22,次女の仕事
樹海の変化をいち早く察知したのはエムだった。愛用する曲刀の柄に飾られた先端の水晶を手のひらでひと撫でする。
足元に置いたボードに手をかけ、空に放つ。塔最上階の窓辺に足をかけ踏みだした。ボードに飛び乗るなり、足裏から更なる魔力を通し、後方に凪いでから最速で前進する。
木々をなぎ倒し、蛇型の魔物【叫喚 フェスティバル】は大きな体躯を露にした。エムはぎりっと奥歯を噛んだ。自然と眉間にしわが寄る。
ドリームがほうきの向きを変えようとする。その目の前に回り込み、エムは急停止した。
「にねえ!」
大きな袋を抱えるドリームが突如現れたエムに仰天する。
「ドリー、姉さんに知らせて。ここは私の仕事」
言うなり、ドリームに背を向け、エムはボードをさらに加速させた。
ドリームは次女の背を見送って、もう一度ほうきの向きを変えた。城まで一気に空を駆けた。
フェルノは木々がなぎ倒されるかすかな音に違和感を覚え、空を仰いだ。
リオンとライオットも、手にする武器に意識が流れる。
いち早く動いたのはアノンだった。彼は、素早く絨毯を広げ、上空へ浮かび上がった。樹海を望む。彼方の木々が倒れた。現れた大蛇が頭部をもたげきる前に、アノンは絨毯を走らせる。
絨毯が飛び去るより早く、地上にいた三人は、民家の塀を乗り越え、走り出していた。いくつかの民家の庭先を横切る。家事中の女性や、遊んでいる子どもが、目を見開いて見送った。
最後の庭先から飛び出すと、そこは広い平地だった。街道と樹海はいくばくか距離がある。
逆光の眩しさのなか、小さな正方形の布地がひらめく。アノンはすでに樹海近くまで飛んでいた。
「蛇だ」
最後に飛び越えた庭から、子どもが顔を出した。気づいたライオットが振り返る。
「おっきい蛇だぁ。母ちゃん、蛇!」
後ろから母親らしき女性が駆け寄ってきた。子どもを背後から抱きしめる。
「大丈夫よ、魔王城の方が何とかしてくださるから。私たちは逃げるの」
女性とライオットの目があった。
「あなたは?」
「家に入っていてください。こちらはどうにかしますから」
怪しさを払しょくするためにライオットは声がけした。
樹海の出入り口の木々がなぎ倒される。大蛇が顔を出したかと思えば、その大きな口をぐわんとあけて、身を高くもたげ上げた。
母親は「ひっ!」と喉奥で悲鳴をあげ、子どもを抱えて家に入っていった。
フェルノは親子が去っていく様を見て、哀しくなる。
「……私のせいだね」
「こういう場合は、俺が行きます」
「リオンが?」
「フェルノはここにいてください」
「ライオットも?」
騎士二人を交互に見つめて、フェルノは自身を指さした。
「では、私は?」
「「フェルノに動かれても迷惑です」」
騎士二人、その点の考えは一致していた。
「魔物が街道に寄ってこないように見張って、場合により排除をお願いします」
「街道を背にしてこのまま動かないでくださいね」
「つまり、突っ立てろということかな?」
「「はい」」
騎士二人、強く肯定した。
ライオットは槍を持ち、リオンは剣を持つ。数歩前に出たところで、戻ってきた魔法使いが、騎士と勇者の間におり立った。
「リオンとライオットが行くんだね。じゃあ、僕はフェルノと待っているよ」
絨毯をたたみ、フェルノの横についたアノンは、ポケットからお菓子の小瓶を取り出す。高みの見物を決め込んだ。
騎士二人が去って行く背を見つめながら、アノンは小瓶の蓋をあけ、半分残ったスノーボールを一つつつまんだ。
「食べる」
フェルノは、差し出された小瓶を、手のひらで拒否した。
