41,お邪魔します
「お兄ちゃん、この方々は?」
「旅の人で、うちに泊めれないかなと……」
「ねえ」
妹の眉がビクンと動くのに合わせて、イルバーの肩も跳ねた。
「まさかそれで役場に行ったんじゃないわよね」
妹の声が低くなる。
「首領の元へ挨拶には、行った、な……」
イルバーは首に手を当てて、視線を空に逃がす。
「ねえ、お兄ちゃん。ちゃんと事前に、それも含めて、お父さんに伝えておくべきじゃないかしら」
「ああ、そう……だな」
妹の正論に、兄の歯切れは悪い。ライオットは、二人を見交わす。
「お客様がくるなら、その分ご飯作らなきゃいけないの!」
ピシャリと言い放つ妹に、兄は身をすくめて目を閉じた。
「二度手間になるんだから、お父さんがいて、伝言さえ頼まないなんて、ありえないから!!」
(妹って、こわい……)
彼女とイルバーのやりとりをライオットの後ろから覗き見ていた一人っ子のアノンは、ぶるっと震えた。
困った顔のイルバーを押しのけ、妹はライオットとアノンへ正面きって向かい合う。小柄ながら、拳を腰に当てた姿は、迫力があり、大きく見えた。
「はじめまして、私はイルバーの妹。【貫通残響 サラウンドダンス】。サラと呼んでね」
改めて、ライオットは何度目になるかわからない自己紹介を繰り返した。
「……へえ、旅の人なの。はじめてみるわ、その髪色。金の髪に、青い目。アノンは、薄紫に目も紫なのね。……その瞳、きれいね」
女の子に覗き込まれアノンはたじろぐ。隠れてばかりでも困ると考えたライオットは横にずれた。
サラはずいっとアノンに近づく。
「顔、見せてもらっていい」
「えっ?」
戸惑うアノンが軽く頷く。
サラはフードに手をかけ、ふわっとフードを開いた。
じっとサラに見つめられ、アノンは硬直したまま、押し黙る。
「……きれいね。こんな子が、森のなかでウロウロしてたの。信じられない。森には魔物がいるのよ」
サラはアノンの体を上から下にじろじろ見回す。
アノンは動揺しながら、逃げ出したい気持ちを抑えていた。
サラの手がアノンの髪に差し伸べられる。髪に付着した乾いた泥をこすり落とした。
「髪も汚れてるし、服も洗わないとダメね。まずお風呂よ。ご飯は次ね」
サラはライオットへ目をむける。
「あなたもきれいな髪なのに泥ついているわね。替えの服はある?」
「……いや」
ないなとライオットは思う。アノンが異空間の家にしまっているかもしれないが、今は取り出せない。
「お兄ちゃん、昔の服残ってたら、ライオットにあげてよ。アノンには私の貸すから」
アノンがあからさまに「えっ!」と目を見開く。
「さあ、入って。面倒だから、私も一緒に済ますわ。次はライオットで、お兄ちゃんとお父さんは最後。順番はどっちでもいいから」
サラはむんずとアノンの腕をつかんだ。
「行こう、アノン」
ライオットの前を、助けてと目で訴えるアノンは、サラに腕を引かれ、連れ去られた。
止めようもない勢いに、ライオットは二人を見送る。静かになり、イルバーと目を合わせ、共に嘆息した。
「すまない、ライオット。母がいないもので、妹には頭が上がらないんだ」
ライオットは遠い目をする。
「いや、いいよ。アノンには、あれぐらいの勢いある子の方がちょうどよさそうだ」
(あれは助けてと訴えられても、助けようないなよな)とライオットは内心笑う。
アノンは泣きそうだった。こらえるだけで精一杯なまま、ライオットの背後に隠れ続けた。反論や抵抗する力もなく脱力する。声を発することも怖かった。耳奥に響く声音が、他人の声のようである。
絨毯を操縦している時も、男たちにちらりと見られるたびに身が痺れた。意識するほどではないし、彼らより自分はずっと強いと分かっても、それとこれは違う。
首領にフードに触れられた時も、サラにフードをはぎとられた時も、誰かに今の自分を見られることが恐ろしかった。
誰かに見られることだけじゃない。今の自分を、自分で見つめることが、なによりアノンは耐えがたかった。
サラに連れ込まれた部屋で、彼女はさらに奥の扉を開ける。
