39,森の民
アノンとライオットの目の前で、四人の男たちは屠った獲物の処理をする。二本の鎖を魔物の遺骸に巻き付けた。馬の胴体部分を連想させる金属の乗り物にそれぞれが乗り、鎖の両端をひっかける。木々の間を、時につるす、時に引きずり運んでいく。
ライオットはアノンの絨毯にのり、彼らの目線上を追いかけるように飛行する。時折、四人にちらりちらりと盗み見られる。
(本当に魔法がないんだろうなあ)
アノンは変わらず、ライオットの後ろに隠れるように座り、小さくなっている。絨毯を走らせるだけで精一杯なようだった。
彼らの乗り物はそれなりに早く、アノンの絨毯もピンと張り追い続けた。スピード重視でふわふわと揺れない絨毯は酔いにくい。
結構な距離と時間をかけて、たどりついたのは巨木の根元だった。そこで男たちは、遺骸にひっかけていた鎖を外した。屠られた魔物が地面にどおんと落とされた。
自由になった彼らは、木の幹を這うように上方に向かって乗り物を走らせる。アノンは彼らの後ろを追い続けた。
枝や葉をかき分け、幹に沿って上方へ抜ける。空に抜けるまで一直線に登り切った。
枝葉を抜けた眼前には、だだっ広い大樹の森が広がる。森は切れ目なく彼方まで続く。反対側には森の際があるものの、その向こうは地平線まで砂漠が広がっていた。
その砂漠の中には、小島のような円型の土地が白く浮かんでいた。
ライオットとアノンは、絨毯の上から四方を眺める。見知らぬ森と砂漠に二人は絶句した。
「本当に、異世界に飛ばされたんだな」
呟くライオットに、アノンは静かに頷いた。
彼方まで続く森。反対側に広がる砂漠。どちらも水平線を飲み込むほど、彼方に広がり、山脈は見当たらない。遠くに白い崖がかすむものの、それはとても山と言える代物ではなかった。
空にただよいながら、二人は背中合わせに唖然と見下ろす。慄き、後ずされば、互いの背がぶつかった。
背中を伝う温もりに寄り添う。頼れる者は、今背中を合わせる人だけだと、無言のうちに理解した。互いに振り向けば、見開かれた碧眼と紫の瞳が交差する。
「二人とも、こっちだ。降りてきてくれ」
イルバーの声が下から響く。
アノンは、はっとライオットから目を逸らす。ライオットも弾かれたように空を見ていた。
声がした方を確認し、アノンは絨毯を傾け降下する。樹上に木の板が張り巡らされている床があった。そこに四人は乗り物をとめている。絨毯を床面すぐ上に浮遊させ、二人は降り立った。
ライオットの後ろに隠れるアノンがせっせと絨毯をたたむ。
イルバーは口角をあげ、二人に告げた。
「森の民 ディーダイガル の住処にようこそ。ライオット、そしてアノン」
木の板が地面のように張り巡らされている巨木の一角。おそらく大ぶりな枝に床板を張り巡らせて作り上げているのだろう。
幹はさらに上の伸び、大ぶりな枝がしなる。そこここに足場が組まれ同じような木の床が張り巡らされていた。床の際には柵もあり、家々も並んでいる。
いくつもの床が交互に組まれ、その床は階段でつながれていた。
言うなれば、そこは樹上に組まれた一つの村だ。
「こんな木の上に住んでいるんですね」
振り向けば大空が真横にあり、樹木の頭が連なっている。
「圧巻だな」
ライオットは素直に感嘆する。
「巨大な魔物が徘徊しない分、樹上の方が安全なんだよ」
イルバーはそう言って、歩き出す。
ライオットの後ろで絨毯をたたんだアノンが、それを抱き抱え、小さくなっている。
(こっちはこっちで、大変だな)
ライオットはまいったなと眉を寄せた。最強の魔法使いが、まるでお守りを必要とする子どものようである。
「まずは首領に会いに行こう」
イルバーが歩き出し、二人は彼について行く。
真横に大きな小屋があり、そこから何人か出てきた、飛行していた三人と共に乗り物をその小屋へと運んでいく。珍しそうに眺めるライオットに、イルバーが補足した。
「あそこで整備をしているんだ」
(せいび?)
