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204,悔し涙

 リオンは、頭上に振り上げられる尾に、意識を向けた。


 ライオットが魔神の体内を詮索している間に尾は再生していた。本数も減り、細くなったものの、武器としての柔軟性は再現されいている。数本の鞭を同時に駆使する相手の難易度は変わらない。


 落ちてくる尾の先端が硬化する。直線的に落ちるかと思いきや、うねり始める。俊敏で柔軟な動きをを維持したまま、先端だけを刃先のように尖らせていた。

 避けてもリオンの動きに合わせて、先端の向きを変えてくる。


(蛇のように獲物を追うか。本体が小柄になり、尾が細くなった影響か)


 リオンは剣を斜めに振り上げ一本の尾を薙ぎ払った。剣を返し、横に飛ぶ。伸びてくる尾に向けて、炎を纏う剣を振り下ろす。硬化した尾の先端を叩き落した。


 フェルノの無事を尻目で確認する。

 

 傷ついたような感情に揺り動かされるフェルノの表情を初めて見た。


 驚くのも一瞬、意識は前方から迫る尾に戻す。


 刹那、視界の端に映った魔神の背にのるライオットを、尾が貫いた。

 

「「ライオット!!」」


 さらなる尾がライオットに迫るものの、フェルノへもその矛先は向いている。


((間に合わない!))


 リオンはフェルノの護衛だ。

 ライオットより優先すべき対象はフェルノだった。

 

 リオンは頭上に落ちる尾を薙ぎ払った。

 

 尾が弾かれると、青空が開く。空を飛ぶ尾は分が悪いと、一旦、引いた。


(フェルノは、ライオットは)


 気になるものの、身は一つ。出来ることは限られている。


 直後、背後からフェルノの、感情的な怒声が響いた。


「魔王城へ行け、エクリプス! 姉妹と協力し、ライオットを助けろ!」


(なにがあった)と、リオンは振り向く。

 振り向きざまに、エクリプスがライオットを乗せて飛び去っていく様が見えた。それも、一瞬で視界から消え失せる。


 後方に飛ばされたフェルノが、必死の形相で着地する。


 悔しがるような、泣きそうな、とにかく歯を食いしばるような必死な顔だ。


 ライオットによって助け出された直後の表情にもリオンは驚かされていた。あからさまに傷つき、泣きそうな表情を露にするフェルノなど、リオンは見たこともない。

 

 フェルノは本心を隠し通す。たとえ、傷ついていても、その傷を覆い隠して、笑うのだ。彼が茶化したり誤魔化したりする本当の対象は、リオンではない。それは自分自身。自分の本心を自分に対し、目眩ましして生きていた。


 リオンは、そんな彼の心底を横目で見ながら、仕えていた。

 そのフェルノが、今、目の前で、感情を表す。叫び、傷つき、泣きそうになっている。


 着地したフェルノがすっと立つ。立ち姿は洗練され、美しい。

 背面に飛んだリオンは、フェルノの横に立つ。


「泣いてらっしゃるのですか」

「泣いてない。私は泣いてない!」


 袖で両目をぐいっとぬぐったフェルノが顔をあげる。

 十八歳を迎えたばかりの青年が真っ直ぐ前を向いた。







 ゴシックことコアは、とぼとぼと闇間を歩く。

 長い旅の終わりももうすぐだ。


 コアは二度死んでいる。

 一度目は、肉体を現実世界に置いてきた時。

 二度目は、今日、フェルノに魔物の核を破壊し、そのすべてのエネルギーを剣と彼につぎ込んだ時。

 

(どれもこれも、実に他者のために死んだようなものだ) 


 コアは現実世界から仮想世界に渡り、三百年以上、一人格を維持し記憶を有する。そこからたどれば実際の年齢は三百三十二歳だ。


 人間の記憶に残ると言われているのは、五、六歳頃という。コアの記憶にも幼稚園の卒園時期の記憶が最も古い。幼児期の記憶では必ず三本の尾を持つ猫型のぬいぐるみを抱いていた。


