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209,遅い告白

 アノンは侍女に髪を梳いてもらっていた。肩につく程度には長かった髪を、より長く伸ばしている最中である。魔法使いからご令嬢に様変わりしていく様を、鏡を通し見つめる。


 黒いローブもクローゼットから別の部屋へと移した。魔法使いの小道具もすべてその一室へと移動させた。魔力を失って、魔法に関連する品が部屋にあるのが辛かった。かといって、捨てることもできず、目隠ししたのだ。


 代わり、女性用の大きな鏡台と姿見が置かれ、クローゼットも追加された。鏡台の横には宝飾品用の飾り棚も置かれている。衣装も宝飾品も化粧道具もなにもかも、雑草のように増えていく。


(なんで、なんで、増えていくんだ)


 母と侍女が、きゃあきゃあと喜んでいる様を、遠い目を向けて眺めることしばしば。おそらく、彼女たちにとって、アノンは着せ替え人形なのだ。


(男であることより、女である方が喜ばれるってなんだよ)


 人知れずむくれていても、慰める者はいない。そんなアノンをよそに、目の前に色とりどりのドレスが躍り、げんなりする間に着替えが終わる。日々のことに、慣れつつもあった。


 今日はそれなりにめかしこんでいる。


 陽気が暖かく、鳥のさえずりが響くベランダに、ティーセットまで用意し、待つのは【四重円舞 ソリタリーチルドレン】。エクリプスの姉である。


 アノンに定期的に魔力を補給する医療者としてリタが選ばれた。幼少期から見知っているための人選だ。過去のことがあるため、アノンにも伺いは立てられたが、首を縦に振った。


 侍女が【四重円舞 ソリタリーチルドレン】の来訪を告げる。部屋に通し、ベランダの茶席に案内した。テーブル越しに手を重ねて、リタの魔力がアノンに注がれる。手が離れ、儀式のようなひと時が終わる。茶を淹れた侍女が下がる。


 エクリプスと同じ青い髪を流すリタが笑う。


「前回から、二割ぐらい魔力量を減らしたわ。動きが辛くなったら、連絡して。緊急の場合は、ご家族か魔力のある使用人に頼んでね。どういう時に救急な対応が必要かの条件は以前と同じよ。エクリプスが作った椅子で、使用人とお出かけする分には好きに出かけても構わないわよ。

 あと、不便はないかしら。ほら、女の子になってしまって、困ることとか、ない?」


「今は体を動かすだけで精一杯だから、女性特有というより、人として体を動かせないことが厳しいよ」


「アノンが再び私を選んでくれるとは思わなかったのだけど。公爵家のご当主は、アノンの身体を知るだけでなく、女性として困ったことがあれば相談しやすい相手として私を選んでくださったの。本当に困ったことがあったら言ってね、アノン」


「月のものとか、話には聞くけど、さっぱりだよ。体つきとか、声とか、胸とか。違いは分かるんだけど、本当にまだ動かすだけで精一杯なんだ」

「そうねえ。普通の女性でも、健康を害すると月のものは影響が出やすいもの。体の回復がある一定以上進むまではなにもないかもしれないわね」


「うん。腕はある程度感覚を取り戻したけど、足はまだだし、体も部分的に麻痺が残っているよ」

「長い道のりね」

「数年はかかりそうだよね」


 リタは苦笑し、アノンは肩をすくめた。

 紅茶が注がれたカップの取っ手を持つ。片腕が義手でであるリタは、ソーサーを持ち上げない。動く指先で、取っ手を掴みカップを口に寄せた。

 つられて紅茶に口をつけ、アノンは真顔でリタと向き合う。


「リタ。ごめんなさい」

「あらあら、どうしたのかしら、改まって」

「ありがとう」

「どういたしまして」


 アノンは一呼吸おいて、大きく息を吸った。


「リタ。僕は、あなたが大好きでした」


 リタは目を丸くして、微笑みを返す。


「光栄です。可愛い、可愛い、王子様」


 二人は軽く笑いあう。

 リタは微笑ましくアノンを見つめ、アノンは照れて、スノーボールに手を伸ばした。


 リタとの対話を切り上げ、アノンは出かける。王城までの迎えには、エクリプスがやってきた。姉と挨拶をかわし、役目が入れ替わる。


 浮遊する椅子に座り、背もたれについた持ち手を握り、エクリプスが必要な魔力を注ぎながら押す。


「体調はどうだい、アノン」

「今日はリタが来てくれたし、調子はいい方だよ」

「よかった。では、行こうか」


 エクリプスに押してもらい、用意された馬車にいく。御者が扉を開けた。エクリプスが椅子を浮かし、馬車内に椅子事アノンを乗せる。馬車の座面に手をつけて、椅子から馬車の座面にうつる。椅子を奥に置き、エクリプスが座ると、御者が馬車の扉を閉めた。程なく、がたがたと馬車は走り出す。


 都周辺は飛行禁止であり、身分や魔力の有無関係なく、無断で飛べば罰せられる。都内の移動は馬車に頼るのが一般的であった。


(自動車や単車って便利だったな)


 馬車に乗りこむたびに、アノンは異世界を思い出す。座面は設えられていても、快適さや乗心地は自動車の方がずっと良かった。速度も含め、馬車はどうしても、自動車より見劣りした。






 フェルノは自室で王太子である弟のブラストと、ソファ席で向き合っていた。


「色々、大変だったろう。ブラスト」

「兄上ほどではありません」


 二人、同時にカップに口をつけた。


「魔王を討伐した第一王子は邪魔になる」

「兄上がそれを言いますか」

「立場をよく分かっているだけだよ。私を擁立したい者が現れてもおかしくない。ブラストが王太子になることに疑念を持つ者もくすぶっているはずだ」

「そうですね」


「損な立場だね」

「兄上ほどではありません。人々は兄上が背負わされたものの重さを知らないのです」

「知らなくてもいいことだよ、ブラスト。日常とはかけ離れた絵空事に、心身を疲弊させる必要はないのだよ。

 私はブラストが心配だ。

 これからも第二王子であることで、なにかと突かれる可能性もあるだろう。私がいなければ、そんなこともないのに」


「御心配には及びません。サッドネスも、エクリプスもおります。将来は将軍職にリオン殿を迎え入れる準備も進んでおります。私の周りは優秀な者が揃っております」

「リオンもなかなか大変な立場になるね」

「しかし、リオン殿には頑張ってもらわないと、とても困ります」

「頼りにしているんだね」

「はい、心から」


 兄は笑み、弟ははにかむ。


「ブラスト、私の先行きを支持してくれてありがとう」

「いいえ。兄上の英断を、心より尊敬申し上げます」

「色々含めて、助かるよ」

「お力添え出来てなによりです」


 ふふっとフェルノが笑むと、笑顔でブラストは胸を張った。


 扉のノック音が響き、フェルノは「どうぞ」と声掛ける。入ってきたのはエクリプスとアノンだった。ブラストは、「それでは失礼します」と立ち上がり、去ってゆく。


 エクリプスはローテーブルの横にアノンが座る椅子を設置した。その間に、女官がお茶を淹れなおす。エクリプスはすぐに去るからと遠慮した。エクリプスが退室し、お茶を淹れた女官も去らせた。


 部屋には、フェルノとアノンが二人きりで残される。


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