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51,教育環境

 学園へと到着し、自動車を降りたフェルノは目を見開いた。広い敷地に、白を基調とした長方形の建物が何棟も建ち並ぶ。建物に通じる小道はすべて一本の長い道に通じている。


(これが学園! 子どもが通う教育機関? 想像していたより人口が多いということか。いや、環の国中の子どもたちが学びに通っているということなのか)


 道の果てまで建物が並ぶさまは、の国が教育に力を入れていることを物語っていた。


 車が止められた横には、人が出入りできる大きな門があった。人通りはそちらの方が多い。自動車を止める場はあっても、車はまばらだった。


(都市部だから、徒歩で通えるような距離に人がかたまって住んでいるのか?)


「広いですね」

 分からないことばかりのフェルノはそうぽつりと呟くしかなかった。


「学園は研究施設も兼ねております。教師も、魔核学、宗教神学、歴史学、語学、工学、数学、農学などそれぞれの分野の第一人者が常に研究を重ねております」


 行きましょうとアストラルに声をかけられ、フェルノは並んで歩く。トラッシュは付き従うように一歩引いて歩いてくる。


 家庭教師をつけられて教育を受けてきたフェルノは、学校とは無縁。騎士や女官を養成する教育機関、または民間に学校なるものがあることは知ってはいたが、実際にこのような学び舎に足を踏み入れたことは初めてだった。


(私の環境は特殊だからな、比べようもないか)


 第一王子であるフェルノの家庭教師は厳選されていた。勤勉かつ学が深い博識な者が魔法術協会から派遣されることも多かった。

 比べようもない二つの教育環境については一旦横に置き、フェルノは、ただ思ったことを質問することにした。


「そのような研究の第一人者の方が教師をなされているのですか」

「いいえ。第一人者の助手が私たちの学園生の講師を務めております。第一人者の方が稀に公演を行いますが、それは年に一度程度です」


「では、本日の提出はそのような助手の方へ、なのですか」

「さようでございます」


「アストラル様は、第一人者様の授業をお受けになりたいとは思われないのですか」

「フェルノ様。第一人者の方々は研究にお忙しい方々です。ですので、助手の方に、学園生の専門講義は任せられております」


「研究者は研究に没頭することを望まれているのですね」

「はい。ただ、助手の方が斬新な研究を望み、予算がつく場合もございます。その場合は学園生の講師は別の助手に交代されます」

「有意義な研究対象への支援は惜しまないということでしょうか」


 フェルノの回答にアストラルは静かに頷く。


「私どもは一度滅びかけております。短期間で復興するには、研究開発も教育も不可欠であり、両方をかねる、このような体制に集約されていきました」

「三百年で無からこのような発展をなされたのですか」


「滅んだと言いましても、僅かに残された遺物もあります。神託もありまして、そのような手がかりをたよりに歩んできました」

「大変だったのですね」

「はい、言葉にできないほど……」


 三百年前にここはどこまで破壊されたのか、フェルノは想像ができない。見る限り、自動車にしろ、建物にしろ、この研究施設を兼務する学園にしても、それなりの文化水準を感じさせる。  

 少なくとも、魔物の国で街道に住まう人々よりはずっと洗練されているように見えた。


(元はもっと高度な国だったか……)


 魔物の核の利用、三百年間の歴史。研究施設をかねた学園内なら、どんな質問をしても不自然ではないし、的確な答えも得やすい。

 フェルノは、学園にきて良かったと心底思った。


「アストラル様、私、魔物の核の研究もうかがってみたいですが、この国の歴史も知りたく思います。いずれは歴史についてもお伺いできますか」

「もちろんです。聖女様に我が国の歴史に興味を持っていただき嬉しく思います」


 アストラルは心底嬉しそうな、素直な表情で笑った。


(まるで裏がないような人だな)


 フェルノはアストラルと自分を比べてしまう。

 幼少期から孤独とともにあったフェルノから見れば、まったく正反対の環境で育ったと連想させる、アストラルの温和さがまぶしい。彼は、物心つく頃にはフェルノが諦めきったものをすべて手にして育ってきたと思えてならない。

