34,爆弾発言
フェルノは目の前にいる黒髪の青年の手をそっと握った。女性ならそうするかと思うことを自然に為しただけだった。
改めて自身の恰好を足先まで見回してみる。腰の業物も、男物の衣類も飛ばされた時のままだ。髪も短い。
(これで女性に見えるものかな)
不思議だったが、リオンもフェルノを妹姫に間違えたことを思えば、これでも十分女性に見えるのだろうと、フェルノは納得した。少なくとも、声は男性のそれではなくなった。
手を差し伸べ、フェルノの手を取る男性は、ライオットよりは低いがフェルノより背は高かった。彼はリオンと同じ黒髪に黒曜石のような艶のある瞳を輝かせる。
「私は、環の国の第一王子【焚刑制御 アストラルインフェルノ】と申します、聖女様。どうぞアストラルとお呼びください」
第一王子と言われて、フェルノは思わず笑んでしまう。立場が同じであることと、名前が似ていることに面白みを感じてしまった。
「私は……」
第一王子を名乗るのは、女性に変わったのでやめようとフェルノは瞬時に判断する。
「 【鬼神残響 グレネイドインフェルノ】です。フェルノと呼ばれております」
「聖女フェルノ様。よくぞ、環の国へおいでくださいました」
感動にうちひしがれるような表情をアストラルに向けられ、フェルノは困りながら、後方に視線を流す。リオンが、なんとも言えない顔でこちらを見ていた。
あらためて周囲を見回すと、白いローブを身につけた人が数人いる。フロアに二人、天井との間にぐるっとめぐらされた通路に一人。天井が高い円形の建物は、白を基調とし、質素な雰囲気を醸す。
アストラルはフェルノが不思議そうに周囲を眺めていることに気づく。
「いかがされましたか」
「見慣れない場所で、ここはどこかと……」
困り顔で笑むフェルノに、アストラルは「説明もせず、申し訳ございません」と謝罪した。
「ここは、我が国の中心にあります、聖堂です」
「聖堂!? ここは宗教施設ですか?」
「はい、国教たるヒクシック教の要所になります」
「そんなところに、なぜ私はいるのでしょう」
「はい。只今、私たちは聖女様を召喚する儀式を執り行っておりました」
「召喚ですか」
「はい」
「それで、私が現れたので、聖女だと……」
「はい。我が国のため、召喚に応じていただき、心よりうれしく思います」
さわやかな笑顔を向けられても、フェルノは困ったように笑むしかなかった。
第一王子アストラルの案内で、フェルノはリオンと共に場を変えることになった。リオンのことは専属の護衛騎士とだけ告げた。
同じ施設内の応接室に通されたフェルノとリオンは顔を見合わせた。
「……まいったね」
髪をかき上げながら、フェルノは苦笑した。
「異世界に飛ばされて、まさか性別が変わってしまうとは思わなかった。リオンは身体的な変化はなかったかい」
フェルノに起こったことをかんがみ、案内されて廊下を進む間、リオンも指先から足先まで意識し確認していた。体に特別な変化は感じられなかった。
「いえ、俺の方は何も……」
「そうか。私だけなんだね。後は、ライオットとアノンか……」
「いませんでしたね」
「でも、彼らもこちらに飛ばされているはずだから、飛ばされる過程ではぐれた、と考えるのが妥当なのかな」
「探さないといけませんね」
「そうだね」
探しに行けるだろうか、とフェルノは思う。長く軟禁生活をしてきたフェルノは、ここにおいても、嫌な予感しかしなかった。
物柔らかに、真綿で首を絞めるように、息苦しさも感じさせないで縛り付けられる。そんな感覚をぞわりと思い出していた。
フェルノはリオンの傍に寄った。肩もつくような距離に身を寄せる。
「リオン」かすれた声で囁いた。「アノンとライオットについては他言するな」
リオンは小さく頷いた。
「なにかあれば私を置いて彼らを探せ。だが今は、私の護衛として傍にいてくれ」
「はい」
リオンは真顔で頷いた。
フェルノだとてとある王族の出だ。なにも言われずとも生い立ちから推察してしまう。相手がどんなに素敵な王子様に見えても、王族なんてものに呼び出されては、ろくな目にあうことはないと。
