216,騎士達の未来
ばれてしまったものは仕方ないと寝間着をきた三人の少女が塔の最上部に姿を現した。
「姉さん、私は賛成する」
「私もフェルノに来てもらってかまわないわよ」
「弟ができるんだね」
ドリームが喜んで両手をあげた。
(弟?)
フェルノは小首をかしぐ。
テンペストが三人の姉妹を映すフェルノの視界に立ち、手のひらを返した。その手は、姉妹を示す。
「いずればれるから話しておくけど、あれでもドリームは実年齢三十八歳。デイジーは五十八、エムは七十八」
「姉さんは」「白姉様は」「いちねえは」
「「「九十八。もうすぐ三桁」」
さすがのフェルノもきょとんとする。
テンペストは憮然として、腕を組む。
「体内に核がある」
「私たち、とっても長生きな魔人なの」
「おじいちゃんかひいおじいちゃんが、魔王たちの誰かなんだよ」
「百歳が一番元気」
「三百歳もなると、肉体がちょっと衰えるわよね」
「核があるから、死に時は自分で決めるってよく言っていたよね」
「死は自分のもの」
「私たちもいずれは死について考えないとね」
「魔王みたいに自分で死ぬ時は自分で決めるよ」
「長生きも辛い」
「体が衰えるのはねえ、健康には気をつけないと!」
「よく食べて、よく寝て、運動するよ。長生きの友は健康だよ」
「体が辛くなるのはね、二百五十歳を超えたぐらいよ。二百歳までは元気そのものよ。まずは後百数十年つつがなく生きてから考えましょ」
「さすが。姉さん、もうすぐ大台」
「まずは白姉様が元気なら大丈夫ね」
「でも、それ言ったら、魔女様方、なんなの、いちねえ」
「あの方々は、別格。命が惜しくば、年齢には触れないの!」
「「「はーい」」」
(ここで、若く見えるなんて言ったら、問題になりそうだね。それだけでなく、ここで年齢の話は触れないでおこう)
決意したフェルノの傍に、ドリームが歩いてくる。
「フェルノは何歳?」
「十八だよ」
「じゃあ、私たち二十歳違いの姉妹弟だね。私、弟か妹欲しかったから、とっても嬉しいよ」
「末っ子魔王」
「魔王がいない魔王城もないもの。ちょうどいいわよね」
実年齢はどうあれ、少女たちは嬉々とする。
フェルノとテンペストの会話を聞いていた彼女たちは、これでテンペストの負担が軽減することを、心の底で喜んでいた。
姉妹の会話が姦しく続く。
楽しそうな会話を続ける姉妹にフェルノは、王城へ戻ると告げる。塔の窓からほうきに乗り、飛び立った。
帰りはゆっくりと飛ぶ。街道は真っ直ぐに人間の国へと続く。民家の明かり。煙突から昇る煙。暖かい人の営みを望む。
姉妹の心にも、魔人の心にも、家族、という印が灯っている。
その印は、戦火を逃れて、魔物が住まう樹海に逃げ込んだ幼少期の魔王たちの苦し紛れの宣誓から生まれた。
あの日から、魔王たちは、その灯を共有し生きてきた。印は魔人たちへ浸透し、姉妹へとつながってゆく。その流れの端っこに、フェルノは救い上げられた。
街道には魔王が守ってきた想いが街道に染みわたっている。人間の国建国時に王族が始祖と約束した運命と、時を越えてフェルノの未来で一つに結ばれてゆく。
あっという間に、街道を抜けた。魔王城の別邸にも明かりが灯っている。あそこには、羊たちが寄り添って暮す。
(この景色……)
フェルノも気づいてしまう。
魔王城の別邸こそ、魔神の中で、ジャッジがいた風景そのもであるのだと。
(ジャッジの故郷は、魔王城の別邸だったのか)
フェルノは、ほうきを止めて、見下ろした。くるりと旋回し、断ち切るように飛び去った。
初日、焚火をした山頂をも飛び越える。ふもとに屋敷が見え、焚火を前に座るリオンが待っていた。フェルノはリオンと合流し、王城へと戻る。
馬をリオンに預け、何事もなく、フェルノは自室へと戻った。
