表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

63/223

60,望み

 トラッシュが教科書を持ってくると言い一人別行動をとる。残された四人は、近くの階段を上がる。カフェテリアは五人が飛び込んだ建物の最上階にあった。


「フェルノは学園は始めてだものね」

「メア、私は学園どころか、学校という場所に通ったこともないのですよ」

「うそ」

 メアが目を丸くする。


「本当です。ずっと家庭教師がついていたんです」

「フェルノ様はどこかお体がわるかったのですか」

 エレンは心配そうに問う。


 体質はあるが、今は黙っていることにした。王子だとこぼさないように王族であることもひた隠すことにする。

「そういう教育方針だっただけですわ」


 そんな話をしながら階段をのぼり切ると、ワンフロアまるごとテーブル席というフロアにたどり着いた。


 天井は高く、窓も大きい。一方の壁は奥が調理場になっているようだが、残りの三方はすべて窓で、光がさんさんと差し込んでくる。

 あまりの広さに目を見張った。所々、学園生が集団を作っていたり、一人でくつろいでいたりする。


「フェルノ様。カフェテリアは学園生が自由に出入りできる場所で、昼食を食べたり、午後はお茶を飲みながら雑談または、勉強をする場所ですよ」


 学校という学ぶ場が用意されているのは聞き及ぶものの、実際に足を運ぶのは始めてだ。それだけでなく、フェルノは塔がある小ぶりな屋敷から、生まれてこの方、出たこともなかった。


(きれいだし、広くて、驚くな)


 はたと気づく。このの国は全体的にきれいなのだ。白を基調とし、作りもシンプル。無駄がなく、線一つひとつが洗練されており美しい。


 魔物の国の街道では、人の営みを直に感じた。人の笑い声も高らかに、活動的だった。舗装されていない道は土埃が舞うものの、どこか温かみを感じた。

 テンペストが守りたいという。街道の人々は、豊かな表情と、生き生きとした生活感に輝いていた。


 の国は、美しい。洗練されている。人も住んでいる。なのに、どこかまだ人の活気というものが薄い。三百年前に滅び、懸命に何かを取り戻そうとして、いまだ足掻いている街なのかもしれない。


 滅びる前に回帰しようと模索しているなかで、再び魔神が復活する。


(ある意味、必死だよな……)


 役に立つか立たないか分からない少女に頼るしかない状況にも、そう思うとなんとなく理解できる気がした。


「フェルノ、こっちへどうぞ」

「こちらで一緒に座りましょう」


 ぼんやりとしてしまったフェルノの意識にメアとエレンが声をかける。

「はい、今行きます」

 返事をして彼女たちを追う。

 

 すすめられるままに流されて窓近くの椅子に座った。うねる道路に、王城、彼方には、青々と芝生が丸く広がっている。儀式が行われた聖堂は小さい。

 彼女たちが注文をする。何を頼んでいいか分からないでいると、メアが「私とおなじでいい」と聞いてくれたので、「お願いします」と応じた。


「フェルノが来た世界では、魔物は珍しくないの」

 店員が去ると、メアが頬杖をついて聞いてきた。

「どうでしょう。私は珍しくないのですが……」


 物心ついたころから、何かと魔物がそばに寄ってきていた。ただ、街や城まで魔物が来ることは珍しかったと思い出す。魔物は、魔物の国の樹海に生息する生き物である。


「人がいるところに出現するのは珍しいですね」


 フェルノの答えに、メアが、そうよねという、納得する表情に変わった。


「お待たせ。歴史の教科書と、魔物の核についてのものも一緒に持ってきた」

 トラッシュが本を数冊手にして、戻ってきた。彼は、聞き役に回っていたアストラルの隣に座る。


 教科書をテーブルへと置く。思ったより薄い本だった。フェルノはぺらぺらと本をめくった。知らない単語はあるものの、文法も文字列も同じで、まるで古典を読む感覚で読める。


(異世界の文字のはずだが、かろうじて読めるのだな)


 店員が注文した品を運んできた。


 まず、アストラルの前にカップが置かれた。

「トラッシュは私と同じものを頼んでおいたがよかったかい」

「ええ、もちろん。ありがとう」

 彼らの前にはカップには、黒々とした飲み物が入っていた。砂糖はいりますか、と問う店員に二人は断る。


 メアの前には、白いこざっぱりした陶器のお皿が置かれる。白いクリームに果物が添えられているケーキに、切り分けられた四角い二種類のスポンジケーキがに二個づつ添えられていた。飲み物はグラスに、少し濁った紅茶が注がれている。果汁が混ざっているようだった。


(これは、また、甘そうな……)


 フェルノはアノンほど甘いものを好まない。これならば、アストラルと同じものにしてもらえばよかっただろうかと思っていた時に、目の前をもっと甘そうな品が横切って行った。


 透き通ったガラスの容器にクリーム、果物、菓子類などが層のように重ねられている。見た目だけで、お腹いっぱいになりそうな甘ったるさが口内に広がった。

 

 エレンの前にそれは静かに置かれた。


「それを食べるのか!」

 思わず、単調な男性言葉で使ってしまう。フェルノは、しまったと思って口元に拳を寄せた。


 エレンは声音を気にもせず、にっこりと笑んだ。

「はい」

 長い金属製のスプーンを片手に、私は食べますわと言いたげな目が輝いている。

 

