56,別行動
寝起きのリオンがささっと着替える間、フェルノは椅子に座って待っていた。着替え終え、フェルノとテーブルに向かい合うと、頃合いを見計らったかのように侍女が朝食を運んできた。
フェルノがころころと笑いながら、他愛無い話を一方的にするので、リオンは無表情で右から左に流す。食事が始まれば静かになる。朝食が終わりお皿も片づけられると、アストラルがやって来た。
今日も学園に行くとフェルノとアストラルは約束しており、彼はフェルノを迎えに来たのだ。学園にも話は通しているとのことだ。
「リオン殿、フェルノ様をお借りいたします」
なんてアストラルが言うものだから、フェルノは内心おかしくてたまらない。リオンの無表情の裏に、複雑な感情がゆらぐ。アストラルにはリオンの微細な感情は読み取れない。
(我慢しているよ。あの鉄面皮が、ふふ……)
フェルノは天井に視線を泳がし、口元が歪みそうになるのを必死で我慢する。
「行きましょうか、フェルノ様」
アストラルに声をかけられ、このままリオンを一人置いておくのも、もったいない気がした。アストラルは親切で、意外とお願いしたことは何でもしてくれる。
半日一緒にいて、フェルノはそんな彼の特徴を理解し始めていた。
「アストラル様。私ばかりお出かけして、リオン様だけここに閉じ込められているのは、忍びありません。できましたら、リオン様にも案内をつけてもらえないでしょうか」
フェルノのお願いをアストラルは快諾する。まだ時間があることを確認し、彼は部屋を出ていく。待たされること十数分で、彼は舞い戻ってきた。
「武官長殿に会うことができまして、相談しましたら、リオン殿にも王城内や街を見聞していただくことができるよう手配してくれるそうです。案内役が決まり次第迎えにくるということです」
リオンとフェルノは顔を見合わせる。
((早い…))
アストラルの動きの早さに驚くとともに、二人は心から感心した。
「フェルノ様、学園には登校時間があります。私たちは早めに出たいのですが、よろしいでしょうか」
「それはかまわないです。ねっ、リオン様」
フェルノは、甘えるようにリオンを見上げる。リオンはフェルノを一瞥もしない。
「ええ、かまいませんよ」
「ありがとうございます。私、先にお出かけさせてもらいますね」
フェルノの笑顔が作られたものであると知るリオンは、顔には嫌悪の気配一つみせずとも、複雑な感情を抱えていた。そんなリオンの内情も、じつはフェルノには筒抜けだった。
(我慢強いところが、からかいがいがあるよね)
そんな悪戯一杯のフェルノの感情も、微笑のベールで隠されている。
こうして、フェルノとリオンは別行動をとることになった。
リオンは、フェルノが出て行き、部屋でしばらく待っていた。テーブル席に座って、窓の向こうを眺める。風景は街である。均整がとれている白く四角い建物が多い。
扉がノックされた。「どうぞ」と声をかけると二人の男が現れた。
年若い小柄な男と、それなりの年齢で体格のいい男だった。リオンは椅子から立ち上がった。「失礼します」と二人は入室し、リオンの傍で止まる。
「お待たせしました、リオン様」小柄な男は、明るい表情で快活に挨拶する。「私は神官の、【猟奇理論 サイレントファクター】。レントと申します。王城も街も、リオン様の望むままご案内いたします。
こちらは、武官の【調教重力 アブソリュートディスペアー】殿です。護衛役になります」
レントはそう言うと、一歩引き、後ろの男を紹介する。武官らしい、きちんとした姿勢で男は一礼する。
「リュートとお呼びください。リオン様」
リオンも頭を下げ、「よろしくお願いします」と、挨拶する。
そして、苦笑した。
「俺は祖国でも平民です。呼び名に敬称は不要です。フェルノではないので、様と呼ばれるような立場でも身分でもありません」
「では、リオン……殿は、どのような立場で」
「平民出身の騎士。こちらではリュート殿と同じ武官のような立場かと思います」