 名づけられない痛みが胸に去来し、心に針差すように溶けた。


「もうすぐ、校舎につきます。担当講師がいればいいのですけど……」

 そう言って、アストラルが前を向く。フェルノもつられ前を向いた時だった。


「アストラル。今日は、休みじゃなかったの」

 鋭い女の子の声が飛んできた。アストラルの肩がぎくっと凍り付いたように見えた。


 女の子の声の方へ目をむけると、黒髪を結んだ女の子が立っていた。彼女がずんずんと迫ってくる。彼女は身長が低いのに、威圧感があった。フェルノは、後ろに押されながら、見下ろす態勢となる。

 女の子はフェルノを見上げるなり笑った。フェルノもつられて笑んでしまう。


 女の子はアストラルへ視線を投げた。

「アストラル。こんな目立つ状態で連れてくるものではないわ。こういう時はちゃんとお忍びとしての体裁を整えなさいよ」


 女の子の語気にアストラルは苦笑する。


「あなたは……」

 勢いに押されるフェルノも困惑する。アストラルより強いとは、どういう関係であろうか。


「私は【黒の炎球 プラズマナイトメア】。メアと呼んでくれればいいわ」

 メアが腰をまげ、後ろに手を伸ばした。

「エレン、帽子貸して」


 彼女の手が示す先を見つめると、帽子をかぶった女の子がいた。髪は長く、腰あたりまで伸びている。その子は、静かにかぶっていた帽子をとり、メアの手に渡した。


「ありがとう、エレン」

「いいじゃないメア。アストラルとトラッシュも悪気はないわ」

「悪気の問題じゃないわ。抜けてても、良いところと悪いところがあるのよ」

 そう言って、メアはフェルノの頭部にぽんと帽子をかぶせた。

「私たちは黒髪に黒目なの。あなたみたいな珍しい色は嫌でも目立つわ」


 白金の髪と灰褐色の瞳では、目立つといいたいのかと、気の強い少女の気遣いにフェルノは「ありがとうございます」と呟いた。


「気にしないで、トラッシュとアストラルだもの。どこか抜けてても仕方がないわ」

「おい、俺も一緒か」

「そうじゃない。一緒にいながら気づかないなんて、ありえないわ」


「メア、それぐらいにしようよ。白っぽい髪なら、色素薄く生まれる子も稀にいるもの。ちょっと驚くけど、そんなに気にすることじゃないわ。これが、緑とか、紫とか、赤とか、青とか、黄や金なら違うけど。

 白っぽいならアルビノだと言えばすむじゃない」


 エレンの一言に、その場にいた全員がはたと気づく。フェルノだけ(アルビノとはなんだろう)と思っていた。


「エレンは賢明ね。そうね、アルビノだって言えば済むわね……」

「アルビノとは?」

「生まれつき色素が薄い人がいるの。遺伝ね。あなたみたいな白い髪なら、そう言えば良かったのね。だから、このまま外に出したのかしら。お父様方も気にされなかったということは、そういう考えよね、きっと……」


「アストラルは、そんな話聞いてる?」

 アストラルは左右に首を振った。

「トラッシュは」

 トラッシュも同様に首を横に振る。


「まあ、そんなところね」

 メアは腰に拳を一つあてて、もう片手の平を上にむける。頭をふった。


「メア様は、私が何者かすぐに察されたということですか」

「メアでいいわよ。聖女様。お名前伺ってもよろしいかしら」

「私は、【鬼神残響 グレネイドインフェルノ】。フェルノと申します」


「フェルノ様。改めまして、私は【黒の炎球 プラズマナイトメア】。メアと敬称なしで結構です」

「私も、フェルノとお呼びください」

「ありがとう。端的に言うと、事情を知っているのは、私が文官長の娘だからです」

 

 メアは身を引き、もう一人の少女に目をむける。

「この子は、エレン。【無限贄 パラサイトエンドレス】は、司祭の娘なの。トラッシュが武官長の息子で、アストラルは王様の息子。

 私たち四人は、子どもの頃から、腐れ縁が続いている関係よ」


(この子がリーダー格かな)


 メアという勝気な女の子に、髪の長いおしとやかそうな女の子。がたいの良い武官長の子息。素直でお優しい第一王子。


(これは、これは。なかなかな組み合わせだね)

 フェルノはくすりと笑んだ。


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