33,大蜥蜴
(異世界だろ、ここ! なんで魔物がいるんだ!? 本当に、ここは異世界なのか!!)
ライオットは大蜥蜴【切断 ウロボロス】を見た瞬間、心の内で叫んでいた。
魔力を込めた槍に力がこもる。
(一人かよ……)
殺れないことはないのだが、今までリオンとの共闘を常としてきたライオットはどこか心細かった。
直進してくる大蜥蜴は、なにかを振り払うように頭を左右に振り、近づいてくる。一歩進むたび、地面が揺れる。
左右の大樹に両肩がぶつかり、大蜥蜴は直進をはばまれる。身動きが取れない苛立ちを込めてか、首を高らかと掲げ、さらに咆哮を轟かせた。
片足が樹木の間に差し入れられ、両肩をグイグイと揺らせば、大樹の幹がギシギシと悲鳴を上げる。
ライオットは踏み出した。眼前に差し出されている大蜥蜴の片前足に向かって、槍の刃を突き立てる。間髪入れず魔力を込めて、一気に氷結させた。
身をよじる大蜥蜴が、もう片方の前足を幹にかける。木々を押し倒してでも前進しようともがいているようであった。
ライオットは前足に突き刺した槍の柄を動かし、大蜥蜴の傷口をえぐる。柄の矛先をもう一つの前足に定めた。柄を動かしたことで、前足の傷口が開き、鮮血が弾ける。
広がった傷口から血が溢れんと盛り上がったものの、漏れ出る血液はライオットの魔力にあてられ、すぐさま凍り付いた。
ライオットは目いっぱいの魔力を冷気に変えた。柄から氷の杭が伸びる。それは瞬く間に伸びきり、樹木にかけられた大蜥蜴の前足へと刺さりこむ。容赦なく冷気が注ぎこまれ、大蜥蜴は前足二つとも氷漬けになり、前進することが叶わなくなった。
大蜥蜴はさらに怒った。首をぐるりと回す。その首に照り輝く銀の光がライオットの視界を過った。
倒れている男がアノンの背を凝視する。
彼は体の痛みが消えたことを、不思議がるように上半身を起こした。目の前に黒い服を着た小柄な少女が映る。男は、なぜこんなところに女の子がいると驚き、「君は……」と声を発した。
振り向いたアノンの表情に、両眼が見開かれる。彼の目には、幼い少女がほほ笑んでいるようにしか見えなかった。
アノンは男に一瞥をくれたつもりだった。
「上半身を起こせるなら、もう大丈夫だね」
無関心な声を投げて、背を向けた。
背後で少女を止めようと、男が「待て!」と声を発し、手を伸ばしていたことなど知る由もない。
アノンは男と共に飛び込んできた物体の傍に駆け寄り、落ちていた細長い枝を手にした。勢いよく飛んでくる際に樹木にぶつかり、へし折られたと推測する。
折られた枝の先端は尖っている。その尖った枝先に指をひっかけると、血が流れた。その血を枝先から葉がたなびく八方に伸びる細い枝先に向けて、血の一線を引く。
魔術具制作の古き原型である。魔法使いの血を使った一線式。こんな技術を知り実践できるは、【地裂貫通 グラインドコア】の原書を読む奇特な魔法使いしかいない。
アノンは、最も魔力を保有する魔法使いである。そして、誰よりも深く魔法を学ぶ、誇り高い魔法使いだ。
人間の国を平和をもたらした魔力と魔法。強きものは世界の安寧のために、魔力を抱く。
最強とは魔力量だけでない。才能とは勤勉の土台と共にある。
自身を最強と示すのは、その魔力量を宿す肉体と、崇高な魂のあり方を追求した証である。
自負心と美意識を宿す魂こそが、アノンを最強の魔法使いへと導いていた。
血液を通して魔力を通じさせれば、ただの枝も魔法使いが使う道具へと早変わる。
鮮血を通してアノンの魔力を吸い取った枝につく葉がピンと立ち、細い枝たちがギンと張った。長い枝がふわりと浮いた。折れた先端より少し手前を握り、横座る。そのまま、天に向かって一気に上昇した。