部屋を出たリオンはレントとリュートと一緒に王城内を歩き、昨日の夜見た大広間や、表玄関から、会議室、事務室など見学する。上階にあった宗教施設は、やはり礼拝室だった。
「この礼拝室では、何か宗教にまつわる儀式でもなさるのですか」
「一年の各種祝いや、祭事などが行われます。王族の冠婚葬祭にまつわる行事はこちらで行われますね」
「神官の方はそのような祭事をつかさどるのですか」
「はい。ですが、主たる神官の仕事は、この環の国に、魔物が寄り付かないように祈りをささげることにあります」
「砂漠には魔物がいて、祈りでその魔物を寄せないということでしょうか」
「はい。砂漠に生息するのは、影の魔物です。【薄闇 ゴーストブルー】、【闇黒 イリュージョン】、【虚無 アイミーマイン】。環の国に入り込まなくても、上空にはいつも浮遊しております」
「浮遊しているのに近づかないとはどういうことでしょうか」
「環の国には、均等に教会が建てられております。そこには祈りをささげる神官がおりまして、その祈りによって、魔物を寄せ付けないようにしているのです」
(魔物を寄せ付けない、とは……フェルノとは真逆だな)
レントの話を聞きながら移動し、自動車に乗って、今度は街に出ることになった。
「教会を見てみたいのですが、よろしいでしょうか」
車中で、リオンが訊ねると、レントは快く「ご案内します」と答えた。
「では、ここから一番近い教会を目指しますね」
車を運転するリュートが応じた。
街に出ると人通りは少なかった。平日の仕事中の時間帯だとレントは説明する。商店が並ぶ道を自動車はそろそろと進む。
人通りがある道に出ると、車のスピードが落とされた。他に走る自動車はない。自動車は公用車がほとんどであり個人で所有することは滅多にないという。
リオン達が乗る自動車の数倍はある乗り物がゆっくりと動いていく。乗りあい用の大型の自動車ですとレントは説明した。長距離を移動する場合に、市民が有料にて利用しているという。
「リオン殿、まもなく教会につきます」
ゆっくりと走る自動車が曲がったかと思うと、とある建物の裏手に止められた。「駐車場と言いまして、自動車を止める専用の場所です」とレントがリオンに説明する。
「この建物が教会ですか?」
「はい」
聖堂もそうだし、王城の礼拝堂にしても、とかく円を基本としていた。小ぶりなれど、教会も類にもれず円形の建物であった。
三人は裏から建物に沿って歩き表門を目指す。
(円形、白い。これが環の国の特徴なのだろうか)
表門を開けると外から見るより少し狭い円形の礼拝堂があった。前面に装飾がされている。王城の礼拝室よりは簡素であった。
礼拝堂の中央に、十人ほどの人が集まっていた。
「あれはなんでしょうか」
「偶然ですね。お子さんの三百日目のお祝いです。一生に一度、環の国に産まれ落ちた者は必ずこの洗礼を受ける習わしとなっております」
母親、母に抱かれる子どもと父親。さらに父や母の親にあたる人々まで集っている。
「そのような席に部外者が見ていてもいいのですか」
「祝いの場は喜ばれます。祝福してくれる人が多いほど、人に恵まれ健やかに育つと考えられております」
家族連れの前に立っているのが神官だとリオンも分かる。彼は、両手で抱えるような玉を持っていた。母親に抱かれた子どもの手を父親が持ち、その玉に触れさせた。
すると玉の中で、光が躍った。
(魔力か……)
リオンのポケットに入ったアノンからもらった玉を思い出す。あれに魔力を通す反応と似ている。
「珍しいですね」
レントがぱっと明るい声を発した。
「あの子は祝福され神官になる道が開かれた」
「神官ですか?」
「あの玉に触れて光る子どもは未来の神官候補ですね。偶然でも縁起の良いものを目にすることができましたね」
晴れやかなレントとは裏腹に、リオンは心胆は冷えていた。しかし、変わらず表情にはでない。
(俺たちのように魔力とは言わないのに、ここにも魔力があるというのか)