「意外だね。アノンはあの二人の戦い方にちゃちゃいれないんだ」
「広いからね。後、民家に影響ないよう、守りに回った方がいいかなって思った」
「確かに、そっちも大事だね」
「誤解しないでよ。危ないのは大蛇じゃなくて、あのノーコン騎士二人だから。あと、フェルノの面倒な体質。動くと厄介だから、そこにいてよ」
アノンは、二つ目のスノーボールに手を伸ばした。
ライオットとリオンが共闘する多くは、凍らして、燃やし尽くすである。槍と剣。氷と炎。対比しやすく、役割が目配せ一つで決まる。
ライオットは、左右に身をくねらせて直進する大蛇に走りこむ。蛇の眼前で直角に曲がった。大蛇の黒目がライオットを追う。
ライオットが片足で踏み込み、大蛇に向け体を反転させる。
大蛇の眼光は動く者を逃さない。巨体をそらし、ライオットを囲い込もうと、包み込む。大蛇の頭部の動きに合わせ、身をひねったライオットは、側面にまわってきた大蛇の頬へと、恐れなく踏み込んだ。
突き出された槍が大蛇の頬に突き刺さる。流血し、生き物の肉感が槍先から伝わってきた。
ライオットの視界上方。なにかがキラリと光った。
目の前に長剣の白刃が水平に流れる。キィィンと金属がぶつかり合う。
ライオットの眼前に現れた剣は、上方に半月を描き、視界から消え去った。
薙ぎ払われた物がなにか知る間もなく、ライオットは大蛇に埋め込んだ槍先に魔力を注ぎこむ。大蛇の半面が血を流しながら凍結し始めた。
リオンは、上空から下降する者を視界にとらえるなり、剣を抜きつつ走り出した。
ライオットを囲うように、大蛇が円を描くように体躯を滑らせる。
上空の何者かは、大蛇が囲おうとするライオットに向かって、空よりまっすぐ下降する。手には曲刀が握られていた。刀の動向を視野にいれ、走るリオンは大蛇の体を飛び越えた。
ライオットが大蛇の顔半面に槍を突き刺そうと身構えている。
上空から飛び降りてきた者が、曲刀の先端をライオットへと振り下ろす。リオンはライオットの眼前に剣を水平に突き立てた。
二刀がこすれ合い、キィィンと耳障りな音を響かせる。リオンが上方に弧を描くように剣を振り上げれば、振り下ろされた曲刀は空へと逃げた。
大蛇の頬にねじりこんだ槍よりライオットが魔力を注ぎ、大蛇の片頬が凍りつく。
その様を片目に、振り上げた剣を脇に戻したリオンは、ライオットと背面を合わせた。目の前にうごめく大蛇の躯体に脇に収めた剣を、斜めに切り裂く。
大蛇の体が裂かれる。その肉と共に白い骨も寸断されていた。
エムが大蛇をとらえるより先に、金髪の槍使いが大蛇にしかけた。
悪戯心がもたげたエムは、彼が狙う大蛇の頭部に、自身の曲刀を振り下ろす。脅かす程度の気持ちで、槍使いの目の前に白刃が落ちるように仕掛けた。
振り下ろした曲刀は、突如差し込まれた剣に薙ぎ払われる。黒髪の剣使いが走りこんできたのだった。
飛び込んでくると思わなかったエムは、ボードにのったまま上方に逃れる。
槍使いと背を合わせた剣使いが、呼吸一つ整えて、斜めに剣を振り上げれば、大蛇の半身が切り開かれる。赤黒い肉感が露になり、痛みと怒りをたたえるかのように大蛇はうねる。
頭部とのつながりが弱まった尻尾でも、まだ肉は躍動する。怒る大蛇の心理そのままに、高く振り上げられた尻尾の先端が天を突いた。
エムはボードの向きを変えた。大蛇の後ろへ回り込みながら曲刀を裏返す。婉曲した側を上にし、水平に構える。
低く飛び、二刀を大蛇の尻尾に叩きつける。刃は大蛇の尾にめり込んだ。切り裂かれた尻尾が、大蛇の胴体から切り離され、地面に崩れ落ちた。




