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215,捨て犬

 テンペストが階段をのぼり、塔の最上部に立った。

 開け放たれた窓から吹き抜ける夜風が冷たい。

 身震いし、ストールを引き寄せた。

 窓辺に手をかけると、とても綺麗な星と月が浮かんでいる。


(きれいね)


 魔王、預言者、魔道具師のメカルとスロウは遺体も遺品も見つからなかった。ぽっかりと屋敷から、風に乗って飛んで行ってしまったかのように消えてしまった。

 遺体がないから、死、が実感しにくい。


(そして、意外と回るのよね)


 彼らがいなくなり、人間の国との雑務が増えたものの、それは魔神を魔王とすり替えるなどの秘密の合意だ。人間の国と示し合わせた発表を行うための下準備でもある。


 日々の街道の生活は変わらない。

 魔神の遺骸をすべて処理し、広がりつつあった山火事も消火された。魔神の痕跡が消えた確認をするのに一日を要した。魔人が街道に戻ることができたのは、翌日の昼を過ぎていた。夕刻にはいつもの日常を取り戻し、あれはなんだったのだと囁きあう。その囁きに応じて、人間の国と示し合わせた情報をテンペストは街道に発表した。


 それにより、今後、人間の国、ひいては、街道の代表はテンペストになるのだと暗黙のうちに街道は合意した。魔王がテンペストに街道を任せていたのも、この日のための準備であったと姉妹たちは無言のうちに理解する。


(やっと、落ち着いたわ)


 夜空を眺める余裕を感じて、風になびいた髪を手でまとめて、後ろから肩に流した。

 月明かりに照らされて、流れ星とはまた違う動きで飛行してくる物体を見とめる。テンペストは、窓辺から二歩後ろに下がった。


 あっという間に、窓辺に足をかけて、入ってきたのはフェルノだった。


「こんばんは、久しぶりだね。テンペスト」

「久しぶり」


 片手をあげてテンペストは挨拶する。

 にこやかなフェルノは、壁にほうきを立て掛けた。窓辺に寄りかかり、両手を組み、ゆったりと前に降ろす。

 テンペストは腕を組んだ。


「朝方、突然、夜に塔へ行くので会いたいなんて、こんな夜更けにお急ぎでなに用かしら」

「要件から入る? 世間話からと思っていたのに?」

「今日一日、気になって仕方なかったわ。また人間の国からどんな提案をされるかと思ってね」

「魔王様の件は、心が痛むよ」

魔王パパが了承しているのよ。納得いかなくても、私たちは家族の遺志を尊重するのよ。

 でっ、今日はなに用」


 フェルノは微笑む。

 テンペストは憮然とした表情だ。


「テンペスト、私は魔王城に住みたい」

「……はい?」

「王城を出て、こちらに移り住みたいんだよ」


 テンペストはこめかみを抑えて、叩く。何を言い出すのかと、嘆息した。


「なんで、勇者で、王子様な、フェルノがこちらに住むのよ」

「行く当てがないんだ。拾っておくれよ」


 腰を曲げ、上目遣いで、フェルノはテンペストにお願いする。

 

「行く当てがないってねえ。お家に帰れたんでしょ、王子様」

「帰ったんだけど、弟が心配なんだ」

「なによ、それ」


 兄弟の話が持ち出されて、テンペストの耳がピンと立つ。彼女は兄弟姉妹、家族の話に弱い。


「王太子である弟が王になることを、未だ快く思わない一部の者がいる。

 第一王子を王にするのが筋とし、その建前を振りかざそうと虎視眈々狙う者が潜んでいるんだよ。私を掲げて、権力を欲する不穏分子が議会のなかに隠れている。

 第二王子の王太子。私の勇者としての旅立ち。すべて議会を通している。議長が手綱を握り、票は割れた。そういう動きの中で、誰が何を画策する可能性があるのか、宰相以下近臣と王は把握している」