 人間は子育てを母親に押し付けてきた。親が子供への良い影響力の低さがうたわれるようになっても、なぜか親が子に与える影響を過剰見積もりする傾向は廃れなかった。子どもを社会で育てるという概念はあっても、それは子どもを守るという正義感の元、母親への監視にすり替わる。 

 

 子どもの成長に不可欠なのは、安全、ぬくもり、栄養、ふれあい、対話、である。支配欲が強い親、必要十分なぬくもりを与えない親、過度な期待、過度な偏見……、偏ったあり様が問題であり、それは親個人だけで解決できないことも含め長らく放置されてきた。時代は進み、出生数が減った。円滑に少ない子どもを養育するため、ひいては事故防止の観点が先んじて、子どもに一人一体、人工知能付きのぬいぐるみが支給されるようになる。

 母親の雑務の半分以上は代替可能であった。


 コアはそんな子育てが定着した後に生まれている。

 人工知能付きのぬいぐるみの原型は、子供向けゲームのキャラクターだった。その中で、四足を自由に動かし、柔らかい獣型が数体選ばれていた。羊型が一番人気であったが、コアの母親が選んだのは猫型だった。

  

 それがコアと【死屍累々ジャッジメント】の最初の出会いだ。


 猫型人工知能付き養育ぬいぐるみが役目を終える頃、子どもはゲームで遊び始める。ゲーム会社がキャラクターを提供するメリットはそこにあった。


 コアは順調に大人になり、研究職につく。ゲーム会社のエネルギー開発部門に配属された。仮想世界から現実世界への物質の具現技術が進み、その流れは現物資源から仮想資源につながっていく。


 とあるゲームを舞台にした仮想世界の樹海がステージに選ばれた。


 媒介とするモンスター選定を巡り、画面上で研究職同士が会話する中で、ある女性研究者が呆れて忠告してきた。


『コアは【死屍累々ジャッジメント】を選ぶの? しかも、養育時のモンスターなんて、思い入れがあるモンスターでしょ。それ、誰も選ばないわよ』

『いいじゃないか。俺が会いたいだけなんだよ』

『いずれは出荷されるのに! 信じられないわ、その選択』

『そう……。会えるなら、もう一回会いたいだけだよ。子どもの頃の思い出なんだし』

『過去、美化しすぎよ。大抵は私情を交えない【眼球 サイコ】や【虚無 アイミーマイン】を選んでいるのよ』

 

 会話をふりかえるたびに、コアは女性研究者が正しかったと思い知る。

 

 そんな風であっても、当時はプロジェクト自体のどかにすすんだ。コアはモンスターを育てる側として、ゲーム内にもぐりこみ、今は魔王城の別邸と呼ばれる、こじんまりとした屋敷で、現在の魔物となるモンスターを飼っていた。


 仮想世界であてがわれた肉体の光彩にコンタクトレンズ型の装置をつけて、コアは現実世界と交信する。一日は、モンスターの餌やりなどの飼育と掃除で過ぎていく。


『まったく、これじゃあ、どっかの農業か酪農のシミュレーションゲームですよ。

 ……。

 この前アップデートしてくれた、モンスターが寄ってくる仕様は便利です。森の中を探索する時間が半分になりました。

 ……。

 それより、樹海のどこに誕生するか分からない仕様なんとかなりませんかね。根本はそこですよね、問題』


 モンスターに囲まれ、世話をして過ごす。何度か現実世界に送り出し、不具合を調整する。木々に囲まれ、生き物の世話をして生きることは、ただそれだけで充足感が高かった。

 

 現実世界への転送不具合も調整され、いよいよ本命の【死屍累々ジャッジメント】を送り出す日になる。

 探求心と好奇心の研究が事故で終るとはだれも思わなかった。


 過去に思いをはせながらコアは闇に溶けて歩み去る。


 三度目は、自分のために死ぬのである。



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