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217,末っ子魔王

 連絡役のサッドネスが魔王城へ遣わされた一か月後、正式に人間の国から申し入れがあり、フェルノの移住が決まった。

 決まるなり、フェルノはさっさと魔王城にうつる。最初は、お客さんとして暮らしていたものの、弟ができたと喜ぶドリームにお使いやお手伝いに誘われているうちに、自然に魔王城の暮らしに馴染んでいった。


 かしこまることもない日常。食べて、寝て、頼まれた手伝いをこなす。魔王城ののんびりとしたその日ぐらしはフェルノの気質に合ってた。

 王城にいた時のようにかっちりとした服装ではなく、シャツにパンツという身軽な恰好で生活するようになる。


 剣を佩くこともなく、風に吹かれるような暮らしが続く。



 朝食は食堂で、家族そろって食べる。終えると、羊たちがそばに来る。空いたお皿を渡すと、えっさほいさと体を揺らし、台所へと運んでいった。


 異世界から戻り、フェルノは髪を伸ばし始めた。すでに肩にふれそうなぐらい髪は伸びている。ドリームが毎日、髪を結う。水色のリボンで結ばれることが多く。いつも、頭部にひらひらとリボンがなびいていた。

 

 のんびりと過ごすことで、フェルノの体質は目立たなくなっていた。魔物が迫ることはない。ただ、近くに羊がいると、いい匂いがするのか、足にぴとっとくっついてくることがあった。

 しゃがんで、膝に乗せると、背中にもピタリと重なってくっついてくる。

 

 羊毛を刈ると、細い体が露になり、途端に羊は貧相になったが、そこはさすが魔物である。一晩もすれば元に戻っていた。


 もこもこの羊の毛を、糸車で紡げば、きちんと糸になる。魔王城で刈った羊の毛は街道の魔人たちに分け与えられる。魔人の女性や老女にとっての良い手仕事のようだった。


 男手がなかったためフェルノは姉妹に重宝される。


「フェルノ。今日は庭の雑草をなんとかしてもらえない」

「塔の見張り、当番だよ」

「夕飯のお皿とカトラリー準備をお願いするわ」

「フェルノ。一緒にパンを買いに行こう」


「人間の国から書類が届いたの目を通してもらえない」

「雨どい、なおせる?」

「廊下のキャンドルに魔力を注いでおいてもらえないかしら」

「フェルノ。塔の階段を一緒に掃除しようよ」


 仕事が済めば、褒められる。


「ありがとう。人間の国の書類っていつも回りくどいから、助かるわ」

「フェルノ、有能」

「高いところは本当に助かるわ。やっぱり背の高い男の子がいると違うわ」

「フェルノのおかげで、仕事が早く終わるようになったよ。買い物も一人より二人の方が楽しいよね」


 一つのことをしても、褒められるときは四人一緒。屋敷で暮らしていた時に人任せ王子と揶揄されていたフェルノが、嘘のように働き者になっていた。






 テンペストとデイジーがこっそり話し合う。


「白姉様、フェルノいると便利です」

「褒められると弱いのね」

「はい、褒めるだけで、これだけのことしてもらえたら、いくらでも褒めてしまいますわ」

「褒める実益が大き過ぎよ」

「フェルノに来てもらって、たすかりますわね」


 頷くテンペストとデイジーが食堂でドリームと談笑するフェルノをちらりと見た。まるで、前からここで暮らしているのかと思うほど、馴染んでいる。




 


 実際、フェルノが来てから、魔王城は明るくなった。

 魔王がいた頃を、フェルノが知らないこともあっただろう。


 白金の髪に面立ちも美しいフェルノがほほ笑むとどこかぱっと華やぐのだ。


 それが本来のフェルノらしい気質なのかもしれない。


 時折、魔王に触れる際も「魔王様」と、敬意を示すことも姉妹たちに好感を与えた。姉妹にとって魔王は特別な存在であり、大切な家族だった。

 人間の国ではどう思われても、本当のことを知っているフェルノが、魔王に敬意を示すだけで、人間の国でも、表向きの扱いと、本心は違うのだと知らしめる。それにより姉妹たちの溜飲が幾ばくか下がったのだった。




 

 フェルノは森へ遊びに行くことも多い。狩りをすることもある。【切断 ウロボロス】や【叫喚 フェスティバル】は良いタンパク源になる。

 血を抜く技術などはエムが詳しく、フェルノは彼女から色々と教わった。


 森を歩くと、【眼球 サイコ】や【根絶 サイコ】などが寄ってくる。集まってしまった魔物は魔王城の隣の森に生息するようになった。狂暴な魔物もついでに寄ってくるので、肉を狩る回数も増える。

