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45,崩壊

 サラによって、お風呂につけられたアノンの自意識は崩壊した。世話を焼かれるしかない幼児のように変わり果て、彼女の言うままに動くしかない人形になりはてる。


「アノンって、いくつ?」

「えっ、十六だけど……」

「十六? ならだめじゃない。ちゃんと下着つけてないと!」


(はい? 下着って……)

 

 おどおどするアノンに、サラははっきりと物申す。


「だめよ。動きにくいでしょ」

「動きにくいってぇ……」

「年取った時、垂れちゃうと寂しいぞ」


(なに? これはなんの会話なんだ)

 恐れを感じながら、アノンは半歩後退する。


「仕方ないなあ……私の貸すから、今度用意しようね。そのままだと動きにくいでしょ」




 お風呂から上がり、脱衣所でのサラの行動でアノンは意味を理解する。


 サラが棚をまさぐって、何かを取り出す。出された下着に、アノンの意識は遠のきそうになった。後はサラの独壇場。彼女に言われるまま、半泣きになりかけ従うのみだった。


 はっきりした物言いのサラは動きもテキパキしている。


「ほら、つけて。寄せたら、もちょっと大きくなるよ」

 脇に手を入れられて、中央に寄せられた瞬間、もう我慢ならなかった。


「ひゃあぁ」

 どこから出てきたのか分からない悲鳴に、アノンは驚愕する。

 さらに、反対の脇もさらにキュッとよせられる。


「ほら、ちゃんと胸あるし、つけた方がしっくりきて、動きやすいでしょ」

 サラがニコッと笑って、着替え用の衣服を胸に押し付けてくる。

「はい、服! 私のだけど、大きさ同じぐらいだから大丈夫よ。さっきの服は洗っておくからね」


 思考停止するアノンは受け取るしかない。


(なんで、なんで、こうなっちゃうの。せめて魔法使いの恰好でいたいよぉ)


 嘆いても、現実は変わらない。ぼんやりとし、ただただ言われるままに着替えるしかなかった。手作業だけを機械的に繰り返す。

 与えられた服を身につけたアノンは、ローブから取り出した品をポケットにしまい込む。


 着替え終えたサラが、先に風呂場を出ていく。

「廊下出て斜め向かいが居間だから、出たら来てね」

 アノンは無言で頷いた。もう自分がどんな顔をしているのかも、わからなくなっていた。




 一人脱衣所に残されたアノン。じわっと涙が出そうになる。


(……つらい)


 何が自分の身に起きたのか。風呂場で、いやというほど見てしまった。見なければ現実感は薄かっただろうか。そんなことはないとアノンは思う。見なければ先送りして、知らないふりができただけだ。


(泣きそう……)


 サラが閉めた扉が、再び開いたことに、うつむくアノンは気づかなかった。


「アノン、大丈夫か」


 耳に飛び込んできた聞きなれた声に跳ねるように驚き、アノンは顔をあげた。


「ライオットォ。どうしよう、どうしたらいいの……」


 アノンは呻く。響く声は自分のものとは思えないままだった。


 




 大丈夫か、なんて、無意味な言葉をかけてしまったライオットもまた困惑していた。


(どうすんの、これ……) 

 

 ふるふると震える、弱弱しい女の子が泣きそうな顔で立っている。旅の途中、悪態ばかりついていた人間とは思えない弱りっぷりだ。

 ライオットの眉間にしわが寄る。


(いや、本当は女の子でしたと言われても、納得できる容姿はしてましたよ。しかしだな。それは黙っていたらってだけだからな……。

 ある意味、双子の妹とか、あれを兄とか、考えるか。それもそれで無理やりだな……)


 このままアノンと連れだって旅なんてできない。リオンやフェルノを探すにしろ、手がかりもない。そもそも、ここがどこなのか。戻れるのか、戻れないのか。地に足をつけて生きていくなら、どこを拠点にしていくか。

 とにかく、そういう大事なことを話しあう相手が、壊れてしまった。


(どうにもこうにも、今日は駄目だ)

 それだけはライオットも確信する。


 ライオットはアノンに近づき、その両肩に手をのせた。

「どうしよう。ライオット……」


 弱々しい瞳で見上げてくるアノンに、ライオットはたじろぐ。

(なんの冗談だよ。これは、まったく!)