(ただの女の子が召喚されていたら、すてきな王子様だわ、なんて悦び呆けてしまうのだろうかね)
くくっとリオンにも悟られない程度に笑ってしまう。今までが今までだけに、さまざまな思惑が渦巻く魔境に呼び出されてしまったのだろうと予想はできた。
(そもそも聖女とはなんなのか)
宗教が絡み、王子がいる。嫌な匂いが漂う。腹の探り合いになると予見できた。真っ直ぐで純粋そうに見えるからとって、見た目と中身が同じとは言えない。フェルノ自身、物柔らかに穏やかに見せかけて生きてきたのだから。
フェルノはさらにリオンに近づいた。彼の体が緊張するのが伝わってきたが無視した。
そしてささやく。
「リオン。お前は無表情は得意だな」
「……まあ……」
「崩すな。悟らすな。悟られるな」
リオンの表情が引き締まる。
「私が何を言おうとも、私に合わせよ」
リオンは真顔でしっかりと頷く。
フェルノは口角を少しあげた。一見すると、その表情は微笑んでいるかのようであった。
フェルノは応接室のソファーに座した。女性らしくみせるにはどうしたらいいかと考え、妹姫の所作を思い出す。彼女のように話し、彼女のように答えれば、差し当たって女性的と言えるだろうと踏んだ。
リオンはフェルノの後ろに立った。自身が、騎士であり、護衛としてフェルノの傍にいるということに異論はなかった。
第一王子が現れ、フェルノの前に座る。共に来た、白いローブを纏う者が、フェルノとアストラルにお茶を淹れた。リオンは断り、黙ってフェルノの後ろに佇む。
「アストラル様」
女性らしい甘い声音で話だし、リオンは内心驚くも顔には出さず耐えた。
「私はどうしたのでしょう。リオンとともに橋の上にいたと思いましたら、こんなところに来てしまい、戸惑っております」
「聖女フェルノ様。突然の召喚に戸惑われるのも分かります。驚かせ申し訳ありません」
心底申し訳なさそうな表情を浮かべるアストラルに、フェルノも切なげな表情を作る。
「聖女とは何なのでしょう。いきなり呼ばれましても、驚くばかりで……」
「その点につきましては、おいおいお話させていただきます。まずは聖堂から、王城へとご案内致します」
フェルノはさらに眉をひそめて見せた。
聖女についても、ここがどこかも、後回しかと苦く思うも、顔には出さない。ただ不安げに、目の前の王子に見えればいいと考えた。
「ご安心ください。フェルノ様の身辺は私どもが責任をもって保護させていただきます」
フェルノは考えた。この王子の言う通り、身の回りを固められたら、そこに待っているのは孤独じゃないか。
生まれてこの方、孤独でしかない人生ではあった。人に囲まれながら、誰も信用できないという状況は嫌というほど味わってきた。
フェルノは、ちらりと後ろに目を向けた。
(私の言葉に異を唱えるな)
そんな目配せをリオンに送ったつもりだった。
リオンは、フェルノが何を言っても、黙っていると心に決めていた。王族、宗教、貴族……平民のリオンが対峙するには予想もできない裏があってもおかしくない。
フェルノの舵取りにひとまず任せる腹積もりだった。
(私は、リオンと離されてはならない)
二年間の付き合いに、数日の旅を経てきた間柄ではある。異世界という見知らぬ場では、共に飛ばされた三人ほど心を許せる存在はない。
(まさか、彼らを心底頼る時がくるとはね)
異世界という知らない土地に飛ばされての孤独は故郷の孤独よりもずっと重いとフェルノは肚をくくった。
どんな言いがかりをつけられても、けっしてリオンを手元から引きはがされるわけにはならない。
「私のことはほっておいてくださいませ。私は聖女などと呼ばれるために家を飛び出してきたわけではありません」
「フェルノ様……」
アストラルが怪訝そうな顔をしたのを確認し、フェルノは斜め下に視線を落とした。
「私は、ただ……、恋人の黒騎士リオン様と共にいたいだけなのです」
(この男は、何を言い出すか!!)
喰えない第一王子が言い出した突拍子もない発言に、『私が何を言おうとも、私に合わせよ』と言われたリオンは、背を這いあがる悪寒さえをも、歯を食いしばって耐え忍ぶ。




