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49,学園へ向かう

 フェルノはあてがわれた一室を出て、廊下に出ると隣の部屋へと飛び込んだ。

 

 部屋はフェルノの仕様とほぼ同じだった。ベッドとテーブル席がある。部屋は広いが、置かれている物は少なかった。形状もシンプルで装飾も簡素なデザインが多い。


 リオンはテーブルの上に、自身の長剣を無造作に置き、椅子に座って、腕を組んでいた。

 飛び込んできたフェルノにも気づいていない。


「リオン様、いかがされました」

 フェルノは女言葉を崩さず、話しかけた。誰が見てるとも知れない場では、女性的であることを崩さずにいようと決めている。演技にもボロを出したくないし、監視の目もどこにあるか知れないからだ。


 フェルノは目を閉じているリオンに近づく。テーブルに両手を乗せて、伺い見る。

「寝ていらっしゃるのですか。お疲れなら、ベッドで眠られては……」

 聞いているのかは分からなかったが、話しかけてみた。


 リオンの目にぐっと力がこもる。ふっと開く。

「ああ、フェルノか……」

 リオンらしからぬ、ぼんやりとした声だった。

 フェルノは、リオンの肩へと手を寄せた。


「お疲れになっていらっしゃるのですか、リオン様」


 リオンが作れる時を止めた空間に包まれた。


 フェルノは周囲へ目配せして、再びリオンに目を向けた。

「どうした。リオンらしくなく、お疲れか」

「すいません、フェルノ。この力……、使いすぎると、眠くなるようです」


「眠いのか」

 眠いだけなら良かったとフェルノは思う。

 

「時間に働きかける能力だからでしょうか。実は先ほどから何度か使い、試して……」

「もういい、だいたい分かった。何度も使って、能力の使い道を探ったのだろう」

 

 リオンは力なく頷く。

「その結果、多用すると、眠気に襲われると分かったのだな。多用はできないが、使いどころを選べば便利な能力だ。許される範囲で、探ってくれ」

「わかりました」

「差し当たって今は休め。すぐに私の命が脅かされることはない。私が見てきたことは、この世界ではなくても、世間話で伝えられるだろう。使いどころは厳選すればいい」


「はい」

「まずは、戻せ。そして、ベッドでしっかり寝ていろ。アストラルぐらい舌先三寸で私一人でも御せるさ」


 リオンは苦笑する。

「口先だけの男にも使い道があるものですね」

 疲れていても嫌味だけは淀みない。

 そうして、世界を元へ戻した。




 リオンが見上げると、フェルノは微笑みながら、一歩後ろに下がる。


「お疲れのご様子、ベッドにてしっかりとお休みくださいませ」


 フェルノは右に左に腰をひねった。リオンに見せるように、スカートをひらめかせ、くるりと回転してみせた。


「学園の制服だそうです。専用の服があって、男女それぞれにそろえられているのですって。どうでしょうか。似合います?」


 リオンは、額に手をあてがい肘をついた。


(なんだ……、この場合、似合っていると答えろということか……)


 妹姫ならともかく、フェルノに賛辞を贈るのは、胃酸を吐くより胸が病む。


「フェルノ。申し訳ないですが、俺は休ませてもらいます」


 息つきながら、両手でテーブルを押し、体を持ち上げた。

 体の底から疲労が溢れ、ベッドに横になればすぐに寝入ってしまいそうだった。


「手をお貸しますか」

「かまわなくていい」

「褒めてもくださらないし、リオン様はつれない方ね」


 ふいに甘い声音が飛んできて、リオンが一瞬硬直する。今後も、この調子のフェルノを相手にしていくのかと思うと、頭痛がしてきそうだった。


 よろよろとベッドに向かい、仰向けに寝転がる。こんな場で、意識を失うのはどうかと思った。フェルノを一人で学園に送り出すのも、護衛としても良くない自覚もあった。


 それでも、ここがどこだか分からない以上、慎重に互いにできることをして情報を集めようとするフェルノの判断は同意しかない。

 額に手の甲をあて、リオンは目を閉じる。

 

 やわらかい掛布がかけられた。


「お休みください、リオン様。私は大丈夫です。ご心配なさらずに……」


(まったく、声だけは、妹姫そっくりだな……)

 リオンはそのまま沈むように眠ってしまった。




 掛布をかけてあげて、声をかけるなり、リオンの寝息が聞こえてきた。


(妹姫に似ているのだから、少しは褒めてくれてもいいだろうに……)


 まともな返答を期待していたわけではない。嫌な顔一つさせて面白がろうと思っていただけだ。

 なのに、投げたボールが返らないことに病むような痛みを覚え、面白くなかった。


(女心とは面倒なものだな)


 身勝手な滑稽さに、くすくすと笑みがもれた。


 フェルノはリオンの部屋を軽やかに後にする。後ろ手で扉を閉めた。


 自室に戻ろうと廊下を一歩踏み出すと、向こうからアストラルが歩いてくる。彼も着替えており、背後に男が一人付き従っていた。

 女性ものの制服との違いはスカートがズボンであり、首元のリボンがタイであるかであった。


(女と男では体格も違うものだな)


 前から歩いてくる制服の男性二人と、鏡に映ったスカート姿の自身をどことなく重ねる。彼らとの体格差は、力の差を見せつける。


 何があっても自身で身を守れるというフェルノの自負心がぱりんと欠けた。フェルノはそんな自身の小さな変化を無視する。


(アストラルの後ろにいるのは、護衛かな)

 彼も王子なら、そのような者がついていてもおかしくはない。


 フェルノを見つけ明るい笑みを浮かべるアストラルが立ち止まるフェルノに近寄り、目の前で止まった。

「侍女より、着替えが終わったと聞きまして、お迎えにあがりました」

「わざわざありがとうございます」


「リオン様はご一緒ではないのですか」

「リオンは少々休むそうです。疲れているのです、休ませてあげてくださいませ」

「そうですか、フェルノ様のお加減はいかがでしょうか。同じように召喚されているのです。お疲れでは……」

「大丈夫です。私は元気ですよ」

「フェルノ様、ご無理はなさらないでください」

「はい」

「では、私どもがご案内いたします」


 アストラルが体を斜めにして、背の高い同じ制服を着た男性を一歩前に出した。リオン近く身長がありがっしりとした体格だ。髪も黒く、瞳も黒い。

(ここの人々は誰もが、黒髪に黒目をしているな)

 今まで会った面々をフェルノは思い返す。


「こちらは、武官長の子息にて、私の護衛兼学友になります。名は【微塵暴虐 クラッシュゴースト】」


 アストラルに紹介され、彼は礼儀正しく一礼する。

「トラッシュとお呼びください」

「はじめまして、トラッシュ様。私は【鬼神残響 グレネイドインフェルノ】、フェルノと申します。どうぞよろしくお願いいたします」


 そして、トラッシュを先頭に、フェルノとアストラルは並んで歩き出した。


「本日は、どのようなご用で行かれる予定なのでしょうか」

「実はレポートの提出日でした。朝早く出かけようとしましたら、神官より聖女の償還の儀式に反応があったということで、急きょ私は聖堂に向かったのです」

「まあ、私のせいで……」


 レポートの提出日が、大事な用なのか、そうでないかもわからないものの、申し訳なさげにフェルノは驚いてみせた。


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