27,魔王城到着
アノンは、三人をのせた魔法の絨毯を操縦する。広げた絨毯の端が風にあおられ、ぱたぱたと乾いた音を立てる。
日は徐々に傾き、森の木々と空の境界線が橙色に燃えていた。一番星が彼方に強い輝きを放つ。
魔人が暮らす街道の終点に魔王城がある。
アノンはちらりと地面に目をやる。
魔王城と街道の間に崖があり、そこに橋がかかっていた。崖下は川なのかもしれないが、絨毯の上からは見えなかった。
「橋の手前におりるよ」
アノンは、三人に声をかけた。
騎士二人は芳しくない表情をしていた。
さすがのフェルノも、下をじっと見つめ、無言だった。
アノンは、返事のない三人さえ気にせず、ゆっくりと絨毯を下降させていった。
馬車一台通る幅の橋の前に、絨毯を止める。ふわふわとした感触の座面から、三人は地上におり立つと、若干のめまいを覚える。長時間浮遊感にさらされ、平衡感覚が狂っているようだった。
騎士二人は頭を振った。
「酔いそう」
ライオットは、舌を出して、げえぇと吐く仕草を見せる。
リオンはそこまではしなかったものの、口元に拳を寄せて眉をしかめた。
「もしかして、酔ったの」
アノンは四人乗りの絨毯をたたみながら問う。黙っていたのはそのせいかと妙に納得する。
「なんで、この前は酔わなくて、今回は酔ったんだ……」
ライオットは気持ち悪げにつぶやく。
「前の方が早かったからかな」
アノンの回答に、ライオットは(なんで)と思う。
「慣れない人間が長時間ゆっくりと絨毯に乗っていたら酔うよね」
フェルノも苦笑する。
「ゆっくりの方が良かったかなって思ったんだけど……、裏目に出たみたいだね」
「慣れないうちは仕方ないよ」
たたんだ絨毯をわきに抱えたアノンが三人に近づく。
「その割にフェルノは平気そう」
「私も飛行訓練はしているんだよ。ほうきまでのれるよ」
「そっか、じゃあ、大変だったのは……」
騎士二人、慣れない飛行に、明らかに胸も気持ち悪くなり、吐き気に耐えつつ、なんとか体面だけでも保とうと必死だった。船酔いに近いのだろう。
「空で話しかけた時、なんで答えないんだろって思ったら……」
「私は聞こえなかったけど……」
((答えられなかったんだな))
アノンとフェルノは、同じことを思った。
「少し休もうか」
目の前が、魔王城なだけに、フェルノは急ぐ必要もない気がしていた。
アノンは森の木々へと目をむける。
「いや、もう行った方がいいよ。魔物たちと行脚して魔王城に入るのも、迷惑そうじゃないか」
騎士二人に対し、アノンはくいっと顎で森を示した。
暗い木々の隙間に、浮遊する魔物が現れ、左右にゆれる影が見え隠れした。あきらかに大人しい魔物たちがこちらをうかがい見ている。
((……またか……))
吐き気も吹き飛ぶ頭痛の種に、ライオットは肩を落とした。無表情なリオンも内心は複雑だ。
「早めに、橋を渡っちゃおうか。私も、迷惑をかけたくないし……」
女の子が住まう家に、魔物を引き連れて入るのは気が引ける。フェルノが動けば、魔物も動く。しかも大量にだ。不本意でも、はた迷惑であることは変わりない。
四人は魔物たちが寄ってくる前に橋へと向かうことにした。
元気なアノンを先頭に、フェルノと騎士二人が続く。
橋の入り口両端に飾られた彫像にアノンは目をむけ、立ち止まる。その横を、フェルノが通り過ぎ、騎士二人も続いた。
アノンはその彫像へと手を伸ばす。魔法使いがいないことに気づいたライオットが足をとめ、振り向き「どうした」と声をかけた。数歩先を進むフェルノとリオンも足を止める。
アノンの視線が彫像から離れ、ライオットたちへと向けられると小さな驚きの色がつく。
三人は魔法使いの微妙な表情の変化につられ、振り向いた。
魔王城に通じる橋の出口両端にも彫像があり、魔王城の入り口へと続く。その魔王城の入り口に四人の少女が立つ。四天王と形だけ呼ばれている女の子達だった。
「ごきげんよう。勇者様」
「お久しぶりです」
テンペストだけ、たんたんと橋を渡ってくる。
「先ほど、街道では大蛇を一掃してくれてありがとう」
「あれは、私ではなく。ここにいる騎士二人が倒してくれたんだ」
「騎士様方、ありがとうございます。おかげさまで、あの件は街道に被害がなく済みました。魔王城の責任者としてお礼申し上げます」
堅苦しい挨拶からは剣呑とした雰囲気を感じさせた。
「テンペスト。私は戦う気はないんだよ。魔物を用いて、街道の人々を傷つける意志もなければ、魔王城で魔王様を討つつもりももちろんない」
「そのようね。お飾りの勇者様」
「私自身も、この体質に困っているんだ。魔王城には、優秀な魔術具を作られる魔道具師の方々もいらっしゃると聞いている。
できたら、魔王様とお会いして、私の困った体質についてご相談でも出来たらうれしいのです」
「ごめんなさい。魔王様と勇者様を面会させる気はないの」
テンペストは腕を組んで、フェルノを睨む。
フェルノは困ったという表情を浮かべ、語り掛ける。
「私自身は、あなた方を害そうという意思は、国の意向はどうあれ、本当にないんですよ」
魔王討伐、勇者の称号、すべて与えられたものであり、自身の意志とは無関係である。むしろ、テンペストと約束した、街道に住む魔人に被害が及ばないようにする、という約束の方が、自身の意志で結んだものだ。できるなら自身で結んだ約束を優先したいとフェルノも思っていた。
「フェルノ。もうこれは、あなたの意志だけですむことではないのよ。
巨大な魔物は、たまには現れるわ。でもね、森を徘徊するばかりで、街道に直進することはないのよ。あれだけ、真っ直ぐに向かってくる状況は見過ごせないの」
橋の真ん中まで進んでいたテンペストが背を向け引き返していく。
戻るテンペストの先には三人の姉妹がいる。
エムが続ける。
「巨大な魔物が街道に直進するなんてありえない。あれがたびたび起こってしまう場合、私たちでは街道を守り切れない」
デイジーも言う。
「白姉様、黒姉様がお話されたとおりよ。街道に住む魔人を守ることが私たちの大切なことなの」
ドリームは嘆く。
「ごめんね、フェルノ。私たちは弱いんだ。弱い魔人は、互いにみなで寄り添って生きる家族なんだよ」
フェルノは眉を歪めて「まいったな」と呟いた。
ライオットとリオンは、フェルノが語り続けている以上、手出しは控えた。彼らだとて彼女たちに武器を向けたくなかった。
姉妹の元へと戻ったテンペストがくるりと振り向き、宣告した。
「私たちはあなたを危険視するしかないのよ、フェルノ」