上昇しながらもさらに魔力を通じさせ、折れた枝の先端を硬化させた。
一直線に上方へと登り切り、急停止する。そのまま、ぐいんと真逆に方向転換した。尖らせ硬化させた先端を、大蜥蜴へと定めた。
その瞬間、地面で凍らせた前足に立つライオットが、幹にかけられたもう一方の前足に向かって氷の杭を放っていた。杭が打ち込まれるなり、すぐさまその前足も凍結する。
両前足の自由を失った大蜥蜴めがけて、アノンは一気に降下した。
向かうは、大蜥蜴の眉間。勢い落とさず、額の中央に、即席で作り上げた魔法の槍を突き立てる。
アノンは突き刺すなり、葉が茂る細い枝群を両手でつかんだ。力強く握りしめ、大蜥蜴の背に向かって、身を投げ出した。
そして叫ぶ。
「ライオット、喉を狙え!!」
大ぶりの木の枝に乗って飛ばすアノンが大蜥蜴の眉間に飛び込んでいく。全速力で眉間に枝先を突き刺すなり、葉が茂る反対の端を掴むアノンが大蜥蜴の背に飛び込んだ。
その様を確認したライオットは、大蜥蜴に突き刺していた槍を引き抜く。
凍りつかせた両足はそう簡単には自由にならないと確信し、槍を構えなおした。
アノンの姿が見えなくなると、伸びきった大蜥蜴の喉がしわもなく、艶っぽく露になる。まるでそこに刺せと言わんばかりにきれいに喉が浮かび上がっていた。
「ライオット、喉を狙え!!」
言われるまでもないとライオットは横から大蜥蜴の喉笛に飛び込んだ。
刃に魔力を込めれば、大ぶりな氷の刃が生成され、それを斜め下から抉るようにライオットは振り上げる。
青白い一閃が輝き散れば、深く切り裂かれ、ぱっくりと喉を開かれた大蜥蜴の首が力なくもげ落ちた。
アノンは大蜥蜴の背に立った。久しぶりの大物だった。倒れこむ大蜥蜴の背にしゃがみ込むなり踏ん張りつつ、魔力を込めた手を添える。大蜥蜴の皮膚を撫で、深く腕を侵入させる。
魔物の核はまるで魔物の体内にありながら、別空間に保管されているかのような感触をアノンに与える。さわさわと内部で指を動かせば、アノンの魔力に吸い寄せられるかのように核が手に零れ落ちてくる。一つ、二つ、三つと核を握り、引き抜き、ポケットにしまった。
良質な魔物の核を保有している大蜥蜴だけに、採れるだけ魔核を手にしておきたかった。
もう一度手を突っ込んだところで、ぐらりと大蜥蜴の躯体がよれてどおんと地に倒れこんだ。
それでもアノンはかまわず、魔物の核を拾い上げる。
アノンは自身内部から湧き出る魔力だけでは、足りない。魔力を使わず保存しておけばいいというものでもないらしく、ある一定の頻度で魔物の核を摂取しないと、どうしようもない飢餓感に襲われる。その感覚が、たまらなく嫌だった。
魔物の核を捕獲している横にライオットが立つ気配を感じた。
「なあ、アノン。なんで、異世界なのに魔物がいるんだ?」
ライオットの問いにアノンは答えなかった。聞こえていて、聞こえないふりをしていた。魔物の核を採るのに夢中で、気づかなかったと誤解してほしかった。
ライオットの視線がアノンの背に落ちる。視線を感じても、アノンは無視する。
「なあ、アノン。聞いているのか」
答えずにいるアノンの肩にライオットが手を添えられる。
それでもアノンは答えなかった。声をあげれずに、硬直した。嫌な汗が出た。それは、ばれたくないという後ろめたさの表れにすぎない。
「アノン……」
震えるライオットの声に、アノンの手が止まった。ばれるわけもないが、なぜか緊張に身が震えた。
「お前、女だったか?」
アノンは、ばっと顔をあげた。恐らく、泣きそうな顔だったに違いない。




