37,魔物を狩る者
アノンは泣きそうになりながら、ライオットを睨んでいた。その時、背後に人の気配を感じた。誰もいないと思っていたため、虚を突かれる。
(誰?)
ライオットの後ろと横にも二人の人影がちらつく。ナイフがライオットの首筋に突きつけられる様を目撃すると同時に、アノンは背後から首を絞められ、痛みに目を瞑った。目じりに涙がもりあがる。
痛みで涙が出そうなのか、身体変化をライオットに見られて泣きそうなのか、分からないなかで、「武器を渡せ」と「両手をあげろ」という声が聞こえた。
首元を絞める男の力は強い。頬傍にそえられたナイフは触れない程度に近い。離れていても、その金属の感触が冷ややかに伝わってくる。
背後の男を振り払いながら、ライオットにナイフを向けている男をも同時に排除しなくては逃げられない。見知らぬ敵がどんな武器を持ち、何ができるのか分からない以上、アノンは結論を出せずにいた。
「ブルース、ジャン、デザイア。その子から手を離せ!!」
頭上から激しい怒声が落ちた。
かけられていた腕の力が萎える。前のめりに座り込んだアノンは咳き込んだ。
「アノン、大丈夫か」
解放されたライオットが駆け寄ってくる。
両肩に手を置かれた一瞬、ぞわっと悪寒が走った。
口元に寄せていた手を握りしめる。
(大丈夫、大丈夫)
言葉に合わせて、深呼吸を二度繰り返した。
「うん」
返事をしながら、顔をあげる。ほっとした表情のライオットがあり、アノンもまた安心する。
見回せば、座り込む二人を囲むように、四人の男が立った。
一人は分かった。アノンがさっき怪我を癒した男だった。脇に絨毯を抱えて立っている。
「この子が、俺を助けてくれた。一緒にいる男と見たこともない力で協力して【切断 ウロボロス】の喉元を切り裂いて倒した」
三人の男が目を丸くする。
「この二人が? まさか」
「俺は見た」
一人のいぶかる声に、アノンが助けた男が真剣に告げる。
男の説明に、三人がまじまじとアノンとライオットを見下ろしてくる。
「……二人で?」
「これを……」
「本当か?」
それぞれに、信じられないという表情を浮かべている。巨大な魔物一匹ぐらいなら一人で屠る力を備えているアノンとライオットは、戦いを生業にしていそうな四人が魔物を手ごわい相手と認識していることを不可思議に感じた。
助けた男がしゃがみ込んだ。リオンのような黒髪をしているが瞳は黒だった。短めの髪に、動きやすそうな厚手の衣類を身につけている。
男は、足裏をぺったりとつけ、膝を曲る。座るように見せて、すぐに立てる姿勢で、膝上に腕をのせた。
「俺は【硝煙百景 ファイナルリボルバー】。さっきは助けてくれてありがとう。通常は、イルバーと呼ばれている。君たちは、何者で、どこからきた?」
ライオットはアノンを守る態勢を取りつつ、答えた。
「俺は【凍結劇場 ホワイトライオット】。ライオットと呼ばれている。こっちは、【忌避力学 アンノウンクーデター】。アノンだ。二人で……」
異世界から飛ばされてきたとは言いにくかった。異世界とは何かライオットもよく知らない。
「……旅をして」
フェルノとリオンを思い出す。
「仲間を探している」
イルバーと名乗る男を警戒しながらも、答えられる範囲で答えた。嘘を吐くのは苦手だった。
「俺たちは、この森に住んでいる。四人一組で行動し、今しがた【切断 ウロボロス】を罠にかけ、狩ろうとしていた矢先、荒ぶった大蜥蜴が暴れて、罠を振り切って逃走した。追いかけた矢先俺は叩かれた。投げられた先に、君たちがいて助かったよ」
イルバーはアノンに目をむける。
「ありがとう」
アノンはライオットの背後で小さくなった。とにかく、今は誰かに見られることが耐えられなかった。
