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218,魔王城の生活

 フェルノが魔王城に移住してから、一年が経つ。

 髪もさらに伸び、毛先が肩を過ぎ、跳ねるようになっていた。いつもドリームに任せっきりで編んでもらっている。


 今日もドリームが編みこんだ髪を水色のリボンで結ぶ。フェルノは羊を太ももに乗せて、もこもことした感触を楽しんでいた。


「今日からアノンとライオットが遊びに来るね、フェルノ」

「今回は一週間滞在するから、いつもより数日長いね。なにか用事でもあるのかな」

「どっちにしても、楽しみだよ。アノンとライオット来ると楽しいよね」

「アノンが来てくれると魔道具師様の遺品が整理できていいわ。ところで、フェルノも紅茶飲む?」

「うん、お願いするよ。いつも、ありがとう」


 テンペストが淹れてくれたお茶を受け取る。


「アノン、魔道具が好き」

「アノン、魔道具が好きね」


 リキッドとキャンドルが楽しそうに笑う。二人はアノンが魔王城に来るたびに、一緒に今は亡き魔道具師の作業場に籠っていた。


「元最強の魔法使いだからね。そう呼ばれるのは、魔力だけでなく魔法に関するあらゆる技術や知識を吸収してきた賜物だ。魔力を失った今、知識量を考えても、次代の魔道具師を目指せるのはアノンだけだろう」

「いいわね。あの部屋を活かしてくれるならとても嬉しいわ」

「そうだね、デイジー。

 特にアノンは異世界を見聞している。魔物の核を使った加工には興味があるだろう。きっとここでそれを再現したいと目論んでいるんだよ」

「すごいね、アノン」


 感心するドリームが、きゅっと引っ張ると、蝶結びができる。垂れさがったリボンがひらりとなびく。


「実際に使われる武器や道具を見てきているから、将来が楽しみだよ。私は、また自動車に乗りたいな」

「じどうしゃ?」

「うん、金属のかたまりが走るんだよ。馬車よりも速くて、乗り心地も良かった。アノンが再現してくれたら、とても嬉しいな」


 フェルノは目を閉じて、車窓から眺めた環の国の風景を思い出す。






 昼過ぎにアノンとライオットを乗せた絨毯が魔王城に降りてきた。操縦していた公爵家に仕える若い魔法使いは、一週間後にお迎えにあがりますと、荷物を降ろしてから飛び立った。

 新米の魔法使いなら、魔王城から街道の入り口まで、フェルノの倍は時間がかかる。昼過ぎについたアノンとライオットも、朝ご飯を食べてすぐに屋敷を出て、ここにきた。


 室内の窓から見ていたフェルノが屋敷から出てきて、手をふりながら二人に近づく。今日も身軽な恰好をしている。


「アノン、ライオット。よく来たね」

「フェルノ。久しぶり」

「元気そうだね、フェルノ」

「二人とも仲が良さそうでなにより。アノンも、白地に朱のワンピースがとても似合っているよ」

「どうも」

 

 アノンは相変わらず素っ気ない。


「いつもの部屋を用意しているよ」

「ありがとう」


 アノンは先んじて歩き出す。

 フェルノとライオットは運んできた木箱を数個持ち、食堂へ向かう。


「二人が持ってくる手土産をみんな楽しみにしているんだよ。王都の美味しいものや珍しいものをいつもたくさんもってきてくれるからね」

「フェルノは、ワインが楽しみなんだろ」

「うん。ライオットと飲むのが楽しいんだよ」


 往復し荷物を運ぶ。

 最後に、大きな衣装箱を宿泊する部屋までライオットが運んだ。

 アノンは先んじて、部屋で休んでいた。長旅に疲れ、ベッドで横になっている。


「ライオットありがとう。運んでくれて」

「無理しなくていいよ。荷物は俺が片づけておくから」

「大丈夫、休んだから。着替えて、食堂に行くよ」

 

 アノンとライオットは同室で宿泊する。

 フェルノが魔王城に引きこもってすぐ、二人は婚約し、ライオットは公爵家の屋敷に移った。侯爵家から男爵家が安価で借り受けていた一室も退去した。ライオットの姉は、そのまま領地に戻るかと思いきや、ライオットの同僚の一人と恋愛結婚。そのまま王都に留まることになった。


 ライオットは公爵家の婿養子になる。白騎士の行き先として、世間は納得した。

 さぞ息苦しいかと思いきや、意外と大事にされライオットは驚く。


 フレイ姫とリオンの結婚式が終わって一年後ぐらいに式を挙げればいいと二人はのんびりと考えている。アノンの体調を考慮すれば、そのぐらい伸ばす方が妥当だと、リタからも助言を得ていた。


