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207,消滅

 リオンは、尾を薙ぎ払い。反転する。フェルノが胴を燃やし尽くさんとしている時、頭部がごろごろと左右に振れた。

 胴体の首元で火柱を立てるフェルノの横を通り過ぎたリオンは、転がってもまだ動く魔神の頭部を目指す。

 

 リオンの体は魔神のように再生した。驚異の回復力がなんなのか。リオンには分からない。今はまだ、それについて考える余裕はなかった。

 

 走り込んだリオンは魔神の眉間に剣を立てた。深紅の炎を噴き上げ、魔神の頭部を燃やし尽くす。





 青く細い雷をバチバチと体周辺に飛ばしながら、青い炎をぶつけるフェルノに更なる映像が脳裏にうつりこむ。見たくないと目を閉じても、映像はしっかりと頭にこびりつく。


 黒髪の少年がジャッジを抱く。

 走る稲妻が二人に迫る。


 嬉しそうなジャッジが少年の肩にすり寄る。

 少年の目が前を向く。


 穏やかな笑みをたたえる。その顔を見て、フェルノは目を見開いた。


(アノン!?)


 アノンは紫の瞳に薄紫の髪色だ。別人にしては似すぎている黒目黒髪の少年を、迫る青い雷撃はその勢いを止めることなく飲みこんだ。


 フェルノはすべてを燃やし尽くした。

 足場にしていた魔神の身体は崩れ落ちる。バランスを崩しても、青い炎は弱めなかった。死体の肉片一つ残す気はない。すべてを消し去るまで、魔神の肉体を燃やし続けた。





 真っ黒に焼けた地上にフェルノは膝をついた。剣先が地に落ちた。両手から柄を離すと、カランと横倒しに倒れ、からんころんと鳴って静まった。

 

 膝を折ったフェルノが両手を地面につけた。開いていた手を握る。土を爪でかいた。


 空っぽのはずの心に、哀しみが広がる。虚しいしかなかった穴に、悲哀という泉が湧く。


 頭を振った。


 魔神を殺した。

 寂しい子どもを消した。

 アノンにそっくりな黒目黒髪の少年は穏やかに笑っていた。

 ジャッジは満足そうにほっとしていた。


 最後の光景を反芻する。ただただ、忘れないように、何度も何度も思い描いた。


 真横に人の気配がした。横をむくと真顔のリオンがいた。


「泣いているのですか」

「泣いてない!」


 向きになって叫んだフェルノが、片腕で両目をぐいっとぬぐって、睨む。

 リオンは柔らかく苦笑する。


「魔神は消滅しました」

「そうか、終わったか」


 心身が疲弊したフェルノは安堵し、そのまま意識を失う。

 前のめりに倒れこんだところを、リオンが腕を差し入れて支えた。上空へ目を向けると、飛んでくる魔法使いの一団が見えた。






 魔王城の塔最上部へエクリプスが飛び込むと同時に、人間の国から派遣された医療系魔法使いが、エムに導かれ到着した。重症のライオットと、辛うじて意識を取り戻したばかりのアノンを連れて、人間の国へとすぐさま飛んだ。

