44,疑念と絶句
「神託に沿い、ただただ聖女様を迎え入れるしかないのです。聖女様は無力なる私どもの希望の星なのです」
アストラルは魔神に対抗するために召喚した聖女を希望と語る。しかし、フェルノは魔物を引き寄せる体質を持つ。
魔神と呼ばれる魔物も例にもれず、フェルノの元へと突進してくると予想できた。
(私がここにいるのは、むしろまずいだろう。私が聖女など、何かの間違いであってほしいよ)
男も一緒に召喚されている件に難色を示した神官。それをたしなめた司祭の眼光。宗教の威信や国をあげての償還にしかフェルノには感じられなかった。
(私が聖女ではないと認めることは……、ない、だろうな。
よほどの落ち度があって聖女に相応しくないとなれば、見捨てたり、追放したり……。いや、もみ消すか。少々のことなら、なかったことにする方が早いだろ。次の問題を起こせないように、監禁するとも考えられるか。問題行動を起こすのは芳しくないな……、無い自由がさらに無くなる。私のあり様に関係なく、儀式によって召喚されたからには逃れられないか)
そのような背景でよく神官が意見を述べたものである。
(リオンがいることが、それほど予見しない出来事だったのか? どちらにしろ、間違いを認めないという前提で考えれば、従順が無難か)
知らない土地で、他者に運命を握られる。差し当たって、命の危険はないとしても心地いいものではない。
生ぬるい身内に対して、甘えるように、殺せばいいとフェルノは思っていた。なのに、いざ見知らぬ環境に放り込まれれば、こんなところで死んでたまるか、という意識がむくむくとわいてきていた。
フェルノは自身、虫の良い生き汚さに驚いていた。
リオンがいるからかもしれない。一緒に投げ出されたであろう、アノンとライオットが頭の片隅から離れないからかもしれない。
(意外と、彼らのことを気に入っているのだな……私も……)
ライオットとアノンが心配だとは口に出すのははばかられた。そんな良心を持っていると思われるような柄ではない。
それでも、二年暮らすうちにそれなりの親しみが積もっていた。
彼らと魔王城を目指し旅をするのは、意外と楽しかったのだ。焚火も、山を歩くことも、街道を進むことも、絨毯に四人でのったことも……。
なにより、彼らは強い。
(魔神が現れたとしても、リオンとライオット、アノンがいてくれたら、何とかなるかもしれない)
わいてくる発想にフェルノ自身が一番驚いていた。
「フェルノ様」
名を呼ばれ、フェルノははっとした。思索にふけりすぎていた。柳眉を歪め、憂いを浮かべるアストラルがいた。
「驚かれましたか」
「はい……、私にそのような役目がまっとうできるとも思えません」
信じられないと、頭を振ってみせる。
「人々の営みが関わっていることではありませんか」
「はい、この国に生きる人々すべて、やっと取り戻した生活、そのすべてがかかっています」
さすがのフェルノも、重いと実感する。
「アストラル様。この国はどのように成り立っているのでしょう。そして、いかほどの人々がどのように暮らしているのですか」
アストラルは軽く目を剥いた。そして、静かに「聖女様が望まれている。説明を……」と小声で、文官長へとふる。
文官長がアストラルに一礼し、フェルノに語り掛ける。
「環の国は砂漠のなかにあります」
「砂漠ですか!?」
砂漠の真ん中に広大な芝生。そして、それを活用していない。アンバランスさにフェルノは違和感を覚える。
「はい。砂漠にあります、円形の土地に環の国はあります。そこが砂漠で唯一泉が湧いているのです。
彼方には、巨木が連なる大樹の森があり、その森の奥に遺跡がございます。その遺跡に魔神を封じているのです。
フェルノ様、あちらの地図をご覧ください」
文官長が壁にかけられている絵を示す。
絵の片側は砂漠。砂漠には、円形の白い環の国が浮かんでいる。真ん中は緑、その中央に聖堂らしき建物が描かれる。白い大きな円が緑の小さな円を囲む国。
環の国の首都は森側に描かれている。
絵のもう半分には森が描かれ、森の入り口あたりに大ぶりの木の枝に乗る家がある。小鳥の巣箱のようだ。奥まで広がる森のなかに、遺跡らしき石が積まれた建物が特徴的に描かれていた。
「森の絵には家がありますね」
「はい、森に住む人々もおり、彼らの居住区になります。私たちと彼らとは交易をおこなっております」
「交易ですか……」
「魔物には核がございます。その核をエネルギー源として私どもは利用しております」
「魔物の核を、利用されている?」
「さようでございます。先ほどお乗りになりました自動車を動かすにも、魔物の核が利用されております。魔物の核は、森の民 ディーダイガル より我が国にもたらされているのです」
