26、追追放の準備
人間の国では、【圧殺隠者 ソリタリープレッシャー】により逐次勇者一行の動向が伝えられていた。
将軍は情報を、王、宰相、議長、そして、魔法術協会と共有した。
彼らは一様に無言だった。それについて交わす弁はすでにない。
立太子の準備は整い、第二王子が王太子となる。その大々的なセレモニーの前には、彼らの動向は所詮国の影でしかない。
魔法術協会からはエクリプス、官僚側からはサッドネスが、魔王城へとおくられていた。差し当たって、人間の国はそれで十分なはずだった。
彼らの目的は、魔王側の補佐であり、連絡役でもある。
人間の国は、二人の使者を送り、現状は静観を決め込んでいた。
魔王【混濁僭主 クリムゾンディシプリン】は、魔王城奥にある薄暗い一室によたよたと独り入った。人気のない石壁の部屋はひんやりとしている。窓もなく、真っ暗だ。ろうそくが隅に数本たてられている。
魔道具のキャンドルは魔力さえ注げば、減ることもなければ、消えることもない。そのように、魔道具師が作り上げた。
魔道具は便利だ。食べ物の保存にも、灯りにも、ほんの少しあれば、困ることなく使用し続けられる。
石壁の薄暗い部屋中央に円形の絨毯がひかれている。その上には古めかしい椅子が置かれている。
魔王城と名付けられた屋敷において、ある種王座のような場だと魔王は思う。座して、息つく。長く生きすぎたせいで、体が不調を訴えやすくなった。四人の優しい娘たちのおかげで何とか生きている気さえしている。
椅子の背後に、真っ黒いローブをだらりと垂らし、顔も見えないほどフードを目深にかぶった男が現れる。
預言者【禁呪預言者 アノニマスエクリプス】が椅子裏の影から浮かび上がるように現れる。
「きたか、魔王」
「預言者、久しいな」
名を呼び合い、互いに乾いた笑いが漏れた。とどまることなく息が続くまで笑った。
「たいそうな名だなあ」
「まったくだ」
「よく名付けた」
「形式だけだろう」
「娘たちにも、四天王だぞ」
「笑うなぁ」
「人間を寄せないためにしろ大仰よ」
「喧伝用だな」
預言者も魔王も、互いにそう呼ばれるに値しない小物であると分かっていた。役割を任じられ、演じている部分と、与えられた役割を名が現している部分がある。
「メカルとスロウから聞いた。アレを使うのだろう」
「使う時がきたな」
「来るとは思わなかったな」
「昔は、そんな時いつくるのかと思ったものよ」
「預言者よ。連絡はとったか」
「ああ、あちらも受け入れ準備に入った。大掛かりなことよ」
「こちらがいつ送れると言えない分、少々負担かけるな」
「それは良いらしい。人数を用意していると言っていた」
「そうか」
魔王は息を吐いた。
長い時をまたぎ、今日という日を迎えた。
「長かった」
長かったが、まだ盤面に駒を配置したに過ぎないことも魔王は分かっていた。
「若い勇者よ。わしに会うには、まだすこーし……早いなぁ」
魔王は深く椅子に座りなおし、目を閉じた。
預言者は背後の深い闇へと消えた。
戻ってきたデイジーは橋の上で作業をしているエクリプス達を見つけた。ほうきのまま急降下し、額に汗して準備を進めているエクリプスに声をかえた。
「わたしてきましたわ。エクリプス様」
作業途中のエクリプスが顔をあげた。
「ありがとう。なら、なおさら急がないとな」
「作業終わりましたら、先に湯船につかられた方がよさそうですね」
デイジーは苦笑する。きれいな顔の片頬が土埃で黒ずんでいたのだ。
「もうすぐ終わるから、頼むよ」
「勇者一行が来るまでに間に合うかしら」
「操縦するのがアノンだからな~。急がないと……」
「ご一行が来られた時、そんな肉体労働後の汗まみれなお姿は見せれませんわよね」
くすくすとデイジーは笑いながら「私も急ぎましょう」と城内部へと飛んでいった。
エクリプスは背筋を伸ばして、額の汗をぬぐった。
魔術師として、最低限の道具作りはできるが、ここまで本格的なことは始めてだった。
「さすが、魔術師の祖。道具作りから、本格的だ」
魔力を通じさせて使う性能高い道具を作り出す魔道具師。スロウとメカルは魔力こそ少ないが、魔力量の多い者が活用する道具作りの第一人者だ。
魔術師というのは、この魔道具師と魔法使いの両方の特性をバランスよく活かした人間側の職業である。
人間の国に、なぜ魔物の国の技術が取り入れられたのか。それは始祖と関わり、建国以前にまでさかのぼる。伯爵家は古くから魔道具師との関係を細く長く繋ぎ続けていた。
橋の四隅に設置した装置は、それが魔道具であるとは察することが難しいほどの装飾性を備えている。以前からそこに備え付けられていた彫像のようである。
後は、この橋の上に勇者一行が足を踏み入れるのを待つのみであった。
食堂ではエムとドリームが向かい合って座っていた。脇で、テンペストが紅茶を淹れている。
「エムが会ったのは、リオンとライオットだね」
エムから大蛇との戦闘様子を聞いたドリームが答えた。
「黒髪がリオン、金髪がライオットだよ。二人とも騎士さんだよ」
「さすが、末っ子。全員と挨拶してきたのね」
テンペストが淹れたての紅茶を、二人の妹の前に置き、座った。
「うん。魔法使いは、アノンと言うんだよ」
「三人はどんな感じだった。私もちらっと見ただけで、話もしなかったのよ」
「リオンはもの静かだった、真面目かな。ライオットは気さくだよ、見た目通り明るい。アノンは、不愛想だけど、甘党かな」
「甘党って……」
「スノーボールが好きみたい。三人は一つでいいよって感じだったのに、アノンは私と小瓶半分一緒に食べたのね。で、残ったの、あげてきちゃった」
その時、食堂の扉が開いた。戻ったばかりのデイジーだった。
「外で作業されている方が先にお風呂必要そうなの、誰か手伝ってもらえない」
デイジーの問いに、ドリームが手をあげた。
「私、お風呂の準備する」
「ありがとう、ドリームちゃん。おねがいね」
はーいとドリームが出て行くと、エムも立ち上がった。
「監視再開する。勇者一行が見えたら、知らせる」
出て行くエムを長女と三女が見送った。
「さあ、私は夕食準備しなきゃ。勇者様方、できるなら夕食後に来てほしいわね」
ぱたぱたとデイジーは台所へと消えて行った。
食堂にテンペストは一人残る。
カップに残った紅茶の橙を見つめる。
誰も傷つくことなく、かたがつけばいいと長女は願った。