「また、大層な内情ね」

「目下、私は絶賛巻き込まれ中なんだよ。我知らずね」


 おどけるフェルノに、テンペストは呆れた目を向ける。


「人間の国ならではね」

「私を拾ってよ」

「考えておくわ」


 あしらうテンペストがふんと横をむく。フェルノは苦笑した。


「ごめん、たぶんそれは、無理だ。近々、王より親書が届く。魔王を倒した褒美として、第一王子に魔物の国の領土を与えるとね。

 実質、この魔王城は空っぽなんだよ、今」

「なによ、それ、私たちはここで協力して生きているのよ」

「魔王がいなくなって、魔王城は空っぽ、これが人間の国側の建前なんだ。誰も治めていない地を私に与えることで均衡を保とうとする。

 たぶん、王の親書が届く前、明日か明後日にはサッドネスが飛んでくるだろう」

「でも、最初に来たのは、あなたね。フェルノ」


 侮辱されている感覚に襲われたテンペストの目が吊り上がる。困り顔でフェルノは笑う。


「うん。どうしても、拾ってほしいからね」

「捨て猫か、捨て犬みたいに言わないでよ」

「行き場がないんだ、同じだよ。わん、と鳴いてって言われたら、鳴いてもいいよ」

「いいわよ、そんなことしなくても」


 おどけるフェルノにテンペストは呆れる。


「テンペスト。この申し出を受けてほしい。私は悪いようにはしない。魔物の国、街道、姉妹の役目、そのすべて私は尊重する」

「だから、ここに置いてと言うのね」

「そして、人間の国への対応はすべて私が行う」

「……」

「テンペストが魔物の国を治めるために、私が人間の国と対峙し、街道を守る盾になるよ」


 テンペストは眉を顰める。

 今度はフェルノが不敵に笑う。


「これは取引だ、テンペスト。

 人間の国は、人道支援に派遣した人員、魔神の処理に要した人件費、森の消火に当たった費用など、一切魔物の国に請求していない。

 魔王の顔を立てれば同然だが、今はなにができるとも知れない姉妹しか、ここにいない。人間の国は、容易に優位に立つ。

 交渉の場で、それらの費用請求も交渉の道具にされていたのだろう」


 テンペストはぐうの音も出ない。魔王の血判だけでなく、実際的な負担の駆け引きもあった。調整役に立ってくれたサッドネスの助言なくては、道を誤ったかもしれないと、自覚していた。


「なんで、分かるのよ」

「人間の国出身の王子様ですので」


 胸に手を当てて、フェルノは綺麗に目礼する。


「私を取り込んでよ、テンペスト。私が、魔物の国を守るために、人間の国へ応じる盾と剣になろう」

「そんな、都合のいい……」


 苦々しい表情のテンペストに、フェルノはおどけて笑う。


「これはテンペストのためじゃないんだ。私のためでもあるんだよ。テンペストと交わした『街道を守る』という約束は、私自ら、私の意志で結んだ約束だ。約束は私自身だ。私の意志が込められた約束を大切にすること、守ること。それすなわち、私が私を大切にすることへとつながるんだよ」


 フェルノは真っ直ぐにテンペストを見つめる。

 テンペストは呆れて、嘆息する。


「仕方ないわね。どうせ、行く当てないんでしょ」

「そう、本当にそうなんだよ。だから、拾ってよ。テンペスト」

「そのためには、ワンとでも鳴いちゃうの」

「鳴くよ。ワン!」


 からかった張本人であるテンペストは呆れ、フェルノの方がしてやったりとでも言いたげに笑みをこぼす。


「やった! フェルノがうちの子になるんだね」

 階段の際から、突如、ドリームが飛び上がった。


「しっ、ドリー」

「ダメよ、ドリームちゃん」

 二人に頭を抑えられようとしても、もう遅い。


「あんたたち、いつから立ち聞きしてたのよ!!」


 寝なさいと言わんばかりに、テンペストの怒鳴り声が響いた。

 


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