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212,遠慮

「ライオット、よく来たね」


 扉を閉め、起立するライオットにフェルノは朗らかに声掛けする。


「はっ、はい! あの……、フェルノ殿下、王太子殿下はいずこに?」


 俯いたアノンは膝に乗せた両手を重ねてぐっと握る。

 ライオットはそんなアノンがどうしても気になって仕方ない。


「ブラストは先に戻ったよ」

「はっ、では、これにて……」

「待ってよ、ライオット。丁度、アノンとの話も終わったところなんだ」


 うまい言葉を探せないライオットは、俯くアノンの頭部を見て、さらに何を言っていいかわからなくなる。


(なんで、アノンがここに?)


 硬直するライオットを面白そうに眺めたフェルノは、アノンを軽く覗き見る。困惑するアノンは、目を逸らした。


「アノン、そろそろ馬車に乗り屋敷に戻ると言っていたのに、引き留めていてごめんよ」

「いいよ。悠長にしゃべっていたのは僕の方だ」

「私はここで待たなくてはいけない連絡がある。馬車に送ってもらうのはライオットに頼みたいんだ」


 これにはアノンも顔をあげる。引きつる頬に、なんで、と書かれていた。

 フェルノの笑みは有無を言わさない。


「ふっ、フェルノ殿下、しかし……」

 ライオットも慌てる。王太子殿下付きの近衛騎士として仕事中だと、事実を言いたかったが、受け止めるアノンがどう思うかと脳裏をよぎり、最後まで言葉を続けられなかった。


「ブラストの了解は得ている」


 言い切るフェルノは満悦の笑みを浮かべる。

 アノンとライオットは、フェルノがこの状況を画策していたのだと察知した。

 フェルノは立ち上がり、「失礼」とアノンの背後に回る。取っ手を掴み、椅子の方向を変えた。


 顔をあげるアノンとライオットは真正面で互いに顔を合わせた。互いに、互いを最後に見たのは、倒れた姿であった。

 ライオットは、アノンが生気を湛えた目で見つめ返してくれるだけで胸が熱くなった。

 アノンは照れて、顔を傾ぐ。それでもライオットに視線だけ向けてしまう。腹部を貫かれたのが夢であったかと思うほど、彼はしっかりと両足を地につけ立っていた。


 フェルノはライオットの前にアノンを連れて行き、立ち止まる。


「アノンはまだ歩けない。馬車まで送ってくれ」

「……、かしこまりました」

「よろしくたのむよ」


 横によけたフェルノが、扉へと先回る。

 ライオットは椅子に座るアノンの背後に立ち、椅子の取っ手を掴んだ。


「押すと浮くよ」


 フェルノの言葉通り、ちょっと押すと、椅子は数センチ浮き、前に進む。フェルノが開いた扉をアノンとライオットが通り過ぎる。


 すれ違いざま、アノンがフェルノへ告げた。

「今日は、時間を作ってくれてありがとう」


 ライオットは軽く会釈し、通り過ぎた。

 フェルノは微笑み、二人を見送る。 


 

 送り出し、扉を閉めたフェルノはソファに戻り、残った冷めた紅茶を飲み干した。


 フェルノはアノンにひと泡食わされている。驚いてくれたなら、二度目の仕返しも成功と言えた。


(アノンが女の子になっちゃったら、意地悪もしにくいよね)


 ニヤニヤしながら頬杖を突き、悪戯心を隠さずに笑む。


 再び、ノック音がしたので、「どうぞ」と答える。


 入室し一礼したのは、【圧殺隠者 ソリタリープレッシャー】だ。彼はフェルノが座るソファーの横まで進み、跪いた。


「伝言を伝え終えたご報告に参りました」

「ありがとう」

 

