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42,切り札?

 フェルノをのせた自動車が止まる。乗り物を降りると、細い道が続き、左右は芝生が広がる。階段の上に、白を基調とした王城がそびえる。

 王城の大きな入り口を通りぬけてからも長い廊下を渡る。またも応接室にて、アストラルに待つように指示された。


 リオンは窓辺に近づく。フェルノは彼の後を追った。背後でアストラル達が退出した。


 フェルノは二人になったことを確認し、リオンの隣に立つ。彼が時を止めることを期待しても、フェルノから声をかけない。

 寄り添うように傍に立たれ、察したリオンが、手の甲をフェルノの腕につけた。


 空間が変化したことを確認しフェルノは話し始めた。視線は足元に投げる。

「この世界には、一応魔法はない、ことになっているようだね」

「そのようですね」


「ないはずの力を抑えることになっているなんてあるだろうか。ある、ことを知っていなければ、ない、ことになんてできないと思わないか、リオン」


 リオンは無言で肯定する。フェルノは視線を下から上に流し、リオンの喉元を見つめた。

 

「リオン。私は役に立たない」

 リオンが片眉をあげる。


「分かっているだろう。男性と女性の身体的な能力差ぐらい」

「……」

「魔法使いなら男女の身体能力の差をさしたる差に感じないだろう。私の場合は、魔力量が多い騎士のような立ち位置だ。身体的なハンディキャップがあれば、今までと同じというわけにはいられない」

「……」

「つまり、男性だった時と同じような剣技はできないだろうと言いたい」


 フェルノは腕を引き、リオンとの接触点を離した。彼は空間と同化し固まる。リオンは空間に一人残される。


 頭痛がしてきそうだった。魔力や剣技が失われることがフェルノにとって、どれほどの痛手か分からないリオンではない。


(それを俺に告げるか)


 リオンは、騎士としてどうあるべきかと考える。ぐるっと回って、答えは一つしかない。


(フェルノを守ろう)


 弱くなった主を守ると考えれば、騎士としては当然の責務のように感じられた。フェルノが女性のふりをするのも、身を守ろうとする故だ。好んで演じているわけではないのだ。

 

 不快に感じても、そうすることで、フェルノがリオンも含めて、守ろうとしているとしたら、それに答えなくて何が騎士かとリオンは考えた。


(ならば、この能力はありがたい)


 状況を把握しようと思えば、一人で歩き回ることもできる。ある場所にいたと思えば、他者からは瞬時に別の場所にうつるのだ。


(元諜報暗部に所属していた俺にはもってこいだな)


 嘲笑が浮かぶ。騎士には、いくつか部署がある。そのなかに、変わり種と言える部署もあり、それが諜報暗部だ。監視や情報収集、時に暗殺なども行うとうわさされる。表立つような部隊でもなく、人の入れ替わりも少ない。一度所属すると、秘密裏な仕事があてがわれるので抜けることもない。


 ところが珍しく、短期間でリオンは外された。王太子の指南役に抜擢され、王族と関わるからかと一人納得していたところ、突如フェルノの護衛に指名され、密命に暗殺を指示され愕然とした。

 これが暗殺者の本命は自分だと自然に思うに至ったリオンの背景である。


 ライオットは特殊な部署とは無縁なまま、フェルノの護衛へと抜擢されている。諜報暗部の存在も知らないかもしれない。彼の場合は、それ以前の問題もある。


(暗殺だけなら、ライオットはまったくもって不向きだ)


 三人の中で最弱だけでなく、性格が向いていない。彼が推挙された背景は別の理由。間違いなくアノンの護衛だ。

 リオンは手を見つめ、嘆息する。


(まさか、こんなところで暗躍することになるとは思わなかったな)


 旅すがら、監視がついていたとリオンは気づいていた。影から元同僚の【圧殺隠者 ソリタリープレッシャー】を思い描いていた。


 監視者がいた。魔王城にはエクリプスもいた。情報は国にすぐさま渡っていると予見できる。


 暗殺だけなら、諜報暗部の元同僚は向いている。陰から、フェルノを狙うこともできたかもしれない。しかし、彼は何もしなかった。


(やつの目的は、監視。異世界に間違いなく飛ばしたと目視することが重要だったということなのか)

 

