43,二枚舌
さすがのフェルノも困る。
(私が聖女で、この国に魔神を寄せてしまったら、どうする)
人々を危険にさらすと直感が訴える。ぶるっと身震いした。
「そのような最強の魔物と対峙するなど、私にはできません。恐ろしく、私のようなただの娘にいったい何ができましょうか」
フェルノは眉をひそめ、怯えるようなしぐさをしてみた。
代表として文官長が話を続ける。
「聖女様、ご心配には及びません。神託通りにゆるりと過ごしていただければ、魔神は必ずや聖女様に導かれ、滅びへと進んで行くことが約束されているのです」
「しんたくとは」
「神託とは、司祭と神官による儀式により得られる大切な予言なのです。我が国は、その神託を尊びながら国政を行っております」
(神のお告げのようなものだろうか)
フェルノも、かつて巫女を祭り上げて政治を行っていた国があると学んだことがった。二百年前に統一されてからはそのような政治は行われていない。
「もし、仮に私が聖女ならば、何をすればよいのでしょうか」
フェルノは、純粋に訊ねた。
ここが一つの国ならば、狂暴な魔物を寄せて、人々の生活を破壊するのは望むところではない。
「聖女様におかれましては、ここでゆるりとお暮しください。聖女様がこちらにいらっしゃることが私どもには大切なことなのです」
「私がここにいるだけで良いと……」
(それが一番まずいのだが……)
魔物を寄せる体質について説明しても信じてもらえるものではないとフェルノも予想できる。そもそもなぜそんな体質を持って生まれたか、フェルノも分かっていないのだ。
(魔物を寄せる体質だから追放されたのに、ここにきて、さらに強い魔物をよせることになるとなれば……、私の迷惑体質も大概だな)
文官長の弁に、フェルノは片頬に手を添え、ため息をついた。困惑していると受け取ってもらえたら幸いである。
「ところで、聖女様」
立っていた武官長が声をかけてきたので、フェルノは顔をあげた。
「その腰のものはなにゆえにお持ちですか」
腰に長剣があることを指摘された。
フェルノは笑む。
「飾りですわ。あくまで男装をそれっぽく見せるためのものです。家を出る際に、女性の恰好では見つかりやすいと思いまして、このような姿に変装していましたの」
無力な少女を演じる方向性に変更点はない。剣を使えるとは言いたくなかった。
(我ならがよく言うよな)
自嘲は微笑みとなってあらわれる。
「それにしては、ずいぶんな品でいらっしゃる。柄も丁寧なつくりをされていらっしゃいますな」
「さようでございますか。お褒めいただき光栄でございます。私、詳しくないものですから、家にあった品を持ってきただけですの」
本当はその長剣はフェルノ専用に作られた魔術具である。一流の刀鍛冶と魔術師により作られている。業物と呼ぶにふさわしい逸品だ。
「フェルノ様はなぜ、男装をされてまで家を出ていらしたんですか」
「それは……」
口元に拳を寄せ、少しうつむいてみる。視線だけ少し上げて、アストラルを伺い見つめた。
「リオン様と……」
後は想像に任せようと、フェルノはおし黙った。
アストラルはため息を吐く。
「先ほどもそのようなお話をなされていらっしゃいましたね」
墓穴を掘らないようにフェルノは沈黙する。後は勝手に想像してもらう方がいいとした。
(この二枚舌が!)
リオンは心底で咆哮する。
フェルノの態度、声音、話題。すべて作られたものであると理解するリオンは、その稀なる演技力が胸糞悪い。この面々の中で、最も腹黒く、信じがたい男は誰かと言われたら、フェルノと言いたい気分にかられていた。
守護し協力する相手であっても、我慢の限界と言うものがある。
フェルノが沈黙した後、神官二人にじろじろと見られる状況も耐えがたかった。無表情を保ち続けるのにこれほど精神力を要することなどあるだろうか。
「恐れながら……」
そう呟いたのは、神官の一人だった。
「なんですか。【推定灰燼 イリュージョンコラプション】神官殿」
座っていたアストラルが振り向く。
「私どもは、まさか聖女様以外の方が一緒に召喚されるとは想定しておりませんでした」
神官はもう一人の神官へと目配せする。
「司祭様、私どもが行ったのは、聖女様を召喚する儀式です。なぜ男性が一緒に召喚されているのか解せません」
背を向けたフェルノの顔は見えない。神官に司祭は厳しい目をむける。
「【浮遊執行官 ホーンテッドフロート】神官。召喚の儀式は正しく行われた。召喚された女性は聖女である」
司祭の言葉は、静かで重い。
「聖女様のおそばにいらしたから巻き込まれたと理解すべきだ。私たちの聖女召喚の儀式が間違っていると神官が疑うか」
「いえ、そのようなことはございません」
神官二人はそれ以上何も言えず黙った。
「神官様方、私だとて聖女と急に言われましても、とくに聖女らしい能力も持っておりません。聖女ではないとおっしゃられますなら、それも正しく感じられます」
フェルノの言葉は流れるようだ。抑揚、声音、すべて妹姫を彷彿とさせる。
「そのようなことはございません」
アストラルが身を乗り出した。
「このたびの儀式は、きちんと手順をふみ行われております。あの場で召喚されたフェルノ様は、間違いなく聖女様なのです」
アストラルが膝に肘をつけ、両の掌を額に押し付ける。
「私どもは三百年前、魔神の暴挙により滅んでおります。文明は失われ、人の命も消えました。広い砂漠と、大樹の森に取り残され、過去はかき消えております。
その元凶たる三百年前に封印された魔神【凶劇 ディアスポラ】が復活するのです。
私ども王族は、魔神を封印した一族の末裔として環の国を治めております。しかしながら、古の封印を成し遂げた技術・学術は失われました。一度、失われた文明を取り戻すことはとても難しいのです。
人心を乱すわけにはまいりません。今回の聖女召喚をもって、世情をなだめている現状をご理解いただきたいのです。
今はただ、神託に沿い、ただただ聖女様を迎え入れるしかないのです。聖女様は無力なる私どもの希望の星なのです」
アストラルは祈るように語った。
リオンの無表情は崩れない。無我の境地で、人間の無力さをただ感じ入っていた。
魔寄せの体質を持つフェルノである。そんな男に頼らざる得ない国政を哀れに感じた
(この国の人々のためには、フェルノが偽物の聖女である方が望ましいだろうに……)




