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25,それぞれ

 するりと空から降りてきたアノンは、二人乗りの絨毯にのったまま、四人乗りの絨毯を空中に広げた。地上から浮いた状態で広がった絨毯はひらひらと揺れる。


「これにのってこいってことだろ。のってよ。僕が操縦するから」


 そう言うなり、アノンもまた絨毯を乗り換える。三人が乗り込む間に、二人乗りの絨毯をたたみ、本と一緒に、ナイフで切り開く亜空間にそれらをしまい込む。


 消えろと思えば、その空間の入り口は消えてしまう。無尽蔵な空間ではないが、魔力量の多いアノンは、家二軒ぐらい入る空間を保有していた。


 三人が乗り込んだことを確認し、アノンは絨毯を空に飛ばす。目指すは魔王城だ。


「うわぁ、高い。怖い」

 ライオットが素直に反応する。


 リオンは見回しながら、険しい顔をする


「すごい眺めだね」

 フェルノは風に吹かれて気持ちよさそうだ。


 背後に座るアノンは三人の動向を眺めつつ、絨毯を操縦した。それなりの人数をのせて運ぶのは技術がいるんだぞと言おうかと思ってやめた。ひとまず、彼らを運ぶことに意識を集中させることにしたのだ。




 ライオットは、空から地上を眺める初めての経験に怖さを感じながらも好奇心がうずいた。これで一気に魔王城まで行けると思うとほっとする。


 魔王城に行ってから、何をするのか、先はまったく見えない。


 フェルノを暗殺せよという命とアノンを守護せよという命を優先させるべきかも判断できず、ただ護衛をしていればいい、ただ旅をしていればいいとだらだらと過ごしていた。緩んでいてもいい給料は入るし、たまに大型の魔物を狩っていれば、仕事をしている気分も十分にあった。

 困らない境遇に、ライオットは安穏としていた。


 フェルノは強い。そう簡単に、暗殺などできない。それを分かってか、秘密裏な命でありながら、強制でもなかった。命は告げられても、出来ないことは責められない。言われないから、まあいいやと頭の片隅に追いやってしまっていた。


 むしろ、アノンを守護せよという方が、騎士として心理的に楽で、行動に移しやすかった。彼からは、余計なことをと思われても、体の方が早く反応する。


 人殺しになるために騎士になったつもりはない。誰かを守る方が性に合っている。もうそろそろ解放されたいライオットは、この旅を最後にフェルノの護衛にまつわるすべての仕事からおりたかった。


 二年縛られたのだ。もう十分だろうと言いたい。将軍にも伝えているように、自身がこの四人の中で最弱であることは変わらないのだ。

 もっと強い奴に、さっさと譲りたいというのが、最初から疑問符しか浮かばない配属だと認識するライオットの本音だった。




 リオンは、風に吹かれながら、どうしてこんなところにいるはめになったかと煩悶する。


 王太子の指南役に選ばれた時は純粋に嬉しかった。フェルノの護衛に選ばれた時は、責任を感じた。密命を下された時は絶句した。このために、今までの経歴が仕組まれたようにさえ疑った時もある。

 退路は断たれたと思った。

 

 平民出の騎士だ。良いように利用されて終わる危惧がいつもついて回る。沈黙し、ため息を吐く。人に感情を悟られないようにする以上に、自分の感情を自分で無視するようになっていった。


 冷静に見える。そう評されていることは、なんとなく分かっていた。

 冷静なのではなく、無感情に努めているだけだと自覚はあった。


 第一王子を暗殺せよ。そして、守護せよ。同一人物に対してなぜ正反対の命をくだすのか、リオンはいまだ真意が解せない。

 さらに、日常においてはそれらの命は忘れてもいいものだった。命を遂行する素振りさえ見せなくても、誰も何も言わない。


 ただ常に、脳裏にある。第一王子を暗殺せよ。その文言だけ、リオンの内側にじくじくと居座る。

 

 フェルノは強い。幼少期より、訓練を受けているだけある。王族故、弟君がどうかなれば、フェルノは王太子となり王にならなくてはいけないと考えれば、教育を受けても当然だろう。


 そんな英才教育を受け、それを難なく習得している者を、手にかけるなど不可能だ。

 暗殺などはなからできないと分かっていて命じているとリオンは常思う。


 疑わしいこと。警戒すべきこと。理解しえないこと。さまざまなことが積み重なる。


 これで終わるのだろうか。魔王城がゴールなのか。リオンの胸のなかは、不審で満ち満ちていた。




 フェルノは、表面だけは朗らかに見せる癖がついていた。幼少期からの癖なのか、持って生まれた気質なのか、判断もできないほどだ。無感情なのか、無関心なのか。体質以前に何かが欠けているか、壊れていると自覚はある。

 諦めはある。体質など変えようもないからだ。怒っても、呪っても、恨んでも、ついてくる。憎むことがなく、愛することもなく、激昂とも無縁。

 たまに後ろ暗い面を持つ、護衛三人を威嚇するぐらいが、唯一の荒々しい自分を自覚する瞬間だろう。


 三人が、護衛という名の、刺客でありながら、その事務的な命を無視していることは知っていた。命じる方も命じる方だが、受けている方も受けている方だとフェルノは思う。


(暗殺なんて大層な命令を、建前として掲げて何をしようとしているのだろうね)

 胸には仄暗さが常に灯っていた。


(しょせん駒だ)

 フェルノだけではない。ここに乗る、護衛三人も含め、全員駒だ。

 それだけは、確信していた。

 四天王なんて大層な名前をつけられた四人姉妹も駒だとフェルノは確信する。

 

 それでも彼女たちは、本心から街道を守りたがっていた。

 守りたいものを危険にさらすフェルノを心底嫌悪した。

 それはとても新鮮な感覚だった。


 誰かに好かれるという経験も少ないが、嫌われるという感覚さえなかった。

 

 常にあるのは、遠巻きに眺められるような観察する目と、無関心だ。

 存在しながらも、存在しない。いるのにいない。


 殺せと言われながら、いつまでも目を背ける暗殺者たち。本心を隠し接するゆえのよそよそしさが騎士達にはある。

 アノンはその境遇から、誰に対しても距離を置く。彼はただ存在を消したいとどこか思っているとフェルノは睨んでいた。

 他者に感知されないフェルノは、すでに存在として消されている。

 ある意味、息だけ吸って、死んでいるようだ。穏やかであるのは、生きる感覚が乏しい裏返しでもあるだろう。


 そんな中で、四天王の女の子達全員、清々しいまでにフェルノを嫌った。

 テンペストもドリームも迷惑であり、問題ありと意思表示をした。騎士と相対したエムという次女と三女のデイジーは、フェルノへ向けはっきりと嫌悪の言葉を言い切った。


 新鮮だった。ここまで自身の存在に感情を傾けられたことなどあっただろうかとフェルノは感じる。

 自虐的だが、本心だ。


 嫌悪のなかに自身の存在を確認する。そこに愉悦的な快を見出せば、フェルノは魔王城へ向かう道程に心が躍る。


 どんな感情が心を占有しても、表情だけは朗らかであるだろうとフェルノは自認していた。


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