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214,魔王城へ

 家族との夕食を終え、フェルノは裏門にひっそりと出た。星と月が瞬いている。その月光の下で、馬を二頭引き、リオンが待っていた。


「待たせたね」

「いいえ」

 

 フェルノはリオンから馬の手綱を受け取る。二人は夜道を馬にのりゆっくりと進む。王城の裏手にある、住んでいた屋敷に向かうのだ。

 

「リオン。色々戻ってからも、休まる暇がないね。武勲をあげたおかげで、爵位の叙勲からフレイのお守りまで、押し付けられてかなわないだろう」

「慣れました。前々から、困った主人に仕えていますし」


 フェルノは口元をほころばす。


「今日はアノンと会った。回復には、もう少し時間が必要そうだね」

「アノンが一番、重症でしたからね」


「なあ、リオン。私は見ていたのだよ」

「なにをですか」


「最後の戦いで、私が魔神を斬首しようとした時だ。あの時、片腕はもう機能していなかっただろう」

「……」

「父やブラストには何も言っていない」

「はい」

「誰にも言う気もない」

「はい」


 二人は夜風に当たりながら、ゆっくりと進む。屋敷の影が見えてきた。

 

「私はここから魔王城を目指す。リオンはどうする」

「焚火でもして、待っています。戻られた時、馬がないのは不便でしょう」

「それはありがたい。実は、こっそり地上すれすれを飛んで帰ろうかと思っていたんだよ」

「見つかったら注意では済まないかもしれませんよ。王城や都上空は飛行禁止なんですからね」

「ふふ、そうだね」


 屋敷は、二人が出かけた当時そのままだった。手入れが行き届いていた庭も雑草ばかり広がっていた。フェルノがいなくなってから、住む者がいなくなり人の手が入らなくなったのだろう。

 屋敷の入り口までだけ、踏み固められた小道が、辛うじて土を見せていた。庭先のテーブル席にも雑草が絡んでいる。長らく野ざらしになっており、テーブルには細い亀裂が入っていた。


「人が住まない家は侘しいものだね」


 フェルノは屋敷を入り口から塔までくまなく眺める。生まれてすぐにここに移された、この屋敷はフェルノにとって生家のようだ。朽ちていく様を見るのは物悲しい気持ちになる。


 砂利が敷かれた地で、焚火の準備をリオンが始めた。

 細い小枝を集めて、火をおこす。手慣れた所作にフェルノは感心する。

 そして、焚火と言えば、旅立ちの初日を思い出すのだった。


「懐かしいな。あの山頂で四人で焚火を囲んだね。

 ライオットが火をつけてくれて。私とリオンで魔王城の確認に行って。戻ると、アノンとライオットが火の前に座っていた」


 しゃがんで火をおこすリオンの傍に立つ。

 小さな炎が、草をくべられ、育っていく。


「魔法は使わないんだね」

「手でおこすのも面白いですよ」

「ふうん。リオンは、詳しいね」

「これぐらい、誰でもできます。ライオットがやっていたでしょう」

「違いない」


 爆ぜる音と揺れる炎の色味が、気持ちよい。


(あの時は、会話が続かなかった。今なら、同じように焚火を囲み、もう少し話しができるだろうか)


 そんな日はきっと来ない。それだけは、なんとなく分かっていた。

 そう思えば、あの時黙ってしまい、話しかけなかったことがとても口惜しい。


(もっと、話たければ、自分から話せばよかったのか)


 猜疑心が強かったころである。さらに、その猜疑心を育てるために養育されていた。


(あれはあれで、仕方なかったのだ)


 諦めとともに、前を向く。


 フェルノはポケットから取り出したナイフで、空間を裂き、ほうきを取り出す。


「行ってくる」

「行ってらっしゃいませ」


 空へあっという間に飛んでいくフェルノを、リオンは静かに見送った。








 魔王城に残された、魔女二人と四姉妹、六人は静かに暮らしていた。

 魔王、預言者、魔道具師のメカルとスロウがいない。誰もがなにかが欠けたような気持ちを味わっていた。


 姦しさはどことなくなりを潜め、火が消えたような静けさに沈んでいた。

 いがみ合うことなく、互いの優しさを分け合うようにしめやかに暮らしていた。


 そんな魔王城に人間の国より今朝方先触れが届く。

 今日の夕食はその話題で持ちきりだ。


「フェルノが来るんでしょ、いちねえ」

「そう、ちょっと挨拶がてら、真夜中に塔に来るよそうよ」

「空からいらっしゃるのね。お茶やお菓子は用意できないわね。白姉様」

「私たちもいる?」

「エム、いいのよ。今後のことで伝えたいことがあるそうよ。多分、私たちが飲まなきゃいけない条件を突きつけられるのよ」


 肘をつき、ため息を吐き、テンペストは、フォークで皿をつつく。


「私たちも認めたくないし、嫌な条件はのんでいるわ。それでも、まだ、何かあるのかしら」

「デイジー、そう言わないで。魔王パパがいなくなったことが思う以上に痛手なのよ」

「なんだかんだ言って、魔王パパって威光があったのね」

「人間の国のイメージ」

「建国に関わった時、大暴れしたんでしょ」

「その印象が抑止力になっていたなんてねえ」

「姉さんでは、なめられている」


 はあぁとテンペストは痛む頭に手を乗せた。


「的を得ていて痛いわ、エム。とにかくフェルノに会ってみるわ。これ以上、難題突き付けられたくないものね」

「魔道具師様経由で伯爵家の方々と関わる恩恵もあったのよね」

「人間の国の文化が入るきっかけになっていた」

「お家の改装とか、魔道具のお礼に行ってくれていたのよね」

「雨どい壊れてたの、なおしてくれる人もいないよね」

「街道にすむ器用な魔人に頼めばいいことじゃない。その辺はいいのよ、いいの」

「私たちの役目は、街道を守ること」


 姉妹は改めて、魔王や魔道具師がいない負担を感じてしまう。


「そうよ、エム。私たちがしっかりして、魔王パパが大事にしていた魔王城も街道も守るのよ」

 

 びしっと最後は意気込みだけでテンペストは決める。

 街道を守る、という目的があって四人は辛うじて立っていた。






 魔王たちがいなくなってから、姉妹は毎夜誰かの部屋に集まっておしゃべりしてから寝るようになっていた。

 

 お菓子を食べて、お茶を飲んで、幸せなひと時を共有する。

 思い出話に花が咲き、笑うこともあれば、泣くこともあった。

 いつもの弾むような会話は少ないが、それでもしみじみと寄り添いあうことで、互いに支え合っていた。


 今夜はエムにデイジー、ドリームは寝間着に着替えているものの、テンペストだけはぴっちりと衣装を着ていた。時計を見ると、そろそろ、早朝に先触れで知らされた時刻になる。


「そろそろ行くわ」


 テンペストが立ち上がり、夜風を避けるために、ストールを肩にかけた。


「待っている、姉さん」

「白姉様、どんな話か、後で教えてね」

「いちねえ、負けないで」


「頑張るわ。人間の国の言いなりばかりになってられません!」

 

 拳を握り肩をいからせテンペストは、姉妹に見送られて出て行った。

 

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