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57,健在なる体質

「あの玉を見せてもらうことはできますか」

「お祝いの儀式が終わったら、お願いしてみましょう」


 レントはリオンの願いを聞き入れ、幼子の儀式がすべて終了して後、この教会を担当する神官と話を始めた。


 一歳に満たない子どもの儀式は早い。祝いの言葉と、子どもへの賞賛、幼児による玉への接触、その三点が終われば、家族連れは満面の笑みで去って行く。家族水入らずのお祝いの席にでも移動するのだろう。


 レントも家族とすれ違う際に祝いの言葉を述べていた。出入り口ですれ違うことになるリオンとリュートも軽く挨拶した。


 リオンの顔を見て、家族連れは少し目を瞬かせた。瞳の色が琥珀色のため驚いたのだろう。の国の人々は皆、髪も瞳も黒い。


 リオンは円形の空間をくまなく見回した。家族連れが去った床には模様が描かれている。聖堂にも床に何かしらの文様が描かれていた。記憶がはっきりしないため、同じ図柄かどうか判別できない。


 足先で曲線に触れてみる。聖堂で触れた時のざらつきがあるものかわからなかった。


「床の模様が気になりますか。リオン殿」

「そうですね。聖堂でも同じような模様がありました。教会にはどこにでも、このような模様がありますか」


「教会は円でできており、床にはどれも同じような模様が刻まれています」

「なにか意味がありますか」

「魔物が街に来ないように神官が祈る場なので、魔よけの意味はあるのかもしれません」


「祈ると魔物が寄らなくなると……」

「はい。毎朝、日の出とともに祈りをささげる儀式が行われます。それが、神官の大事な仕事です」

「街に魔物が来ることはないと……」

「砂漠に漂っていますが、街の中で見られることは極めて珍しいです」


 顔色は変えずリオンは淡々と質問した。その実、口内は干上がりそうだった。

 

(子どもが光らせたのが魔術具だとしたら。子どもには魔力があり、それが未来の神官になるか……)


 神官が魔力を使い、円形の建物で、文様が描かれた床で祈りを捧げれば魔物が寄らなくなる。それはまるで、魔術具を使う、ようである。


「リオン殿、お待たせしました。こちらの教会で使われている、選定の玉、です」

「俺が触ってもかまいませんか」

「どうぞ。もし光ったら、リオン殿も神官の素養がおありですね」


 朗らかに笑むレントが差し出した玉に、リオンは手を添えた。

 微々たる魔力を注ぎ込む、玉の方からも吸い上げるような感触を得た。わずかだが玉の内側が光り出す。


(魔力に反応している。では、あの赤子は微弱でも魔力を保有し、神官もまた魔力を保有しているという事か……)

 

 魔力も魔法も否定している世界で、魔力とは認識されずに魔力が利用されている。

 

(この玉は魔術具だ。この床に文様含め、この教会や、聖堂までも、魔法陣が描かれた魔術具ということになる。ここにいる人々は、魔力を魔力と言わず、魔術具を魔術具と言わず、それらを利用しているということか)


「リオン殿も、神官の素養がおありなのですね」

 玉の内側に光にレントが感嘆した。




 選定の玉と呼ばれる玉をその教会の神官に返してから、リオン達は外へ出た。

 空が陰っていた。砂漠に雨雲など似つかわしくないと見上げる。


 黒い影【闇黒 イリュージョン】が空を漂っていた。


「珍しいな」

 リュートが眉をひそめる。

「あそこまで近くに、【闇黒 イリュージョン】寄ってくることなんてないのに……」

 レントも唖然としている。


 リオンだけ何となく察しがつく。


 影が漂う下には白い長方形の建物が何棟も建ち並んでいるのが見えた。

「もしかして、フェルノ様を連れて行ったアストラル殿下が通う学園が、あの下にありますか」


 二人が目をまるくする。

「よく分かりましたね! その通りです。リオン殿」

 言い当てたことで、リュートが驚きの声をあげた。


 リオンは嘆息する。

(やっぱりな……)

 フェルノに吸い寄せられた魔物が空を漂っている。あの男の魔を寄せる力は、今もって健在だと見せつけられた。



 

 その頃、フェルノものんきに空を見上げていた。


(故郷を思い出すなあ)


 こういう時は、ライオットが真っ先に仕掛けてくれる。リオンは後方からフォローし、アノンが始末をつける。なんだかんだ言って、あの三人は役割分担がきちんとしていた。


 周囲が何事かと騒がしい。小さな悲鳴と、「逃げろ」という声が響く。屋敷の侍女達の反応と同じだった。


(空を漂うだけで、おりてくる様子はないね)

 

 ただフェルノを眺めるために寄ってきたかのようだ。これが、【薄闇 ゴーストブルー】だったら襲ってきそうだけど、大人しい【闇黒 イリュージョン】なら何もしてこないだろうと安心していた。


 とかく胸は、懐かしさにあふれていた。街道に向かう道すがら、たくさんの魔物たちを引き連れて歩いたことを思い出す。


(魔物の森の奥で、魔王城など目指さないで彼らと仲良く暮らすのも楽しかったろうか)


 魔物の親玉か主人になったつもりで生きるのはどうだろうとフェルノは夢想して、また笑んでしまった。羊にお世話をしてもらい、弱い魔物を引き連れて怖い魔物をやっつけて、まるで童話のお山の大将のようだ。


 じっと空を見ていれば、彼らもまた見つめ返してくれている。そんなホンワカした気分を味わうフェルノは、周囲の騒然とした空気とはまったく違う境地に浸っていた。


「フェルノ。なにぼんやりしているの」

「ぼんやりって何? メア」

 がしっと彼女に腕をつかまれて引かれた。目を見開き、怒ったような表情をしている。


「上空に魔物がいるのよ!」

(危険だと言いたいのかな)と察したフェルノは微笑む。

「私の世界では、魔物はよく見かけていたの。なんだか、懐かしくて……」

 メアが何を言っているのと言わんばかりの変な顔になる。フェルノは可愛いなと笑む。


「驚かなくても、あの魔物は大人しいし、ただ漂っているだけだと思うよ」

 

 絶句するメア。隣に寄ってきたエレンが呟く。

「さすが、聖女様ね」

「そう?」

 フェルノが笑むと、エレンも笑む。

「でも、ダメよ。こんなところにいたら、余計目立っちゃうの。みんなと一緒に隠れましょうね、フェルノ」


 エレンに諭され、(この子の方が度胸はあるのかな)とフェルノは思った。


「周囲の反応があるから、今はこっちきて!」

 メアが腕を強くひいて歩き出したので、フェルノは素直に従った。遠くから、アストラルがかけてくる。後ろにはトラッシュもいる。

「ほら、みんな心配しているのよ」


 背中を優しい手がおした。

「フェルノ。みんなもいるし、目立ってほしくないの。あなたは怖くないかもしれないけど、今は合わせてほしいわ」

 エレンは優しい声で囁く。


「わかりました。メアとエレンの言う通りにします。でも、あの魔物は怖くないの」

 フェルノも柔らかく応じる。


 女の子に心配されて、引っ張られる腕を振り払う気は起きなかった。人に心配されることにほんのりとフェルノは胸があたたかくなる。悪い気はしなかった。



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