 魔力を相当量消費していたエクリプスも同乗する。サッドネスは、事後処理のために残った。


 国営の総合医院に二人は運ばれる。

 ライオットは面会謝絶になり、意識が戻るまで手厚い看護が、国より指示された。

 アノンは半日も置かず、医療設備を整えた公爵家へ運ばれた。


 巨大な魔神の遺骸が横たわる地へ、ドリームの案内で魔法使いと騎士が到着する。遺骸を処理する魔女二人と合流する。キャンドルの耳をふさいだリキッドが状況を説明した。

 空を飛びながら魔神と戦うフェルノたちを目撃していた彼らは状況を把握し、騎士たちが遺骸処理を行い、魔法使いや魔術師がフェルノの元へ向かうことにした。


 フェルノとリオンが魔神を屠り、遺骸を消滅させた頃に、彼らは二人の上空へ到着した。


 魔法使いたちは、跡形もなく燃やし尽くされ、土を黒く焦がす影しか残らなかった話をリオンから聞き、仰天する。


 フェルノとリオンを人間の国へと運ぶ一人を除き、森の延焼を止めるために魔法使いは留まる。延焼を食い止めてから、遺骸処理を行う騎士と合流することとなった。


 騎士と魔術師、魔法使いが滞在し、事後処理にあたり、サッドネスはまとめ役として魔王城に留まった。すべての処理が終わるまでは人間の国とのやり取りも含め時間を要した。


 その間、魔王城の代表として姉妹は駆り出され、家族を失った悲しみを実感する間もない目まぐるしい日々を送ることになった。




 


 リオンはライオットと同じ国営の医院に連れられ、数日の検査を受けた。四人の中で、直後から立って歩けたのはリオンだけだった。


 病室のベッドで寝ながら、リオンは魔神との戦いで起きた、不可思議な体験を何度も思い出し、繰り返し考えた。


(俺は魔神のように体が再生したのか)


 体の傷が瞬時に癒えた。その出来事は誰にも言えなかった。


 リオンは自身が始祖の血統につながることをまだ知らない。魔物の核を有する始祖の血を引き、その核を継いでいるとは想像もしていなかった。


 リオンは検査結果も良好。近々に騎士の独身寮に用意された一室にうつることになった。



 



 フェルノは王城へと運ばれた。万全の医療体制が整えられたが、目立ったケガはない。疲労が激しく、三日寝こみ、目覚めた。さらに数日、検査の日々を送る。


 自由に動けるようになり、山近い屋敷に移されるのかと思ったら、王城内に部屋が用意された。自室と執務室が併設し、女官や文官の出入りも増えた。フェルノは丁寧に扱われ、穏やかな日々を過ごす。

 事後処理のため将軍や宰相との会談に追われる。忙しくはあるが、心身は穏やかだった。

 平穏な日常により、魔寄せの体質による影響は確認されなかった。



 



 ライオットは数日で意識を取り戻したものの、怪我の程度が重く、集中的な治療を施された。入院は一か月に及んだ。医療費は国が負担し、家族への連絡も魔法使いが飛んだ。付き添いに都に出た長女には侯爵家により、病院に近いアパートメントの一室が貸し与えられた。異例尽くしの対応に男爵家は驚くが、感謝し、施しを遠慮なく受けた。

 

 退院後は貸家の一室にライオットは移った。お節介な姉の世話を受けながら、日常生活の回復、身体機能の回復などに努めた。


 貸家と病院を往復し、三か月後には騎士団に顔を出せるようになった。すでに復帰していたリオンともそこで再会した。将軍の元に訪ねた時は、フェルノも顔を出した。

 そこでフェルノ付きの騎士から、王太子の近衛騎士へ異動が命じられ、ライオットは晴れて念願のフェルノの護衛から解放されたのだった。

 

 あまり嬉しくはなかった。

 ライオットが本当に離れたかったのはアノンからだ。そのアノンと、今、離れたいのかと言われたら、答えに窮する。

 意識がもうろうとしたままだったアノンは公爵家の屋敷に運ばれるなり、再び深い眠りにつき、未だ目覚めていないと将軍から聞き、胸が痛んだ。


 王太子付きの近衛騎士として復帰する日取りが決まった。

 まだ数日、のんびりと余暇を過ごせる日々のなか、思い立ったライオットは、公爵家の門前まで行ってみた。

 手土産も思いつかず、ただ訪ねた。


 門前を挟んだ道で立ち止まり、前に進めなかった。


 由緒正しい王家の血筋を受け継ぐ公爵家の門構えは、ただの貴族の屋敷ではなかった。怖気づいたライオットは、そのまま引き返す。


(あんなお屋敷に暮らすお坊ちゃんなら、世間知らずでも当然か)


 妙な納得感とともに家路についた。


 アノンが目覚めたのはライオットが復帰した数日後であった。


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