 可哀そうを通り越し、腹が立ちそうになる。そもそも、アノンは異世界に飛ばす加担をした側であり、本来ならライオットが文句の一つでも言っていいはずの相手である。

 それがなんだ。打ちひしがれて、泣きそうにすがってくるのだ。


(めんどくせえ!! 中途半端に可愛くなってるところが、なおめんどくせええ)


 内心悪態をついても、ここで喧嘩をするわけにもいかない。言いたいことをライオットはぐっと飲み込んだ。


「アノン。今日は休もう。まずは、食べて、寝て、落ち着け。これからのことは、それからだ」


 妥当なことしか言っていない自覚はあるが、ライオットもこれ以上のことを言える気もしなかった。


 泣きそうな顔をしていたアノンが、さらに泣くのを我慢するような顔になる。


(だから、だから。俺にどうしろと言うんだ)


 慰めるか、励ますか、惑うていたら、急に動いたアノンが、額をぐりぐりと胸に押し付けてくる。声を殺して、嗚咽を漏らし始める。


(なんだよ、この状況!)


「ライオットは、僕を、守るのが役割じゃないのぉ……」


 そのセリフに、ライオットが内心で血反吐を吐く。そのまま泣きじゃくるアノンを突き放せもせず、ライオットは天井を仰ぎ見た。


(俺だって、泣きたい……)


 ライオットも胸苦しい。助け合うべき相手がこうなっては、途方に暮れるのは自分の方だと叫びたかった。


 その時、かちゃりと扉が開いた。

「やばっ」

 反射的に声が出たのはライオットだった。


「ライオット……?」

 扉を開けたのはイルバーだった。

「あっ」


「ちがっ!」

 扉がすっと閉められる。

 閉まる直前にイルバーの声が届く。


「サラに、もうすぐ夕食ができるという伝言を頼まれただけだから……」

 かたんと扉が閉まった。


 ライオットは孤独の中にぽつんの残された心境に落とされた。

 ほぼ無音の世界で、アノンの泣き声だけが耳に痛い。


(どおすんのよ! これ!!)

 目の前で、アノンは泣いている。イルバーには見られる。

(ちくしょう……、踏んだり蹴ったりかよ)

 

 さすがのライオットも立腹を隠せない。アノンの肩を掴んでぐっと押した。涙目の女の子に、上目遣いにきょとんと見上げられて、(ちくしょう)と内心もう一度悪態をつく。


「アノン。夕食だ。とにかく食べてからにしろ」


 上から叩くように怒声を落とせば、「うっ、うん」とアノンは素直に頷いた。

 泣いて少しは感情が発散されたのかもしれない。


「まず、居間に行け。廊下出て、斜め向かい。分かるか」


 うんうんとアノンも頷く。

 素直過ぎて、別人のようだとこれまたライオットは気持ち悪くなる。


「夕食を食べる。夜、寝る。それから! 分かるな」

 今度は、しゅんとして頷く。


(だから、何だって、こんな反応なんだよ)

 口に出しても仕方ない弁を飲み下す。


「後な、泣いていたのを聞かれたらな。こういう場合はとりあえず、故郷が恋しくて泣いていたと、言っておけ。とにかく、それが妥当だ。わかるか」


「……わかった」

 アノンはまた素直に答えた。


(だから、なんで、ここで素直なんだ!)

 ライオットはくっと唇を噛んで、アノンの肩をぐりんとまわし、扉に向けた。


「俺が、風呂借りるから、お前は出ろ」

 押すと、これまた素直によろよろと扉に向かう。

 はあ、とライオットは大きなため息を漏らした。


(手のかかる妹が一人増えたと思えばいいのかぁ……)


 そう考えた矢先、扉に手をかけたアノンが振り向く。

「ごめん。ライオット」

 潤む瞳に、髪色の淡い色合いが重なると、儚げな香りを残し、退室する。


 ライオットはその場にしゃがみ込んだ。頭を抱えて「めんどくせえ……」と呻いていた。





 風呂場を出たアノンは静かな廊下に立つ。嗚咽交じりに泣いて、幾分か胸が透いた。


(泣いて少し楽になった……)


 どうしていいか分からなくても、耐えがたくても現状は変わらない。

 ライオットの言うように、まずは食べて寝ようとアノンも少しだけ前を向く。何を考えても、今は建設的なことは一つも思いつかない気もした。


 ポケットに手を入れる。手のひらに収まる球体がある。


(リオンが持っていてくれたら、これがあればきっと……)


 正常な判断ができる自信がないアノンは、ライオットに相談してからだなと大人しく考えた。


 もう一つ、ナイフを取り出す。

 空間を裂くと、そこは自分の所有物が入っている。腕を差し入れ、さわさわと探し当てたのは本だった。

 胸に抱く。


 魔法使いであることは変わらないと確信すると、自分の足場がすべて溶けきったわけではないのだと安心することができた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] アノンが可愛すぎて、ライオットが可哀想で。 でも、展開的に読者には美味しくて。
2022/04/26 18:36 退会済み
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