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53,散策

 リオンは、剣を腰に据えた。

 時を止めた影響は空間全域に及ぶものの、リオンが触れれば、扉も窓も開いた。慎重をきし、扉や窓から手を離す時は必ず、元の位置へ戻してからにしている。


 動き出した時に、突然扉が開いたり窓が開いたことになっては、不審者の存在を疑わせ、警備が手厚くなっては動きにくい。幽霊などの物騒な噂や騒動が起きても、煩わしいだろう。


 自室を出て、廊下に出ても、誰一人いなかった。通路には同じような距離感で扉が均等に並んでいた。まだ人が動いている時間帯だ。人の気配がしそうな場所を探すことにした。

 人が動いていないと分かっていても、足音にさえ気をつけて進んでしまう。忍んで動いているという自覚の表れだった。


(王城なら、王や王妃、第一王子の居室、謁見するための間、宗教を重んじる国なら、礼拝堂のような場もあるかもしれない。

 裏には、調理場や下働きの者が集まる場所だってあるだろう。

 政治の中枢でもあれば、人が働いている場や、会議室だけでなく議事堂もあるかもしれない)


 とにかくリオンは引き返す。廊下を抜けて、聖堂につながる裏口まで来た。案内された道以外に二本の廊下がある。

 上に行く階段もある。そう考えると地下もあるかもしれない。


 一階を散策し、表門を見つける。振り返ると、壁は円形に反っている。二階へ通じる階段が左右の壁にゆるやかに続く。聖堂も円であり、ここでも円を重んじる空間が作られていた。


(円を重要視した国なのか、宗教の信仰上のなにかなのか)


 分からないと受け止め、リオンは階段をのぼった。のぼりきり一階を眺めれば、広間のようにも見える。二階にも広間があった。


(なにかの行事で来賓をもてなす際に使うのだろうか)


 だだっ広いものの、普段は用途がないからか、物が一つもおかれていない。大きな窓があり、彼方に聖堂が小さく見えた。


 二階の広間も円を基調としていた。丸い部屋、四つある扉も丸い。その扉の向こうへ行けば、裏方に通じているのかもしれない。

 

 ひとまず先へと行かず、リオンは階下に戻った。

 通ってきた廊下と反対側に通じる廊下を進む。


 さらに殺風景な風景が広がっていた。

 いくつかの扉があり、階段があったが通り過ぎる。


 さらに先にゆけば、急に天井が低くなった。装いもさらに簡素になる。天井の低い通路になった廊下を抜けると、書類などが積まれている机が所狭しと並ぶ見通しの良い空間に出た。まだ残っている人が数人時が止まり、動作途中で動きをとめていた。


 事務仕事をこなす建物へと入り込んだとリオンは悟る。奥に階段があるものの、引き返した。


 先ほど通り過ぎた階段がある。上にあがる前に、隣の扉を開けてみる。椅子とテーブルが隅に寄せられ、並べれば会議室になりそうな部屋であった。誰もいないので、探索はせずに階段をのぼった。


 引き返す向きにある廊下を進むと、大きな扉が見えた。さっき二階の大広間で見た扉と同じ作りだ。つながっているのだろうとリオンは推測する。


 引き返し、廊下に面した扉を開く。広間ほどではないが楕円型の空間が広がっていた。窓が二つあり、芝生と聖堂が見える。床の中央に真円の図柄が描かれている。


 祭壇のような、珍しく煌びやかな装飾がなされた一面がある。その横に小さな扉が左右にある。


 振り向けば、窓の奥に扉もある。扉の形が違うし距離もおかしいので、奥にはさらに扉があり、大広間に通じでいるのかもしれない。想像はするが、確認はしない。


 差し当たって、宗教施設を見て来いとフェルノに言われていたとリオンは思い出していた。


(この国にとって、宗教とはどんなものなのだろう)


 人間の国では目立った宗教はない。

 地方に行けば、数百年前から続く神を信じる民族もあるとは言われている。特に規制はされておらず、それぞれの信仰は二百年前から認められている。布教に関しては制限があり、宗教上の理由をもって他者を害することは容認されない。信仰の上に法があった。


