち着いていた。彼はアノンが魔物に一撃を食らわす一瞬を見ている。しかし、他の面々はアノンが魔法を使うところなど見たこともないのだ。
イルバー以外、苦笑するやら、失笑するやらで、アノンのセリフはまったく通じていない。
アノンは柔らかい薄紫の髪を揺らす、ただの女の子にしか見えない。そんな子が、長いまつげに丸く大きな瞳を震わせて、更に叫んだ。
「なんで遺跡に行くのに、こんな大人数なの。僕とライオットに、案内人が一人いたら十分だよ。こんな弱そうなのいて、僕に守れって言われたって、面倒なだけだ。人数が多い分、僕の負担が増えるじゃないか」
アノンはいたって真面目に叫んでいた。
さすがのライオットも、すぐにフォロー及ばず、閉口する。顔も青ざめ、嫌な汗が湧いてきた。
(こいつ、今の自分の見た目にわかってねえ!!)
ライオットは、アノンの腕をつかみ上げた。
「なんだよ」
アノンは反抗的に睨み返す。
カチンときたライオットはそのまま、アノンの腕を引っ張った。
「ちょっと、こい」
ずるずるとアノンを部屋の外へと引っ張り出す。
廊下に出ると、アノンが腕を振り払って、忌々し気に睨んできた。
ライオットは髪をかきあげる。
「ばっかか、アノン。今の自分の姿わかんないのか」
「姿ってなんだよ」
「姿だ」
「姿ぐらい分かっているよ。でもさ、それと足手まとい連れて行くのは別問題だ」
「足手まといって……」
ライオットは頭が痛くなる。
今の見た目上、どう見ても、アノンは文字盤が読める女の子でしかない。彼らからしたら、魔法だとて絵空事。魔法使いなんて童話の登場人物だ。どんなに言葉を尽くしたって、かよわそうな女の子が、一人で魔物を屠れるなど想像もしないだろう。
実際に見ているイルバーだって黙っているのだ。
「イルバーだって、あの程度の魔物に叩かれているんだぞ。あのぐらい一撃で倒せないやつらと一緒にいたら、僕の負担が増えるだけじゃないか」
「だっ、かあらぁ。そういうことを口に出すなぁ」
大声で言うことじゃない、とライオットは叫びたい。
「最低ラインはライオットだ。一人で数体何とかなるぐらいの力がないやつは迷惑なんだ」
「俺だって、一人なら一体が関の山だ。自分を基準にするな、アノン!」
「なにそれ、弱すぎ。そんなんで、僕の護衛なんて、失格だよ」
「だぁからぁ。護衛だって俺がしたくてしてんじゃねえ。上からの命令で受けてんだ。間違えるな」
「そんなら、さっさと断ればいいじゃないか」
「断っているさ。俺じゃあ役不足だって! それで通るなら、とっくに通ってるよ。お前よりずっと役回りに相応しくない自覚ぐらいあるんだ!!」
「とにかく。僕は、足手まといを守れって言われたって、やなんだ」
「だれもお前に守ってくれなんて言ってないだろ。彼らは自分のことは自分で守れる人たちだ」
「じゃあなんで、イルバーがぶっ倒れてんのさ。弱いからじゃないの」
「口を慎め。世話になっている人に言うことじゃないだろ」
「世話になっているから嫌なんだ。僕が僕にかかわる人間が傷つくのは耐えられない!」
んっとライオットの肩眉があがる。
アノンはかまわず、まくし立てる。
「僕の目の前で誰かが傷ついているようだったら、僕が強い意味がないじゃないか!! 強者には強者の責任があるんだ」
(勝手そうなこと言っているように見えて、ちがうのか?)
言い切ったアノンが、肩で息を切らしている。
「アノン。強いって、お前、どういうふうにとらえてんだ……」
ライオットの両肩にぽんと手が置かれた。ビクンと肩が震え、背に緊張と悪寒が走る。
左右を見ると、右にはイルバー、左にはリミナルが立っていた。
イルバーは複雑な表情でライオットを見ていた。
リミナルはにこやかな笑顔でアノンを見ていた。
「アノンさん」
子どもをなだめるような笑顔と声音でリミナルは話しかける。
「あなたの意向は、ライオットさんが理解したと思うの、ねえ」
そうよねと脅されている心境に落とされライオットはぶるっと震えた。
「ええ、まあ、アノンの言い分は分かりましたよ」
「アノンさん。向こうで、お菓子とお茶にしましょう」
ライオットの脳裏に、スノーボールが浮かぶ。
「白くて、丸い、サクサクしたお菓子なんてないですかね」
リミナルが、ふっと斜め上に目を一瞬やり、戻すなりにっこりと笑んだ。
「あるわよ。白くて丸くて、サクサクしたお菓子」
アノンが目がきらんと輝く。
「一緒に行きましょ。アノンさん」
お菓子につられたアノンは、リミナルに連れられて行く。その後姿を、ライオットはどっとあふれる疲労感と共に見送った。
廊下をすすみ、階段をおりる姿を見送って、イルバーが呟いた。
「すごいお嬢様の護衛をしているんだな」
お嬢様、という単語にライオットは吐きそうになる。お嬢様じゃなくて、本当は小生意気なお坊ちゃまである。
「たどれば王家の血筋に通じる公爵家のお嬢様なんで……」
差し当たって世間知らずのお嬢様にでもしておこうとライオットは呟いた。
「俺もいまだに信じられないよ。木の枝一本で魔物に致命傷をあたえるなんて……。説明できたらいいが、誰も信じてはくれないと思うんだ」
言外に申し訳なさを漂わされても、ライオットはイルバーが悪いことなんて一つもないと考えていた。
「あんまり外に出たことないので、色々世間知らず、ですいません」
弱々しい声で謝罪していた。
「あれで、深窓の令嬢か」
深窓のご令息だが、(もう、どうでもいい)とライオットは脱力する。
イルバーと共に室内に戻る。
哀れまれるような視線が集まってきた。
失笑されていたと雰囲気で分かってしまう。
「話をすすめさせてもらいたいのだけど、良いだろうか」
首領さえも、笑いをかみ殺していた。
「はい。その前に、俺、座らせてもらっていいですか」
ライオットは立ったまま話す気になれなかった。
テーブル席に連れられ、首領と向き合う。イルバーと彼の父も一緒だった。
(分が悪い)
座った時に、背を丸めた。
額に両手を当て、嘆息する。
アノンの言い分も分からないでもない。自分とアノンに、イルバーという案内人がいてくれたら、それだけで十分だった。
いつも誰かと一緒にいた。リオンと一緒にいることが一番多かっただろう。一人で、交渉する機会だってなかった。リーダーの器じゃないし、一番強いわけでもない。貴族としても下位。騎士としても、普通。アノンやリオン、フェルノのような、燦然と輝くものは一つもない。
白騎士という肩書だとて、所詮、氷を使い、リオンとの対比によって便宜的につけられているだけなのだ。
矢面に立って、交渉する。
(できるのか、俺に……)
不安になるも、頼れる者もない。
(決断するって、重いな。一人って、心細いんだな)
自分の弱さを噛みしめながら、ライオットは顔をあげた。