 ワンピースからシャツとパンツ姿になったアノンが、ライオットと共に食堂に入る。

 昼過ぎでお腹が空いているでしょうと、デイジーが二人に軽食を用意していた。


 テンペストが紅茶を淹れる。エムは塔の見張りに行っており、ドリームは買い物に出ていた。


「ようこそ、歓迎するわ。アノン」

「いつも快く迎えてくださりありがとうございます。気持ちばかりですが、滞在費代わりの手土産を受け取ってもらえると嬉しいです」

「かしこまらないで、家に帰ってきたと思って寛いでくれたら、私も嬉しいの。いつもありがとう、アノンのお土産を私たちは楽しみにしているのよ」

「こちらこそ、いつも歓迎してもらい、ありがとうございます」

「本当に気にしないで。いつでも来てね。嘘じゃないわ。アノンとライオットならいつでも歓迎するわよ」

「ありがとうございます」

「前回、持ってきてもらった茶葉があったでしょ、あれがとても気に入ったの。今回も同じのが入っていて嬉しかったわ」

「良かった。前回淹れられた様子から好きそうだと思って、今回ももってきたんですよ」

「本当に、嬉しいわ。ありがとう、アノン」


 アノンとテンペストが話す様をライオットとフェルノが横からじっと見て、目をそらすとひそっと話し始めた。


「アノンの猫かぶりもうまくなっただろ。俺と二人きりの時は、僕、だけど、社交の場では、私、になおしているいる最中なんだ。それもそれで慣れてきたと言うけど、俺の方がついていけない時がある」

「本当にすっかり女の子だね。太々しく無愛想な影が見えなくてビックリするよ。テンペストも女の子相手だと思って、丁寧だ。

 男の私はよくテンペストに怒られているからね。手厳しいんだよ、色々」

「怒らせることしてるんだろ」

「この前、【眼球 サイコ】を飼いたいって言ったら、ダメって怒られた」

「小さいの?」

「大きい方だよ」

「それは駄目だろ」


「なに二人でこそこそ話しているの。フェルノ、ライオット。僕、行くよ」


 やばいという顔で、ライオットが口に手を当てる。特に悪い話もしていないのに、フェルノもちょっとだけ肩をすぼめた。

 ライオットの背後をアノンが、リキッドとキャンドルと一緒に、通り過ぎていく。


「魔道具師様の道具を見に行く」

 

 三人は食堂を出て行った。


 見送って、ライオットは胸を撫でおろす。

 フェルノは、どこまでもアノンに弱いままなんだな、と思った。


「フェルノ、ライオット。お茶飲み終わってからでいいから、宿泊恒例のお掃除お願いするわね」

「はい」


 テンペストのお願いに、フェルノは素直に返事をする

 ライオットは、お母さんのお手伝いをする子どもの返事みたいだな、と思った。

 




 魔王城には広めの浴場が一つある。宿泊初日は決まって、フェルノとライオットがその浴場を大掃除するのだった。

 

 浴室の窓を開く、シャツをめくり、パンツを折り曲げて膝辺りまで上げる。裸足で、デッキブラシと植物を乾かしたたわしを使い、額に汗しながら、ごしごしと汚れを落とす。


「フェルノも慣れたよな、こういう生活」

「うん。こっちののんびりした生活の方があうよ」

「人間の国に来た時は、雰囲気全然違うのにな。正装をぴちっと着こなして、髪もしっかりと整えているだろ。その長髪後ろできっちりまとめてさ」


 フェルノはたわしで、浴槽の角の汚れを落とす。


「あっちは社交の場だからね」

「ご婦人たちに愛想ふりまく姿見ていたら、こっちの姿が信じがたいよ」

「ライオットだって、あっちにいる時は、私のことを殿下と呼ぶよね」

「辺境伯か殿下と呼ばないとおかしいだろ。俺だって立場がある」


 ライオットが蛇口から水を出し、桶で床に水を放つ。何度か繰り返し床の汚れを流しきる。


「こっちみたいにのんびりは暮らせないんだよね。色んな思惑があるから。ライオットだって、騎士を辞めるんだろ」

「その辺はなあ……、話すと長くなるんだよ。夜でもいい?」

「いいよ。こっちにも桶に水入れてくれよ」


 二人は女主人の言いつけ通り、掃除をこなす。


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