「何をおっしゃるのフェルノ様。女子たるもの、甘いものは別腹ですわ」

 エレンの強気の発言に、フェルノの片頬が引きつりかけた。


「エレンでそれだもの。まだ大人しいぐらよね。フェルノも、そっちが良かった」

 メアの言葉に、頭を左右に振った。

(まだ、メアの方がましだ……)

 間違ってもエレンと同じと言わなくて良かったとフェルノは胸をなでおろす。


 やむなく、小さなフォークで一匙すくって口に運べば、予想通り喉に刺す甘さが解ける。気づかれない程度に、眉間にしわを寄せた。

(女の子になっても、味覚や趣向はそれほどかわらないんだな……)


「エレンは、昔からそういうのばっかりだな」

 トラッシュが口を挟む。

「欲しいって言ってもあげませんわよ」

「だれも言わない」

 そう言って、トラッシュは涼しい顔でカップに口をつける。


「エレンは格別そういうの好きよね。ねえ、その二つのっている果物一つちょうだい」

「いいわよ。私も、その四角いケーキ一つ欲しいわ」


 当たり前に一口分交換がされる光景が交差する。

 

 メアとエレンが笑いあう。

 トラッシュとアストラルが言葉を交わし、おどけたり、困ったり、いろんな表情をクルクルと変えていく。


 感情が弾けるように豊かに、目の前で交差し、花弁を散らすように美しく舞い踊る。


 フェルノは、目の前で春のようなぬくもりを感じる感情のやり取りを生まれて初めて目視した。


 胸の奥に細い針が突き刺さる。目の前で舞い散る、生き生きとした感情の雫を、ガラス越しに眺め、それはフェルノの周囲だけ幻であるかのように消えていった。


(ここは平和だな)

 フェルノの心臓がどくどくと鳴る。

 目の前の優しいやり取りをガラス越しに眺める錯覚に戸惑う。


 フェルノにとって日常とは、ある種の危機感と共にあった。

 絶えず魔物を呼び寄せる体質。大人しい魔物ばかりではない、狂暴な魔物もいる。それは小さくても性質は違えない。狂暴ではなくても、巨大な魔物が寄ってくることもある。

 

 それはそれで、怖いものだ。幼い頃から見続けたことで慣れてしまったが、やはり幼い頃は怖かったと振り返る。滅多に見ない巨大な影の魔物を見て逃げようとする学園生と、幼い自己像が重なる。


 そんな体質にもかかわらず、第一王子という立場上軟禁され、教育は施された。教育者は一流で、器用なフェルノはすぐに身につくことができて、教師はころころ変わった。


 できたという悦びと、褒めてほしいという幼い思いは、叶わなかった。出来ないことも許されない、できても当然であり、また上位の教師へと変わっていく。


 人は過ぎ去っていくものだった。

 与えられる物を受け取り、自意識は打ち捨てられた。


 フェルノは一人だった。どんなに人が周囲にいても、いつも一人だった。


 怖いとも叫べず、褒めてとも言えない。時のなかで諦めが雪のように積もり、人形のように笑うことしか残されなかった。


 二年前についた護衛は、歳近い実力者ぞろいだった。年齢が近いことに当初、心が躍った。いつも、年長者とばかり関わっていたフェルノにとって、初めての同年代だった。


 しかし、彼らがフェルノの暗殺を命じられていると知ったのも間もなくだった。フェルノの小さな夢はまたも壊れた。

 信用はできない、でも慣れ合いたい。そんな奇妙な狭間に打ち捨てられた。

 

 一騎当千の彼らと自分の実力は拮抗している。身構えるも、何の暗殺の気配なく過ごした。咎められない彼らは安穏と護衛を続けていた。

 彼らにる気はない。それでもそのような命が下されていることは変わらない。


 ぬるい中でも、警戒はした。疑いつつも、からかったり、茶化したりしながら過ごした。彼らは呆れつつも、フェルノから去ることはなかった。密命があるからとしても、結果、三人はフェルノの人生で最も時間を共有した人になっていた。


 時々、彼らを刺激するように、魔物を殺して見せた。

 護衛なくともこれぐらいできると言いたかったのか、命令されていることに対する挑発をしていたのか。殺りにくいと分かれば、彼らは手を出さず、一緒にいると考えたのか。フェルノも自分がよく分からない。


 目の前で四人が交わすやり取りは、フェルノが欲して、けっして得ることが許さなかった夢のようである。

 そして、その中に、今、フェルノがいるのだ。


 心臓が高鳴り、胸が熱くなった。


 ここにいたいと思った。目の前の閉ざされた透明な膜を破り、彼らの交流に触れたかった。


 もし彼らが、フェルノが、欲するものを与えてくれるなら……。


(小さくあたたかな交流を守るためなら、私は、魔神と戦ってもいいかもしれない)


 恐る恐る、求める。対価を払えと言われたら、払ってもいいとフェルノは渇望する。


お読みいただきありがとうございます。

一旦、異世界恋愛小説を挟み、連載再開いたします。

執筆済み220話中、年内120話、来年100話投稿予定です。年内投稿話数は残60話になります。戦乱などの描写を挟むので、来年完結するようにゆっくり投稿とさせていただきます。お付き合いいただけますと、幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