せいびとはなんだと思ったが、聞き始めたらきりがないとライオットは質問を控えた。
だだっ広く敷き詰められた木の床は若干つるっとしていた。ささくれが立つような木肌ではなく、何か塗料が塗られているようだった。
進むごとに、人とすれ違う。ライオットとアノンを珍しそうに眺める人も増えた。
アノンは耐えられず、目深にフードを被る。
ライオットは気にせず、周囲の人と目が合うと会釈を返した。皆一様に黒い髪と瞳をしている。ライオットの髪色や瞳が珍しいのだとすぐに分かった。
男も女も不思議そうにこちらを伺い見ているため、笑顔を向けることで、悪意も敵意もないことを示したかった。
階段をいくつもあがり、わりと大きな建物の前に連れてこられる。
「ここが自治関係の仕事を行う建物で、首領は昼間はここで仕事をしているはずなんだ」
「偉い人なのか?」
「一応、この村を取りまとめているトップだ。滞在するなら許可もいるし、何よりその髪も瞳も目立つ。挨拶しておいた方がスムーズだよ」
ずかずかと内部に入ると、広めの空間があり、奥には机が並び多くの人が仕事をしていた。手前には受付らしきカウンターがある。イルバーがなにやらそこで話し込む。話し終えてから、振り向き、こちらにこいと手招きする。
奥から回り込んで出てきた女性を先頭に、三人は横の通路を直進し、突き当りの階段をのぼった。二階へ上り、とある扉の前につくと、待つように指示される。
案内の女性が入り、しばらくして彼女が顔を出すと、入室するように促される。
室内では、大きな机を前にして座る男が立ち上がろうとしていた。
「なんだ、イルバー。急ぎとは……」
そう言って、男は固まった。おそらく、ライオットとアノンを見たからだろう。
「彼らはなんだ」
「森の一角で拾った。詳しい話をしたい」
隅に数人掛けのテーブル席があり、座った。
席に着いたイルバーが首領に、出会った様子をかいつまんで説明する。魔物を屠った話は軽く流していた。傷を治してくれた話を強調し、ライオットとアノンが悪人ではないと示すようにイルバーは話していた。首領は、黙って腕を組んで聞いていた。
(俺たちが屠った話をしないのはなんでだ?)
ライオットは、少々疑問に思うが、口は出さなかった。
「……そして、根元に仕留めた魔物を置いてきています。処理までできず申し訳ないですが、出来ましたら別の隊を回してほしいです」
首領は横の女性に話しかけた。
「一小隊向かわせて、処理と回収を頼む」
女性は頷き、部屋を出た。
首領がライオットとアノンに目をむける。
「俺はこの森の民ディーダイガルの首領【欲望という名の忌避 スーサイダルクーデター】だ。兄ちゃんと嬢ちゃんはしばらくここにいるか」
「じょ……」
アノンが叫びかけて、ライオットが口をふさぐ。
「今は黙ってろ」と耳打ちした。
「そうですね。ここがどのような土地なのか、知りたいですし、実は行く当てもないので、邪魔にならないなら、少し置いていただけると助かります」
それはライオットの本心だった。リオンとフェルノを探す以前に、アノンが落ち着くまではどこか足場が欲しかった。
(一人で、こんな状態のアノンを連れ歩ける自信ねえ……)
「ああ、いいさ。旅の人なんて珍しいから、じろじろ見られるのがきにならなければな」
イルバーも軽く頷く。
「しかし、イルバー。お前の話が本当なら、魔物たちはさらに凶暴さを増してきているようだな」
「今まで振りほどかれなかった罠も引きちぎっています。そろそろ、現実味を帯びてきたのかもしれないですね」
話が見えないライオットは素直に訊ねる。
「魔物の狂暴化って、どういうことですか」
首領は深く嘆息する。
「その言葉通りだ。ここ一年、二年の間に、魔物がどんどん狂暴化しているんだ」
「俺も魔物を知っていますけど、狂暴化なんて聞いたことがないものですから」
「そうだな。近年の特殊な傾向だ」
首領は渋い顔で、がりがりと頭をかく。難しい表情から、(よほど切羽詰まっているのか?)とライオットは訝る。
「今、森の奥深くにある遺跡に封じられた伝説の魔物、魔神【凶劇 ディアスポラ】が目覚めるとささやかれていてな。その影響で魔物たちが狂暴化しているんだよ」
「「伝説の魔物? 【凶劇 ディアスポラ】?」」
アノンとライオットは顔を見合わせる。そんな魔物の名は聞いたこともなかった。




