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211、黒騎士の弱み

 王太子に頼まれた書類を届けにライオットが将軍の執務室に入る。将軍とともに補佐につくリオンがいた。久しぶりに顔を合わせた二人は目礼し、ライオットは要件を切り出した。


「将軍、王太子殿下から預かりました書類を届けに来ました」

「ご苦労」


 受け取った書類を机の端によけた将軍は、執務用の机に肘をかけて、組んだ手の甲に顎をのせた。


「王太子殿下に仕えて、しばらく経つが慣れたか」

「はい、慣れました。殿下の視察の同行や日々の護衛など、数人で持ち回りが組まれています。同僚との意思疎通や連携も流れるようで、すべて王太子殿下の温和なお人柄の賜物と思っております」


 姿勢を正したまま、ライオットは真面目に答える。


「そうだな。第二王子という立場だけで難色を示す者がいるなかで、十二歳という年齢でよく頑張っておられるだろう」

「本当に……、ここだけの話を呟いてもいいですか」


 ライオットはひそっと声を潜めた。

 将軍はにんまりと笑う。


「いいぞ」

「フェルノ殿下と本当に兄弟ですか。フェルノ殿下と王太子殿下の性格が違いすぎて、びっくりします」


 距離を置き立っていたリオンも反応し、拳を口元に寄せた。あからさまに笑いはしないが、思い当たる点は多かった。


「真面目で堅実な王太子殿下を見ていたら、俺は人選間違っていないと確信してしまいますよ」

「なんだそりゃ」

「それはフェルノですから。なあ、リオン」

「……」


 口元に寄せた拳を開き、リオンは回答を控える。肩をすくめたライオットは、天井に視線を投げて戻した。


「では、王太子殿下がフェルノ殿下の元へ訪問されておりますので、お迎えに戻らせていただきます」

「まあ、待て、待て」


 声をかけた将軍が、手招きをした。


「しばらくぶりのリオンとの会うのだ。積もる話はないのか」

「積もる話と言いましても……」


 ライオットは、騎士として復帰する中で数回リオンとは会っている。その時に、積もる話は済ませているつもりだった。


「では、この度、リオンが爵位の叙勲を受けることになったことは知っているのか?」


 さすがのライオットも、その話は初耳だった。


「本当なのか、リオン」

「……本当だ。まだ内々だから、なにも言わないで欲しい」

「そうか。魔神、いや。魔王を倒した時、最後まで立っていたのはリオンだもんな。すごいな、やっぱり、さすがだ」

「その辺は、色々、経緯があるんだよ」


 複雑な表情を浮かべるリオンに、ライオットは瞬く。


「なんで。そんなに喜べない? 実感がないとか」

「それもあるがな」

「将来、将軍に出世するための準備みたいなものか」

「それもあるかな」

「なんだよ。ずいぶん、歯切れが悪いな」

「いずれ分かるよ」


 二年間フェルノの護衛をしてきたわりにつれないなと言いたげなライオットの視線に困り果て、リオンが将軍に似つかわしくない恨みがましい目を向けた時だった。


 執務室の扉が勢いよく開いた。


「リオン様!」


 飛び込んできたのは、フレイ姫だ。

 予告どころかノックさえなく現れたフレイにライオットも度肝を抜かれる。

 ずんずんと入ってくるフレイ姫。後ろについてきた女官が、姫が押し広げた扉をそそと閉めて、扉近くに佇む。


 困り顔のリオンが、ちらっとライオットに視線を向ける。こういうことだよ、と、その視線が語っているようにライオットは感じた。


「爵位の叙勲を受けてくださると聞き、飛んできました! っということはですよ。っということは、あの話も受けてくださると言うことですね」


 フレイ姫の目にはライオットも将軍の姿も映っていないようである。将軍を見れば、同じ態勢で、目だけ閉じ、平静を装っていた。 


(笑いをこらえていやしないか、将軍)


 ライオットの勘は正しい。


「まあ、そうですね……」


 リオンの低く小さな肯定に、フレイの目はきらきらと輝く。


「夢のようですわ。リオン様、長らくお慕いしておりました。ブラストの指南役時代から追っかけてきたかいがございます」


 あからさまに困り果てるリオンという珍しさにライオットはまばたきも忘れそうだった。


「フレイ姫……」

「まあ、リオン様。よそよそしいのは嫌です。これからはフレイとお呼びくださいませ」

「あのですね、ここは、将軍の執務室であり……」


 ライオットの表情が崩れていく。

(なんだ、このやり取り。これが爵位の叙勲とかかわるのか?)


 眉を歪めるリオンに、フレイは不安げに眉を寄せる。


「リオン様。叙勲をお受けになるのでしょ。ならリオン様は、一緒に承諾くださるという意味ではないのですか?」

「それは、まあ。一緒ですから……」


 バツが悪そうにちらりとライオットへ視線を流すリオン、魔神相手に見せた太々しさの欠片もない。

(リオンが、俺に助けを求めた?)

 ライオットはぽかんとふたりのやりとりを凝視する。


「爵位の叙勲。そして、私の婚約者になると、受けてくださったのですね」


(婚約者!?)

 リオンがはっきりと発言できない事情をライオットはやっと理解した。


「……そうですね」


 あのリオンが苦笑しながら、肯定する。

 ぱっと華やいだフレイがリオンに抱き着く。


「嬉しいです。生涯、大事にして差し上げます」


 男性が女性に言うセリフを嬉々として捧げるフレイに、リオンは困惑し通しである。


(うわ~。フレイ姫ってこういう性格だったのか)


 二人のやり取りはまだまだ続き、滅多に見られないリオンを傍観していたいところだが、ライオットにも時間がない。


「将軍。俺、もう行っていいでしょうか」

「そろそろ、時間だ。良いだろう。フェルノ殿下の元へ迎えに行け」


 今度は、しっしと将軍はライオットを払う


(なんだ、なんだ? さっきと今の扱いの違いは)


 訝りながら将軍の執務室を、お喜びのフレイ姫と、困惑するリオンを背にライオットは退室した。

 

 廊下に出たライオットは、まっすぐにフェルノ専用の執務室へと向かう。


 




 フェルノの部屋ではすでに王太子殿下は姿を消し、アノンとフェルノは二人で話し込んでいた。真面目な話を終え、雑談が混じり始めた頃合いだった。


 アノンが眉間に皺を寄せて、不服そうな表情でぼやいていた。


「遺跡から出た時。ライオットにさ。隠し事はないなって責められたよ。なんで、あいつ、ああいう時に、勘がいいんだろうな」


 ソーサーに置いたスノーボールを忌々し気にアノンは口に放り込んだ。


 扉がノックする音が響く。


「どうぞ」

 

 フェルノが声をかけると、扉が開く。

 ライオットが現れた。


「失礼します。王太子殿下をお迎えに来まし……た……」


 椅子に座るアノンの頭部を見つけるなり、ライオットの語尾が急にしぼんだ。





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