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219,夜の談話

 アノンは、魔道具師の残した遺品と作業場が大好きだった。魔力が乏しい魔道具師が残す工夫が込められた作品群を漁るたびに、心が躍る。

 

 こうなりたいと、思う姿がそこに見えた。

 魔力を持たない人間でも、魔力を扱う者を凌駕する技術を持ちえることを生きざまで魔道具師は証明している。


 なにより、雑多に置かれた作りかけの道具類、試作品類はアノンの興味をそそる。完成品だけでなく、設計図から、メモ、なにもかも。魔道具師の作業場は一室まるまる、アノンにとっての宝箱だ。


 一週間の滞在は、アノンの希望だ。いつもより数日長い。


 どうしても調整してみたい魔道具があった。今日からそれにかかりきりの予定である。


「さあ。リキッド、キャンドル、はじめようか」


 アノンは袖をたくし上げる。







 風呂掃除を終えたフェルノとライオットは、裏手の森に大きな【眼球 サイコ】を見に行った。大きな眼球はフェルノが呼ぶと、すぐに寄ってくる。森に潜む魔物の数は、ライオットが前回訪れた時より増えていた。


 夕食までに戻ると、姉妹が食事の準備途中であった。フェルノも手伝おうとすると、「お客様のお相手よろしく」と座らされた。


 姉妹と羊たちが楽し気にテーブルまわりを躍るように回る。


 アノンと魔女二人も戻ってきた。


 夕食時は楽しい。わいわいざわざわ、笑いながら食べて飲む。


 歩けるようになったものの、一日動くことが難しいアノンがうとうとし始めると、リキッドとキャンドルがアノンを連れて部屋を出た。お風呂に入れ、寝室まで連れて行ってくれるのだ。


 食事の片づけ、片づけ後のティータイムを経て、入浴し、それぞれが過ごす夜へと別れていく。


 ライオットが宿泊用の客間に入るとアノンはすでにベッドで寝ていた。ベッドサイドに座り、アノンの頭を軽く撫でる。

 

 目を覚ましかけたアノンが薄目を開く。


「ライオット」

「ごめん、疲れたろ。寝てていいよ」

「うん」

「俺、フェルノと塔の上で飲んでくる」

「うん。ああ、じゃあさ、三日後の午前中、魔道具師の作業場に来てって伝えておいて……」

「三日後の午前か」


 返事はなく、寝息が聞こえた。

 ライオットは部屋を出て、塔へと向かう。





 壊れたアノンの身体は回復しつつある。本人の努力により日常は歩けるようになった。走るなど激しい運動はできない。それでも一日つつがなく、越えられるようになった現状は、意識なく眠っていた一年前と比べれば、大違いだ。


 ライオットはリタからくぎを刺されている。


『アノンのことを想ってくれるなら、結婚するまでは我慢してください』


 なにを意味しているのか、分からないライオットではない。それぐらい、アノンの身体は見た目ほど回復していないのだ。

 時々、背中の下部に指を這わしてみても反応がない。肩甲骨のあたりをちょんと突くと、訝し気な反応を返す。

 つまりはそういうことなのだ。


(まだ、体のいたるところに麻痺が残っているんだな)


 アノンが歩いて見せているのは、本当に彼女の今の精一杯なのだ。






 ライオットが塔の最上部にたどり着くと、すでにフェルノが待っていた。壁を背にして座っている。床に置かれたおぼんにはワインの瓶とグラス二つ、お皿に軽くつまみがのせられている。

 

「ライオット。早かったね」


 ひらひらと手を振り、ワインが入った瓶のコルクを抜き始める。慣れた手つきで、ぽんとすぐに抜いてしまった。


 ライオットはおぼんを挟んだ隣側の壁に背をつけて座った。ワインを注いだグラスをフェルノから受け取る。


 グラスに口をつけてから、フェルノは風呂場で触れた話題を持ち出した。


「騎士を辞めて、公爵家の議員席をつぐんだろ。私も議会には時々、顔を出すから楽しみだね」


 くすりと笑むフェルノに、ライオットは渋い表情になる。


「嫌でもそうなるよな。しかも対立相手として、持ち出されそう……」

「そういう目論見もあるだろうね。私は、魔物の国や街道の主権を守る側で、魔物の国の危険性をつく側にライオットが立つんだ」


「魔王に肩入れした勇者と、従来通り国の防衛を考える騎士か。頭痛いよ」

「背後にはアノンや公爵がいるんだね」

「もちろん」

「逃げないんだね」


「逃げれないよ。ここで逃げたら、アノンが一人になる。どうしてもアノンはあの立場から逃げれないんだ。俺が必死で傍にいるしかない。

 公爵家の領地も見てきた。街も農村部もきれいに整えられていたよ。あれだけの領地を治めて、議員も、魔法術協会にも属すんだから、公爵家の当主って並じゃないよ」

「護衛騎士の役割は終わったのにね」


「俺が逃げたくないんだよ。あのままアノン置いていけない。俺が後悔するよ。誰かがアノンを幸せにしている姿も、公爵家の財や地位目当ての奴が隣にいる姿も、見たくない。

 アノンの隣に俺以外の男がいるのを見たくないんだ」


 イルバーの傍に寄っていくアノンを思い出す。あの時の痛みの意味を、今は正確に理解していた。


「表層の議会でどんな小競り合いを演じても、大きな流れは変わらない。 

 昔の仲間の対立を見せながら、数年後に、魔物の国は辺境領になり、私が辺境伯になる。今は便宜上、辺境伯と呼ぶ者もいるが、名実ともに辺境伯になるよ。

 だけど、お飾りの辺境伯だよ。実権を持つのはテンペストたちだからね」

「十分じゃないか。外交で手腕を発揮すると思えば、似合っているよ」


「そう、ありがと。私は魔王であり、辺境伯でもある。こっちで、テンペストたちが魔王の四姉妹で通っていながら、人間の国では四天王と名乗るのと同じだよ。

 いずれ混ざって、辺境魔王とでも呼ばれたいな。社交の場で、ミステリアスにふるまったら、もてそうだよね」


「殿下を返上し辺境伯はまだしも、勇者を返上し魔王になるなんてね」

「物語でよくあるじゃないか。闇落ちってやつ?」

「どこが。魔物をペットにスローライフしているやつがそれ言う?」


 ライオットは呆れ、フェルノは楽しそうに笑む。


「リオンは元気?」

「フレイ姫に振り回されている」

「やっぱりね。アノンとはちょっと違うけど、彼女も籠の鳥だからさ」

「リオンもその辺は分かっているみたいだ」

「なにも言わなくてもね」


「そうだ、アノンが三日後の午前に、魔道具師の作業場に来てほしいって言ってたんだ」

「魔道具師の作業場? なにか面白い魔道具でも見つけたのかな」






 三日後の午前、フェルノとライオットは、魔道具師の作業場を訪ねた。


 アノンとリキッドとキャンドルが、大きな鏡を前に立っている。二人の入室に気づいた三人がふりむいた。


「よく来てくれたね。フェルノ、ライオット。

 この鏡は、魔道具師が残した……、たぶん試作品か、不良品だ。

 前回、魔王城を訪問した時に見つけて、今回調整したんだ。


 フェルノ、この魔道具を使うと異世界に行けるよ」


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