イルバーは周囲に目配せする。それぞれに、名乗れと目で合図した。
三人は、面立ちが違うものの、髪と瞳の色が皆黒かった。体つきも大きく、身長は四人ともライオットより高い。リオン並みの身長であり、もしかしたら、リオンよりも高いかもしれない。
イルバーがリーダー格なのかとライオットは見て取った。
「【飛行交響曲 ショットガンブルース】という。ブルースと呼ばれている」
「俺は【火焔秩序 マシンガンジャベリン】で、ジャンだ」
「【絞殺戦線 コンバットデザイア】です。デザイアと呼んでください」
ブルースが腰に手を当てて、体を曲げる。
「見慣れない髪色だが、それは染色しているのか」
「いや、俺の金も、アノンの薄紫も地毛だよ。ここには俺たちみたいなのはいないのか」
ライオットは見上げて答える。
「いないな。髪も瞳も基本、黒だ」
ライオットの槍を持つデザイアが、槍先から柄まで上下に視線を動かす。
「武器も変わってますよね。ただの装飾性の高い槍のようにも見えますが……」
「デザイア、それであの大蜥蜴の首を、ライオットは刈っていた」
「これで……」
イルバーの淡々とした説明に、デザイアはまじまじと槍の刃を見つめた。
「こんな小さな刃で、どうやってあんな大きな首を落とせるんですか!」
信じられないと三人三様のリアクションに、ライオットは静かに告げる。
「魔法だよ」
ライオットが答えると、四人の男がいっせいに変な顔をした。面食らうが、そのまま話し続ける。
「俺は氷結を得意としているから、その刃に魔力を込めて、氷の刃を作って刈るんだ」
「魔法? おとぎ話かよ」
ジャンが笑いをかみ殺して呟いた。
「ここには魔力や魔法はないのか」
「ないな」
答えたのはイルバーだった。
「あったとしても、古いおとぎ話の中だけだ」
(魔法のない世界! やっぱり異世界なのか)
ライオットはアノンを背に隠しながら、淡々と話す。誤魔化すことも、嘘をつくことも、逃げることも、得策ではないと判断していた。
「俺たちの国では、魔力を持ち、魔法を使えるものがいる。俺は騎士だからそれほどじゃないけど、アノンは魔法使いだから、魔法だけなら最強だ」
「……魔法使い。それこそ、子どもの童話の世界じゃないか」
「ブルース。そうでもない。俺のけがを、この子は撫でるだけで治している」
イルバーの静かな答えに、三人は沈黙する。そんなことがあるのかという顔をしていた。
(魔法がないから、四人一組で、罠をかけて大蜥蜴を狩るということなのか)
ライオットは、そう考えるのが妥当かと飲み込む。
四人の男との会話は歯切れがよく、騎士内部で同僚と話すような気安さをライオットは感じつつあった。
(普通のやつらだな)
ライオットはそう感じても、おそらく背後で小さくなっているアノンは違う。
元の性別であれば、少しは生意気なことを言っていたかもしれない。魔法を使え、生半可じゃなく強いのだ。共闘すれば、恐らくライオットの方が足手まといにならないか気をつけねばいけない。
それが今じゃ、怯えて震えているのだ。
イルバーが三人に目配せして、再びライオットを見つめた。
「仲間を探していると言ったが、行く当てはあるのか?」
ライオットは素直に頭を振った。
行く当てなど、どこにもない。
「俺たちの居住する所に寄っていくか?」
アノンの意向はどうだろうと確認しようにも、頼りなく小さくなったままである。
ライオットは嘆息した。とりあえず、どこか落ち着ける場所に行った方がいいかと結論付ける。アノンが文句を言いだしそうな気配もない。
「できたら、行かせてもらいたい」
後ろを指さし、ライオットは苦笑した。
「この子は人見知りだ。あんまり刺激しないでやってくれ」