その後も、文官長からの簡単な説明は続く。
砂漠が広がる側半分で耕作が行われ、森側に首都ゼアがあり、教育や研究、医療などの中心地になり、一番人口が多く人が住んでいる。その他の地は各種産業に区分けされ、それぞれの区長が収めている。大樹の森と向かい合う位置にある首都から砂漠へ直進し、森を突き抜けた一直線先に遺跡がある。
フェルノは地図を見ながら、この国の絶望的な発展性のなさを痛感する。砂漠に囲まれ、土地も狭い。水、鉱物、想像しうる、あらゆる資源が乏しい。
人間の国は豊かな森林があった。彼方には海もある。魔物の国以上に広大な地を治めている。
これほどの不毛の地ばかりに囲まれて、どうやって生きているのだとフェルノは他人事ながら肝が冷える。
国の歴史や、各地の産業を学んだ際に得た知識を照らし合わせても、この地はほぼ人が住むには難しい。死の大地に細々と命を繋いでいるようにしか見えなかった。
三百年前に滅んだ世界。そんな世界を滅ぼした魔神復活。
神託に頼る国。
砂ばかりの貧しい大地。
フェルノは、警戒を継続するにしても、意識をあらためた。
(魔神復活なれば、この国は滅ぶではないか)
三百年。どんな思いで、彼らが立ち直ってきたか想像はできない。それを再び破壊される危機に立っているとしたら……。
フェルノは絶句する。こんな異世界に放り出され、たとえ魔神を屠っても、街が残らなければ、フェルノだとて生き残れない。ぶるりと震えて、頭をふった。
(ありえない。こんな状況で、少女一人の双肩にかけるなんて。これは重い、重すぎるだろう)
巨大な魔物を見ただけで震え隠れる侍女の姿が思い出された。恐れることなどないのにと、苦笑した記憶をたどる。
彼女達のような無力な娘に、国の危機がなんたるか察することは不可能だ。
フェルノは、さまざまなことを学んできた。魔法や剣技だけではない、歴史、産業など知識の幅は広い。それでも、驚く。
国の命運がかかっていると言われ、一介の少女にまともな反応が返せるか? 無知な娘の度胸で世界を背負うなど、ありえない。教育を受けずして、国の危機がなんたるかなど理解できるわけがない。
(この召喚は、偶然だろうか)
命を狙うよう指示しておきながら、目的は違うとアノンは言った。
ライオットが守護するのがアノン。リオンが守護するのがフェルノ。異世界へ飛ばす魔道具が用意されていた魔王城。道具を使用した四天王に、魔術師。人間の国と魔物の国はつながっており、双方の協力で異世界へと飛ばされたと言ってもいいだろう。
アノンは異世界へ飛ばされることを理解していた。
(一体何なんだ。まだまだ何が隠されているかわからないじゃないか)
結局はフェルノも行く当てがない。どこにいても、魔神復活すれば、フェルノに向かい突進する。フェルノ自身、魔神復活からは逃れられない!
(どこにいても同じなら、ここにいるか……。むしろ、国の中枢にいたほうが見えることもあるかもな)
口内が渇き、フェルノは生唾を飲み込む。ひとまずここに留まると決心した。
「アストラル様。改めてお伺いしますが、私はここでどのようにしていればよいのでしょうか」
「難しいことはございません。魔神復活が確認されるまでは、ゆるりとリオン様とともにお過ごしください」
アストラルが笑顔で答える。
「そうですか、ありがとうございます。リオン様と一緒にいられることは、私には救いでございます」
「数日後には、我が父母も参列し、聖女降臨のセレモニーを行います。それまでの間、私もご一緒にと申し上げれればよいのですが、なにぶん学生の身分のため、学園にも足を運ばねばなりません」
「学園ですか」
「はい」
フェルノは学校など通ったことはなかった。不可思議な表情をしていたのだろう、アストラルが申し訳なさそうな表情に変わる。
「フェルノ様は学園をご存知ないのですか」
「……ええ、私は家庭教師より学んでおりまして、学ぶために通うような経験はございません」
「失礼ですが、フェルノ様は、おいくつになられますか」
「十八になります」
「では私と同い年ですね」
「まあ」
(同い年で、同じ第一王子で、名前も似ているなんて奇遇だな)
これは偶然かとフェルノの疑問符はさらに増える。
「もしご興味がおありなら、一緒に学園を見学されますか。同じぐらいの年齢の子弟がたくさんいます。よろしければ、ご案内致しますよ」
アストラルの申し出に、フェルノはぱちぱちと瞳をまたたかせた。
次回の予約投稿は4月26日です。この間は、異世界恋愛小説(全40話10万字)投稿します。