 多く狩れば、街道に住む魔人と分け合う。助け合って生きることが当たり前で、フェルノもそのやり取りを楽しんだ。


 人間の国の貨幣も流れているので、店を営む者が扱うこともあれば、物々交換をする場合もある。向こう両隣がほぼ顔見知り、または血縁という魔人ならではの大雑把な暮らしも、なかなか面白味があった。


 食べること、寝ること、働くこと、笑うこと。太陽が昇れば起きて、太陽が沈めば寝る。自由であり、のどかであった。


 相変わらず時々出てくる巨大な魔物の影も、エムやフェルノが街道に近づけば退治する。

 前のように、巨大な魔物がフェルノに突進してくることはなくなった。


 穏やかでご機嫌なフェルノは、手をふれば誰からも好かれたのだった。





 森に一人で入ったフェルノはどこからか抱えるほどの石を拾ってきた。その石を野花が咲き乱れる一角の隅っこに持っていく。

 少し土を掘り、石の三分の一を埋め込む。ぎゅっと押し込み、周囲を土で踏み鳴らし、石を形よく置いた。


 その石が何なのか。誰にも言わなかった。ここにフェルノがたまにきていることも秘密にしていた。


 ただ時々、花を添えた。

 しゃがんで、一言二言かける時もあった。


 なにも埋めていないから墓とも言えないものだ。

 フェルノがいなくなれば、意味を失うただの石ころである。





 ある時、巨大な【眼球 サイコ】を拾ってきて、「飼いたい」と言った時は、テンペストにきっぱりと「無理」とフェルノも断られた。

 がっかりしていると、近くの森にいるのはかまわないと許された。

 

 森を散策する際のおともに、加わった【眼球 サイコ】を見ながら、フェルノは(これに乗って飛べたらいいのに)と考え始める。

 絨毯やほうきで自分で飛べばいいのに、なぜか【眼球 サイコ】に乗ってみたいという好奇心がむくむくとわいてきた。 

 その好奇心は発展する。


(気球みたいに飛べたら、面白そうだな。馬具みたいに、【眼球 サイコ】専用に取り付けられる道具があればいいのに……)


 なんて考え、とうとう本当に、魔道具師の遺品を検分にきたエクリプスに相談し始めた時は、さすがのエクリプスも目を剥いた。






 そんなフェルノの様子を見て、テンペストとデイジーはまたひそひそと囁き合う。


「男の子って、変なことに興味持ちますわね」

「魔物を寄せなくなったわりに、結局、自分から魔物を拾ってきたり……」

「近隣の森は、まるでフェルノの魔物放牧地のようになってきてますわ」

「人間の国側の魔物の数が目に見えて減っているという報告があるのよ。人間の国からしてみたら、悪いことではないと思うけど……」


 二人はまたちらりとフェルノを見た。一生懸命、身振り手振りで、エクリプスに【眼球 サイコ】の気球について語っている。

 テンペストとデイジーは軽いため息とともに、末っ子魔王を見守るのだった。





  

 フェルノは、時間があると魔王城を探索した。異世界の地図があり、始祖が残した書物もあった。

 特に預言者が残した記録は膨大だった。

 

 三百年に及ぶ見聞きしたことを預言者は書き記していた。

 その内容はフェルノの予想を超えており、異世界においても、人々がいかに辛酸をなめながら、復興に尽力したかを伺わせた。


 魔王城に引きこもった預言者は、人々が前を向き、道を間違えないか、慎重にかかわってきたようであった。


 なぜこれほどまで、静かに多くの人を見守ってきたのだろう。フェルノは想像してみた。


 焼け出され、故郷に帰れなかった子どもの悲哀を、誰かを助けることで埋めていた。

 そんな風に考えた。都合の良い解釈かもしれない。

 亡くなった者の本心は分からない。生きていたとしても、教えてくれるとは限らない。


 始祖から語り聞いた話。アノンから聞いた話。キャンドルがいない時に、リキッドに聞いた話。


 フェルノもまた、メモをたくさん書き散らした。


 そして、一人でこっそりと歴史の編纂を始めた。


 公表する気はない。ただ、この世界がどのように生まれ、そして本当はなにが起こったのか。魔王はなぜ汚名を自ら背負うたのか。出来る限り、書き留めることとした。


 日常に一喜一憂して生きる人々には知る必要のない歴史である。

 


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