47,手がかり
アノンが愛読する二百年前の魔法術の書物と、魔神という化け物が封じられている遺跡の文字盤の文字が似ている。三百年ぶりの魔神復活にあわせて、異世界から聖女を呼び出す儀式がどこかの国で行われている。
ここは大型の魔物が住む森。とある巨木の樹上で、この森で暮らす人々の生活拠点である。
フェルノとリオンがいない。
そして、アノンが女の子になった。
ライオットが、理解できたのはここまでだった。
今後のことは何も決まっていない。
しいて目標を定めるとしたら、フェルノとリオンを探すか、遺跡に行くか、ここに留まるか、である。
あてもなく彷徨うよりは、当面の先行きに候補が上がったのはありがたかった。何をしていいか分からないよりはずっとマシだ。
風呂に入り、食事を終えた今、芯から疲労感があふれ重い。思っていたより、ずっと疲れていると心身は訴えていた。
(何か決めるにしても明日だ、明日)
ライオットの体も無理がきく状態ではなかったのだ。
横から視線を感じ、ライオットは横に座るアノンを見た。
困った顔で、頼るようにすがる目をむけてくる。こ生意気な妹ならいたが、か弱い妹の世話をする経験はなかった。
口元を結び、漏れそうになるため息を喉奥に押し込める。
「ごめん。俺も混乱しているから、細かいことは明日にしような」
それしか言うことができなかった。
食器を片づけたサラが客間へと案内してくれた。
廊下に出たところで、風呂上がりのイルバーとすれ違う。軽く挨拶を交わすと、彼は居間へと向かった。
通された客間は小ぶりな板の間だった。ベッドはなく、奥から出してきた厚めの敷布を引き、薄手の掛布二つと枕を二つが用意された。
「うちも普通の家だから、簡易なものしかないのよ。部屋は二人で使ってもらって問題ある。あるなら、アノンは私の部屋で寝ようか」
アノンは目をまるくしてから、ふるふると横に頭をふった。
「ライオットと一緒で問題ない」
(問題ないのか……。問題は、ない、だろうな)
アノンの言うように、問題はないのだ。問題はないのだが、これでいいのかと、ライオットは釈然としない。
サラが出て行った部屋で、二人きりになる。沈黙がおり、二つ並んだ寝床の一つにライオットは座り込んだ。うつむく。どっと疲労感が溢れた。
異世界に飛ばされて、巨大な魔物と戦った。森に取り残されても、行く当てはない。偶然助けたイルバーについてきてしまった。
(能天気だよな)
ライオットは自嘲する。
知らない土地で、知らない人間にのこのこついていく行動に、口角があがる。
(たまたまだ。首領が、異世界から聖女を呼び出す話をしていたり、父が遺跡に詳しいから、イルバーが俺たちを保護したのだろう。何せ、どこから来たか分からない女の子が、一人いたのだから……)
運がいいのか、悪いのか。ライオットは判断しかねた。
(異世界から聖女を呼び出すねえ……その子が魔神を倒すのか)
かいたあぐらの膝に肘を置き、手の甲に額をあてがう。
(できるかもなぁ。アノンだからなあ……)
ふふっとよくわからない笑いが漏れる。
「ねえ、ライオット。これ見て、欲しいんだ」
ふいに名を呼ばれた。声に誘われて、無防備にライオットは視線をあげる。
目の前にアノンが四つん這いで近づいていた。シャツの隙間の白い肌に、谷間の入り口がちらりと見える。
現実に返されたライオットが仰け反って、背後にすっころびそうになり、手のひらを床につく。
四つん這いのアノンが、片手に小さな玉を握って差し出してきた。
「ライオット?」
アノンが不思議そうに見上げる。ライオットは笑うしかない。頭痛がしてきた。
「……なんだよ。驚かすなよ。でっ、それ何……」
「リオンに渡した玉だよ。これと対になる物をまだリオンが持っていたら、リオンの場所が分かるんだ」
ライオットは身を乗り出す。
「本当か! 本当にリオンの場所が分かるのか!」
魔物の森で、リオンと一時別れる時に渡していた魔道具だとライオットも思い出す。
「外に出て、遠くても、方向なら、間違いなく。わかる!」
アノンは力強く言い切った。
「やった」
ライオットもかすれる声で答え、ぐっと拳を握った。
リオンが見つかれば、フェルノも近い気がした。こちらが一緒なら、あの二人も一緒にいるのではないかとライオットも期待したくなる。
「明日だ、何を考えるにしろ、全部、明日だ」
「うん」
「手がかりがあって、よかったぁ」
リオンやフェルノに通じる品があるだけで、ライオットの心はすっと楽になった。
「俺は寝るぞ。今日はもう、休む」
ゆっくり寝るために、イルバーに借り厚手のズボンとシャツをさっと脱ぎさる。寝床に入り、アノンに背を向けて横になった。
「アノンもさっさと寝ろよ」
それだけ言って、目をつぶった。
背後でがさごそと動く音がする。
「女の子の下着って、キツイよね」
ライオットの眉間にしわがよる。
(答えにくぅ……)
寝たふりしたまま、目を閉じていたらそのまま意識は薄れていった。
ライオットが目覚める。体を起こし、頭を振る。横を向くと、アノンは寝息を立ててまだ寝ていた。昨日脱ぎ捨てた衣類を身につける。静かに立ち上がり、部屋を出た。
廊下を渡り、居間へと向かう。
居間では、すでに起きていたイルバーが座っていた。
「おはよう」
ライオットの挨拶に、イルバーは片手をあげる。彼は厚手の布を敷き、その上で作業を行っていた。
「何をしているんだ」
「武器の点検だ」
金物の筒に斜めに取っ手がついているような、小ぶりな品を見ていた。厚みのある反り返ったナイフは鞘に納められている。
「これが武器か」
ライオットの知る武器は、長剣や槍、弓である。ナイフはいいとしても、イルバーが手にしている片手でも持てそうな小ぶりな金物を武器と認識できなかった。
「ライオットは銃は使わないのか」
「俺らは、剣とか槍だな」
答えながら、ライオットはイルバーの迎えに座る。
「あと、魔法なんだろ。おとぎ話みたいだな」
ライオットにとって、剣も槍も身近な武器であり、魔法もアノンが自由自在に使いこなす以上、それが特別だと感じたことがなかった。それよりも、手にのるほどの小さな品が、本当に武器なのかと疑わしい気持ちにかられた。
昨日、工房のような場に行った時、鋼に魔物の核を練りこむと言っていたことをライオットは思い出す。
「なあ、イルバー。この武器全部に、魔物の核を混ぜた鋼が使われているのか」
「そうだ。魔物の核を使っていない武器は、魔物には一切効かないんだ。しかも、それなりの量をきれいに混ぜないと、魔物相手にすぐ刃こぼれする」
「対魔物用ね」
「すべての武器は対魔物を前提としてつくられているからな」
「俺たちは、魔物の核は全部燃やするんだ。あれをすべて破壊しないと魔物は死なないだろう」
「俺たちは、魔物の核は全部回収する。鋼に練りこみ武器にしたり、エネルギー源として使っている。肉体から魔物の核を取り除けば、奴らは死ぬ。もちろん、肉は食べる」
ライオットの思考がふと止まる。騎士であるライオットは、魔物の核を破壊するものと教えられてきた。
では、なぜ、魔法使いは魔物の核を食べるのだ?
「なあイルバー、ここでは、魔物の核を食べたりはしないのか」
イルバーは瞠目する。
「あんな石のような固い核をどうやって食べるんだ」
驚く声音に、ライオットの背が冷たくなった。