それからいつも通りの日常をフェルノは過ごす。何もしなくても、フェルノが魔王城に赴く準備は整えられていった。
その間に、魔王討伐の功労者の黒騎士へ爵位の叙勲の告示とフレイの婚約発表が行われた。高位の貴族や議員を集めて、煌びやかな式典が催される。
リオンは終始無言であり、厳格な式典にその表情は凛々しくうつる。そんなリオンを見ているだけで、舞い上がるフレイは今にも父の傍から跳ねて、リオンに飛びつきそうな雰囲気である。
同席するフェルノもほくそ笑む。
(これで、リオンは生涯私のことを義理の兄にしなくてはいけないのだね)
ブラストはこっそりフェルノに耳打ちする。
「姉上をリオンに預けられて安心です。さらに将軍として私を支えてくれる一人であるととても嬉しいです」
表情だけではリオンの本心は誰にもわからない。とんでもない三兄弟にとかく好かれていることだけは間違いない。
婚約をお披露目する舞踏会などは、これから準備するとして、公の発表は終えた。
公爵家の馬車にアノンと乗り込んみ、屋敷へ訪れてからライオットの状況が変わり始めた。その日は、夕食までご馳走されて家まで送ってもらった。
ライオットは休みのたびにアノンの元を訪ねるようになった。公爵家の使用人もアノンの母も親切であった。
ライオットから見ても、アノンは大事にされており、まさに深窓のご令嬢である。
(これで男子だったのだから、分からないよなあ。世間知らずっぷりを含めて、最初から女の子だったんじゃないかと思うよ)
黒いローブ姿のアノンを見てきたライオットの過去の印象はすでに塗り替えられていた。
アノンの身体も徐々に回復していく。動かない体を動かすのはとても痛いが、めげずにアノンは努力を続ける。立てるようになり、掴まって歩行するまでになった。
ライオットがすっかり公爵家に顔を出すことに慣れた時だった。
休日いつものように、アノンに会いに行くと、先に別の部屋に通された。すぐにやってきたのはアノンの父、公爵家の当主【禁断協会 サブリミナルカタルシス】。
挨拶もそこそこに、アノンの父はライオットの将来について語り出す。
「ライオット君。
わが公爵家は、公爵家のなかでもっとも古く。始まりは建国時期まで遡る血筋だ。代々、魔法術協会の役職を担い、議会における議席もある。もちろん領地も広く、その経営もある。当主となれば、すべてをこなすことになる。
君はアノンを助けてくれるね」
公爵の申し出に、目を丸くするも、ライオットは大きく頷いた。
「そこでだ。
領地経営はアノンに任せ問題ないだろう。魔法術協会の役職は、アノンが魔力を失ってしまった以上、一旦は手放さなくてはならないかもしれない。
加えて、議員としての仕事もある。
その議員の仕事は、ライオット君。君に任せてみよう」
「あの、それは、一体……」
「なあに、アノンと君に子どもが生まれ、その子が大人になるまでのつなぎだ」
どこまで話が飛躍するのかと、ライオットは椅子から転げ落ちそうになる。
「婚約、結婚までに下準備をすます。結婚後、議員席を君に譲ろう。魔王を討伐した精悍な白騎士だ。若く有望な議員として、人気もでるだろう。議員の背後にいるご婦人への良い広報になる」
「待ってください。俺は、騎士としてきちんと働いています。そんな、急に言われましても……」
「そうだな。では、ライオット君、騎士を辞職し、いつ頃から私の補佐にはいれそうかな」
公爵の弁にライオットは震えあがる。
話は続き、解放されるまで時間を要した。
這う這うの体でライオットは、アノンの部屋にたどり着く。ソファに座り、頭を抱えた。
うつむくライオットの頭を、隣に座ったアノンがよしよしと撫でる。
(あの親父、人の話聞かねえ)
婿養子の立場は弱い。