 目配せすると、【圧殺隠者 ソリタリープレッシャー】は黙って立ち上がり、退室する。


 ソファーに深く身を埋め、腹に組んだ手を添えたフェルノは微笑みながら目を閉じた。







「アノン……様」

「アノンでいいよ」


 おずおずと名を呼ぶライオットに、アノンはピシャリと訂正する。


「……アノン、元気そうで良かった。いや、この状態で、元気そうもないのはわかるんだけど……」

「そうだね。生きているだけでマシだと僕も思っている」

「そっか」


 ライオットが椅子を押し、王城内の廊下を進む。浮遊する椅子はそのまま階段を降りることもできた。


「ライオットも怪我、治ったんだね。話には聞いていたけど、無事でなによりだよ」

「ああ、もうすっかりいいよ」

「……」

「……」


 互いの無事を確認すると、言葉が続かなくなった。言いたいことは頭の中で行ったり来たりするものの、それが相応しい会話なのか、判別できずに黙りこくる。 


 あからさまに見下すことも、お節介を焼くことも、いがみ合いつつも、本音を零して関わってきた。ここにきて、今までにないほど、二人は遠慮し合う。

 言っていいのか、悪いのか、ぐるぐると内側で回り続ける。


 相手がどう思うのか、相手がどう感じるのか。それがひどく気になっていた。


 王城の正門から外へ出るまで、二人は終始無言であった。






 公爵家の紋章が刻まれた馬車は、正門傍に停まっていた。アノンの影が見えたからか、御者が降りてきて馬車の横に控えて立つ。


(俺の役割もこれまでだな)


 公爵家の人間だと聞き及んでいても、いつも塔に引きこもっていた無作法で無遠慮で、魔法使いの装いしかしないアノンから、今まで身分の違いを実感する機会はなかった。嫌悪するのも助けるのも、どこか対等な気さえしていた。

 

(最強の魔法使いの護衛なんて、一番辞めたかったはずなのになあ) 


 今さら何を思うのかとライオットは自分を叱咤する。

 御者が目に入ったアノンがぽつりと話を始める。


「ライオット。僕は公爵家の一人娘になった。性別に関わりなく僕は家を継ぐことになる」


 ライオットはますますアノンと自分の違いを感じる。家を継ぐなんて、三人も兄がいるライオットは生まれた時から視野の外にあった。


「体が回復したら、女性として社交の場にでることになる。家を継ぐ上で、配偶者も選ぶことになる。後継ぎも必要だと、周囲は見るだろう。魔力が多すぎた時も、今も、僕はなにか、どこか、縛られている」


 それきりアノンは口をつぐむ。ライオットもなにも答えなかった。


 御者の前につき、ライオットは椅子の取っ手にかけていた手を離す。回り込んでくる御者のために横にずれた。

 

 アノンは少しだけ顔をあげた。横を向くために、体をひねることはまだ難しかった。実は首も完全には回らない状態であった。


 アノンは、フェルノの気遣いを理解していた。近衛騎士と公爵令嬢になったアノンの接点は、今後どんどんなくなっていく。


 魔王討伐の白騎士ライオットを婿養子にと希望する貴族も出てくるかもしれない。そうなれば、アノンは舞踏会などで互いに見ず知らずの配偶者を連れ立って、社交辞令を交わし合うことになる。

 目を背けなければ、未来はそんな風に見えた。当たらずとも遠からず、アノンとライオットの未来は決裂する。

 

 フェルノとリオンと、ライオットの状況を侍女に聞いた時、誰よりも、ライオットのその後が気になった。


(ここで、自分に嘘を吐いたら後悔する)


 世界から預かった力を失ったたった一人のちっぽけな少女は手を伸ばす。


「ライオット」

 

 アノンが掲げ上げた手をライオットは握ってしまう。


「ライオット。顔を見せて」


 体が不自由なアノンに配慮し、正面に回ったライオットはアノンの前にしゃがむ。

 アノンはもう片方の腕を伸ばし、その手でライオットの前髪をかき上げた。


「ライオット、本当に、無事でよかった」





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