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36,投げ出されて

 アノンがしゃがみ込んで、魔力を込めた手で魔物の体に手を突っ込んでいる。魔物の核を収集中と理解し、ライオットは横に立った。


 周囲を見回す。見慣れない大樹ばかりがそびえている様を見れば、ここが異世界だとはうかがい知れた。しかしだ、今さっき現れたのは、幾度か過去見たことがある魔物【切断 ウロボロス】だった。


「なあ、アノン。なんで、異世界なのに魔物がいるんだ?」


 アノンの返答はない。夢中になって聞こえていないのかとライオットは呆れた表情を浮かべ、その背に視線を落とす。


「なあ、アノン。聞いているのか」

 答えずにいるアノンの肩にライオットが手を添えた。


 触れた手の感触から、影が走る映像が流れ込んできた。


(何が見えたんだ?)

 見えかけて見えないとは無性に気になるものだ。ライオットは、無意識に(見たい)と思っていた。


 手の感触から、アノンの姿が後頭部にうつりこむように見えた。

 黒いローブが剥がれ落ち、その生の姿が映し出されたかと思うと、その身の奥底へもぐりこむようにさらに深く見えていく。

 皮がはがれ、肉が見え、血管が浮き彫りとなる。


 人間の生々しい内部を浸透するように見せられ、ライオットは戸惑った。


 手を離そうとした瞬間もイメージは浮かぶ。アノンに指が触れ、その指先から彼の内情が映像として流れ込む。

 内臓に、骨に、いや、そもそも肉にも、血管にも、彼の体には黒々とした筋が入り乱れるように張り付いていた。


 ライオットの指先が離れる瞬間、イメージは逆回転で集約される。最後に、生々しい皮膚に包まれた彼……と思っていた、なまめかしい身体イメージにうちひしがれた。

 見てはいけないものをみてしまったと、動機が早まる。離した手の勢いとのせて、ライオットは半歩後退した。


「アノン……」

 声は震えていた。声音に反応し、アノンの手が止まった。

「お前、女だったか?」

 アノンはばっと顔をあげる。今にも泣きだしそうな顔で、ライオットを見上げる。その顔に、ライオットの方が心臓をえぐられた。


「ちっ……違う。僕は……」

 アノンの漏れ出た言い訳に、二人はさらなる沈黙に包まれた。


 ライオットは、こめかみに指先を押し当てた。眉間にしわを寄せ記憶をたどる。


 それなりに、アノンの声は聞いていた。声変わりしたての十四歳ならいざ知らず、現状の声はもっとちゃんと男の声だった。


(何が、起こった……)


 何が起こったといえば、ライオット自身も、さっき見えたものが何か計りかねていた。こめかみに押し当てた手を離し、その表と裏を交互に返しながら見つめる。


(異世界に飛ばされて、アノンが女になって、俺の手が……見えるようになったのか?)


 おそらくあれはアノンの内部だろうとライオットは推測した。彼なのか、今は彼女なのか、分からなくなったものの、アノンの肉体は骨があり、肉があり、内臓があり、血管があり、そしてそれらが何かしらの黒い筋で覆われ、その内部を覆うように皮が張られている。

 思い出して、手の甲をライオットは額に押し当てた。

(異世界に飛ばされて、何がおこるにしたって、これはないだろう)


「ねえ……、なんで、分かったの」

 アノンが弱々しい声を発し、しゃがんだまま見上げてくる。


 普段から黒いローブを身につけているため、体の線は見えない。体形などほとんど見たこともないし、気にしたこともなかった。一度旅の途中でローブを脱いでいるが、シャツとパンツを身につけており、意外と中は軽装のようだったのは覚えていた。


 過去の記憶は頼りにならない。今見たものが、今のアノンなのだとしたら……。

 幻かもしれない。にしてもだ。アノンの反応は、見えたものを肯定している。 


「いや、見たくてみたわけじゃなくて、偶然……触ったら見えたんだ……」

 苦しい言い訳だなとライオットも考えながら、しゃべっていた。


「触って、見える?」

「触れたら、見えた。人体の構造だろう。肉があり、骨があり、血管があり、内臓もある。内部を頭の中に映し出された」


 血肉、内臓、骨に至るまで黒い筋が張り巡らされていた点だけは、ライオットも省略した。それが何か分からなかったからだ。

 アノンは生唾を飲み込む。


「手を離そうとしたら、奥深く潜るように見えたものが逆に見えた。内臓、血管、骨、肉そして皮膚だ。皮膚が覆うアノンの体が最後に見えた」

 その姿が、女だったとまで、ライオットは口にはしなかった。


 アノンは声もなくあえぐ。両手で腕をつかみ、その身を抱きしめた。

 やっとの思いで深く息を吸いこみ、アノンは叫んだ。


「僕だって、まだ見てないのに!」


 今にも泣きそうな顔で、嫌悪と混乱を混ぜた表情を浮かべている。

 ライオットはぎょっとする。


(……って言われたってなあ~)

 ただ、偶然見えただけで、何もしていない。強いて言うなら、肩に触れただけだ。しかし、アノンの反応を見る限り、どんな言い訳も通じなさそうである。

 ライオットは頭が痛くなった。


 その時、ライオットの首筋に平たいひんやりとした感触が触れた。そのつるりとした金属の感触が冷たすぎて、さっと肝が冷えきった。


 視線だけ低く伸ばせば、アノンの背後にも男がいた。黒髪を揺らし、ライオットを睨み上げる。

 

 片腕がアノンの首を締め上げ、その頬にもナイフが触れかけていた。


 首筋にふれている物がなにかわからない。アノンの頬に触れるものがナイフなら、それに準じた武器で間違いないとライオットは確信する。


 アノンのことで意識が乱れ、周囲への警戒を怠っただめだと自覚し、不甲斐なさに奥歯をぎりっと噛んだ。


「お前ら、何者だ」

 背後から声がすると、後頭部に何かがこつんとあたった。


(何を当てられた)

 おそらく武器の一種だと分かるが、それが何かわらない。


 怪しい者じゃない。旅をしているだけだとライオットは叫びたかった。

 動揺するアノンも、動きがとれずにいる。


 いつものアノンなら、魔法一つで蹴散らせているかもしれない。締め上げる腕の力が強いのか、眉間にしわを寄せて、両目をぐっとつむってしまっている。


(なんとかしないと)

 目の前でアノンを人質に取られているようで、動きようがなかった。


「武器を渡せ」

 背後から声がし、ライオットは槍を手放した。転がり落ちるかと思えば、誰かが柄を掴んだようで、視界から消えただけだった。


 ナイフをライオットの首にあてる者。アノンを締め上げる男。背後に立つ、声を発する男。少なくとも三人はいる。


「両手をあげろ」

 冷たい声に、苦渋の中でライオットは従う。

 動揺するアノンを守りながら逃げるには、相手の手の内も知れない。相手の強さを計れない状況での逃亡はきつい。

 

(……捕虜になるのか?)

 ライオットにとって捕虜とは歴史上の言葉だ。二百年前に人間の国が統一される以前に他国の兵をとらえた場合にそう呼ぶと聞いたことがる程度だった。

 

 知らぬ土地に放り出されるということはこういうことかと今さらながらライオットは思い知る。首元に添えられたナイフの感触がきいんと骨の髄に響く。


 ライオットが視線が上方に泳いだ時、影がちらついた。


「ブルース、ジャン、デザイア。その子から手を離せ!!」


 突如、頭上から激しい怒声が落ちてきた。


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