 異世界まで飛ばされて、暗殺が真の目的とは思えない。フェルノの守護がが本命の密命と考えるが妥当である。

 置かれた状況を見定め、フェルノの意向を注視し、差し当たって、フェルノを守る。そう考えるにしても、まだまだ分からないことばかりだった。


 時を再び動かした。


 横にいたフェルノが後ろでに手を組み、少し腰をおり、下から覗き込んでくる。


「聖女召喚とはどういうことでしょうね」

 妹姫に似せた甘い声音で囁く。

「私は、リオン様とご一緒できなければ、本当に心が砕けてしまいそうです」


(よく言うよ)

 白々しい目を、無表情なままリオンは流す。

 



 フェルノは、女の子に徹しようと肚をくくった。

 背後に聖職者がいる王族が一筋縄でいくと到底思えなかった。

 他に仲間がいること。

 リオンの時が止めれる力。

 自身の剣技。

 魔法。

 明かさなくていい手札は隠す。


 相手を欺くために、女の子のふりをする。

 これも戦い方だとフェルノは、にこやかに受け止める。


 後ろで手を組み、下からリオンを覗き込む。


「聖女召喚とはどういうことでしょうね。私は、リオン様とご一緒できなければ、本当に心が砕けてしまいそうです」


(無表情の癖に、時々嫌悪を隠さないリオンも面白いよね)


 フェルノには、他者が把握しきれないリオンの微妙な表情を読み取ることができた。





 フェルノは身をひるがえす。リオンから離れ、応接室のソファー席に座った。すると扉が開く。アストラルと司祭と神官二人が入ってくる。他に男性が二人、入ってきた。


「お待たせいたしました。フェルノ様」


 フェルノは立ち上がり、ほほ笑む。

「お気になさらずに、アストラル様。ご一緒の方々は……」

 少し不安げに、首をかしいだ。


 見知らぬ二人の男性は、の国イドの文官長【微塵自在 アストラルゴースト】と武官長【神経幻覚 サイコロジカルパレード】と名乗った。


 司祭、神官の力をもって、聖女様を召喚した背景は環の国の治世に深くかかわることらしい。そのため統治にかかわる文官長や武官長も同席し、フェルノにご説明したいとアストラルは告げた。


 フェルノの前に、アストラルと文官長、司祭が座った。立っているのは、武官長と神官二人。


「アストラル様、改めまして、聖女とは何なのでしょう。教えていただけますか」


 フェルノは仰々しい面々に怯えた風を装って、胸元に組んだ拳をよせた。


(もったいぶらずにそろそろちゃんと説明してほしいよ)

 フェルノは、まともな話がないことに、若干じれてきていた。


「ご説明が遅れ申し訳ございません、フェルノ様。中心地ではどうしても、安全確保が難しく、詳しくは王城にお招きしてからと考えておりました」

「安全、ですか」

(そういえば、聖堂でもそんな話をしていたな)


「では、詳しいことを、文官長よりお話させていただきます」

 理由を尋ねる前に、アストラルは文官長へ話をふってしまった。


「お初にお目にかかります。の国にて文官長を任されております【微塵自在 アストラルゴースト】と申します」


 聞きたいことを優先するより、まずは話を聞こうとフェルノは切り替えた。


「文官長様。私は、ここに連れられ、突然聖女と言われ困惑しております。失礼ですが、まず、聖女とは何かお教え願えませんでしょうか」


「はい、聖女様。実は私どもの世界は危機に瀕しております」

「危機とは?」


「単刀直入に申しますと、森奥深くにあります、グランノア遺跡より三百年前封印された魔神が復活する時が近づいているのです」


(まじんとはなんだろう)

 フェルノが知る魔人とは違うようだと雰囲気から察する。魔人は人間によく似ている。大人しく、力もない、恐れられ封印をされる存在ではない。


「最強の魔物である魔神【凶劇 ディアスポラ】の復活は避けられません。

 かつて世界を滅ぼした最強の魔物に対抗すべく、その切り札として、環の国では聖女様召喚の儀式を行っていたのです」


 さすがのフェルノも小首をかしげ、へらっと素で愛らしくほほ笑んでしまった。


(魔を寄せる体質の私がここにいたら、その魔神と呼ばれる最強の魔物が突撃してくるのではないかな)

 さしずめ、街道に向かって直進してきた大蛇【叫喚 フェスティバル】のように。


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