「お湯はるの時間かかるけど、思うより早いの。先に服を脱いでね。アノン」
喉がつまる。奥から出てきたサラと目があう。どうしようと惑うていると、衣類のポケットにじゃらりと色々なものが入っていることにアノンは気づく。
「……あっ、の」声を聞くのも辛い。「ポケットに色々入ってて……」
サラは表情を変えず、備え付けの棚を開き、奥から小ぶりな籠を出してきた。
「これにいれて、私の服もポケット多いから、着替えたら入れたらいいわ」
アノンは大人しく、籠を受け取り、台の上に置くと、時間を稼ぐようにゆっくりとポケットから小物を取り出す。
(どうしよう……逃げたい)
泣きたい思いで、ポケットから、魔物の核にナイフ、そしてリオンに渡した小さな玉を取り出した。
アノンはその手に収まる玉を見つめた。
(これがあれば、リオンの位置がわかるかも)
リオンがどこに居るか分かったら、あとはフェルノだ。アノンとライオットが一緒なのだ。二人もまた一緒かもしれないと、アノンの心に小さな希望がともる。
「アノン」
サラの声に現実に引き戻される。
「ポケットからぜんぶ出せた」
「あっ、うん……」
サラの方を向いてしまったアノンは激しく後悔した。サラはすでに服を脱いでいたのだった。
「じゃあ、この重そうな服も脱いじゃおうね」
硬直するアノンをよそに、しゃがんだサラはローブの裾を掴むと、上にむかってぶわっと引き上げた。思わず、両腕をあげてしまうアノンは衣服を彼女にはぎとられてしまった。
もう悲鳴をあげる余力も残っていなかった。
湯殿にて、アノンはしゃがんだまま無力にも動けなかった。頭部にざばっとかけられるお湯に紛れて、このまま泣いていたいほどに打ちひしがれる。
(なんで、こうなった……)
サラに髪を洗われるなか、自分の体を見てしまったアノンは、途方もない罪悪感にかられる。自分の体なのに、そこにあるのはまるで他人のそれのようだった。
うちひしがれているはずなのに、泣きたいはずなのに、枯れたように涙は一滴もでない。
ライオットは、イルバーに家に入り、彼の部屋に行く。奥からイルバーは箱を引っ張り出し、なかから古着を取り出した。ライオットは、着れそうな一式を受け取る。
(最初に気安い男たちに会えて幸運だった)と、ライオットは衣類を受け取りながら思った。
廊下に戻り、進み、立ち止まる。
「俺は居間にいる。そこが風呂場の扉だ。きっとすぐに出てくるだろう」
イルバーは居間に入り、ライオットは示された扉の前に立つ。締め切られた扉は開く気配はまだない。ライオットは反対の壁にもたれて、少し待つかと腕を組んだ。
すると扉が開く。先に出てきたのはサラだった。
「ライオット、ごめん待った」
「いや」
「アノンが今、ポケットに入れてた持ち物を入れなおしているの。すぐ出ると思うわ。ご飯用意してるから、あがったら居間に来てね」
そう言って、ひらひらと手を振り、彼女は去って行った。
ライオットも笑顔で、ひらひらと手を振り返す。
(さて……)
ライオットは表情を引き締める。
(問題は、こっちなんだよね)
意を決し、風呂場の扉に手をかけて開いた。
アノンがうつむき気味に立っている。
ライオットは、分かっていながらかける言葉もなく、喉を詰まらせた。
サラがアノンに貸した衣類は、太ももも露になる短いパンツに、半そでのシャツだった。
サラも同じように動きやすそうな服装をしていたことを思えば、彼女が着ていたものと同じ感じになることは予見できたはずだった。貸してもらう衣類に文句のつけようはない。
ライオットは後ろ手で扉を閉めながらも、頭痛がしてきた。
「アノン、大丈夫か」
声をかけながらも、まったく大丈夫ではないだろうと予想する。
しっとりと濡れた薄紫色の髪を揺らし、顔をあげたアノンが、片手を胸元に寄せて佇む。
腕も白く細い、柔らかな胸がくっきり盛り上がり、細い腰から臀部足先にかけて柔らかな曲線が流れている。
(どうすんの、これ……)
紫の瞳を不安げに潤ませる一人の女の子が立っていることに、ライオットもまためまいを覚えた。