 リオンにとって、宗教とは何か、と言われても、神という空想像の人物なり生物をあがめるようなイメージしかない。派生する儀式を観光行事としている地域はあり、そのような儀式は喜ばれ、都市部からの旅行者を招きいれている。


 都市部において、宗教の影は薄い。

 むしろ魔力に対する信望が強い。なにかを信じると言えば、魔力量が多く、魔法に造詣が深く、魔術具が作れ、操れる、その実力が高いものが敬われる。それは国を統一した王族が最も魔力が高く、長い戦乱を治めたという実績にもとづいている。


(魔力と魔法が崇拝されるのは、それが平和をもたらしたのだから。当然と言えば当然だろう)


 王族が平定する前の国は荒れていた。魔力と魔法がなければ、戦乱はもう少し長く続いたに違いない。世界を治めた力こそ魔力だ。王族の権威の象徴でもあり、国へ平安をもたらした力でもある。


 現に王家に通じるアノンやフェルノの魔力量は群を抜いている。魔力においては王族は絶対的な質量を誇っている。平和をもたらした象徴として王族はその魔力量とともに敬意を得ている。

 

 この国の宗教はどんなものなのかリオンは分からない。知っているのは、神託を受けて、儀式を行うことぐらいだ。リオン自身の宗教への造詣も浅く、理解は難しかった。


 装飾された壁面横にある扉は小さかった。

(宗教関係の品が収められているか、儀式の裏側のために用意されているか……)

 そっと開いて覗いてみる。


 時を止められた数人の人間が立っていた。入ろうかと思ったところで、リオンの足が止まる。


 前面に大ぶりな鏡があった。普通、鏡とは人をうつすものである。この状況なら、その場に集まっている人々をうつしだすはずなのである。


 しかし、そこには何も映っていなかった。

 ただ真っ黒い空間が見えた。


(この部屋を映していない。なぜ)


 リオンは、開きかけた扉を動かす手を止めた。隙間から、人数を確認する。白いローブを着た男性とと、身なりの良い年配の男性が一人いる。白いローブの着た者は司祭だ。


 覗き、部屋をぐるっと見渡す。白い調度品も何もない部屋。あるのは鏡だけ。


(この部屋は、鏡だけを置く部屋なのか)


 黒いいずれとも知れない空間を映し出す鏡を前に、白いローブを着た者達は何をしているのだろう。


 その時、鏡の中が揺らめいた。


 リオンの背筋が凍る。ここは誰も動かない空間になっているはずだという認識が壊れる。


 少なくとも、あの鏡の向こうに火らしきものが揺らめき、時間が動いていることを示していた。


(今は、これ以上踏み込むな)

 自身に言い聞かせ、扉をそっと閉めた。

(明日以降、フェルノと話してから、今後の行動を決めよう)


 その時、声が響く。


「誰か、いるのか」


 その声が誰の声で、どこから聞こえたのか確認することはしなかった。

 リオンは足音を立てずに、その場を去る。心音は早かったが、動きは冷静だった。諜報暗部に所属し身についた所作が生きる。

(どこで、何が、役立つか分からないな)

 リオンは、元来た道を引き返した。


 フェルノの部屋の扉前で、よほど今の話をしようかと思ったがやめた。

 そろそろ眠くなってきた。 

 リオンは、自室に戻り、時を止めた時と同じ態勢をとって、空間にかけた能力を解いた。

 剣を机に置き、寝間着と渡されていた衣類に着替えた。そのままベッドにもぐりこみ、意識を消した。




 

「リオン様、リオン様」

 女性の声がして、リオンは寝返りを打つ。

「朝ですわ。まだ眠られているなんて、よほどお疲れだったのね」


 寝ぼけ眼のまま、ぐっと両目に力を込めた。

「リオン様」


 もう一度名を呼ばれ、意識が整わぬまま「フレイ様……?」と呟いてしまう。


「リオン様!!」

 急に語気が強くなる。

「ひどいわ、リオン様。妹と私を間違えるなんて!」


 なじられリオンは飛び起きた。

 怒りをたたえた瞳を向けるフェルノが立っている。


 意識はすっかり覚醒した。

(今日も茶番が始まるのか)

 頭痛にさいなまれそうな予感を感じつつ、立てた膝に肘を置き、額を抑えた。


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