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202,救出

 魔神の身体から手を離したライオットは真っ先に槍へ手をかけた。柄を両手で握りしめ、魔神から槍を引き抜く。凍り付いた傷口から血は流れない。

 間髪入れず、魔力を振り絞った。武器を通して体へも魔力をいきわたらせ、身を包む。


 再び、ライオットは魔神の身体に槍を突き刺す。

 魔神の肉に白刃がめり込む。鮮血も散らなければ、傷口が凍り付くこともない。増幅した魔力そのもので包まれた槍の刃は、肉の奥につながる異空間へずぶりと刺さる。


(届け。届け! フェルノがいる、異空間まで!!)


 ぬめぬめしい感覚が伝わってくる。魔物の核を欲する魔法使いとは違い、異空間の感触に慣れていないライオットは眉間に皺を寄せた。武器と全身に魔力をいきわたらせ、維持する労力も合わせて、額に汗が浮かぶ。


(裂く、フェルノを引きずり出す、拳銃を放つ)


 とるべき行動を繰り返し、心の内で暗唱する。


 刺した槍を左から右へ一直線に引っ張った。ぱっくりと裂かれた傷口には赤々しい肉も現れず、血も流れない。ただ底なし沼のような黒々しい闇が広がる。

 

 刺した槍の柄を支えに、ライオットは身を乗り出す。柄を媒介に魔力で覆った体ごと、黒々しい傷の奥深くへ腕を伸ばした。





 突風が吹いた。

 フェルノは、ジャッジをかばう。


 上空を見上げると、ばっくりと真っ黒い裂け目が広がっていた。そこから風が吹き荒れ、森を、芝生を、屋敷をぐらぐらと揺さぶった。

 青空が剥がれ落ちるように、裂け目は広がっていく。

 

 色が落ち、景色がボロボロと形を崩す。

 白い空間に、大小さまざまな砕かれた破片が散る。

 その破片には、さっきまでいた森や芝生、屋敷の断片が映っていた。


 突風とともに訪れた変化にフェルノは惑う。


(いったい、なにがあった?)


 空間の変化に気を取られ、手もとの変化に気づかなかった。目の前にいるはずのジャッジがいない。

  

「ジャッジ?」


 周囲を見回す。広い空間内に、フェルノ以外の気配は感じられなかった。

 だだっ広い白い空間には、景色を映す破片しか浮いていない。大ぶりな欠片がいくつかが目についた。その中に、屋敷の前に立つジャッジが小さく映っていた。

 フェルノはその欠片に向かって走った。


 景色を映す鏡面を叩く。空から見下げるような景色の中央で、ジャッジは人を探すようにフラフラしていた。


「ジャッジ、ジャッジ」


 ジャッジはきょろきょろするばかりで、名を呼んでも一向に気づかない。


(この景色は、魔神の記憶、または思い出? ある種の心象風景なのか?)


 鏡面に肘を当て、何度も拳で叩いた。


「こっちだ、こっちを向け」


 魔神の心象世界に入り込む術が思いつかない。そもそも、なぜフェルノが魔神の心象風景にまで導かれたのかも説明ができない。魔力で身を固めて、魔物の内側に入るなど、誰も経験がないことである。数多の本を読んでも、そんな前例について記述はなかった。


(なぜだ。なぜ)


 ジャッジはただの幻なのか。魔神の核と思ったのは、ジャッジが異空間にいたからなのか。魔神の小さな記憶に触れた勘違いなのか。

 魔神の核は魔神そのものだ。記述はなくとも、記憶を宿していてもおかしくはない。


(私たちは、魔神についても、魔物についても、本当はなにも知らないのか)


 目の前のジャッジが過去の記憶で、今を生きている魔神とは違う者なのかもしれない。魔神の心の奥に潜む、本来の魔神の姿なのかもしれない。


 フェルノのなかに、寂しがりの子どもが潜んでいるように、魔神のなかにも潜んでいるのかもしれない。


(分からない、わからないけど……)


 フェルノは、壊れていく世界に、寂しい小さな子どもを残していくような、いたたまれなさを感じていた。


「ジャッジ、気づけ。こっちにこい」


 聞こえるわけもない。届くわけもない。フェルノの目元が歪む。唇を噛んで、目の前の鏡面に額を打ちつけた。


 その時、フェルノの襟首がつかまれた。

 

(あっ!)


 背後の動きに、気づく間もなかった。


 後ろに引っ張られ、ジャッジが映る鏡面から強い力ではがされる。


 フェルノは目の前の鏡面に手を伸ばした。

 鏡面にひびが入った。バリンと割れる。跡形もなく、ガラスの欠片が散った。


 突風が暴風に変わる。

 風景を映す鏡面は更なる力で煽られて、互いにぶつかり、風に圧迫されて、粉砕されて行った。

 破片は散り、霧散する。


 フェルノは首根っこを掴まれて引き上げられる。白い空間を抜け、真っ黒い空間にうつる。何も見えなくなった。さらに引き上げられ、陽光が目に刺さった。眩しさに目を閉じる。


「御無事でなによりです」


 聞こえた囁き声は、ライオットのものだった。






 ライオットは魔神の体内に潜む異空間から、フェルノを掴み上げた。


「御無事でなによりです」


 閉じた目を開くフェルノ。見開かれた灰褐色の目を潤ませ、唖然とした表情を浮かべる。そんなフェルノをライオットは、ありったけの力で、後ろに投げ捨てた。


「ライオット!」


 フェルノの呼び声にも振り向かない。ただ腰の拳銃を引き出した。最後の一発を放つことに集中する。


(全部使い切ってやる。こんなでっかい的、外すわけねえ)


 拳銃の銃口を裂いた魔神の異空間に向ける。狙うも何も、目の前である。

 ライオットは発砲した。どおんっと銃声は異空間に消えていく。


(やった!)


 アノンから預かった魔力をちゃんと意味ある形で昇華した。


 満足感に打ち震えた時、ライオットの背は隙だらけだった。


 その背に向けて、魔神の尾が落ちた。






 咄嗟のことにフェルノは両手足を浮かし、為すがまま、背後に放り投げられる。

 手のひらを向けるライオットの姿が遠くなる。


「ライオット!」


 もう片方の手が何かを握り、魔神の異空間につきつける。

 どおんと重い音が響く。


 その時、フェルノの頭上に影が差した。斜め上を見上げると、迫る魔神の尾が見えた。細く鋭く硬化した尾がフェルノに迫る。


 動揺するフェルノは出遅れた。剣を引き抜くより、尾が落ちてくる方が速い。


(当たる)


 眼前に炎が走った。

 横から飛び込んできたリオンの剣が、フェルノに迫った尾を薙ぎ払う。


 呆然とするフェルノにちらりと視線を向けたリオンの目が見開かれる。


 それも、一瞬、リオンの視線は前に伸びる。


 フェルノもつられて前を見た。


 魔神の背に乗るライオットが口角をあげた刹那、彼の背を、魔神の尾が貫いた。


「「ライオット!!」」


 さらなる尾がライオットへと振り下ろされようとしていた。


 フェルノとリオンの声が重なる。

 飛ばされたフェルノでは間に合わない。フェルノの上にも魔神の尾が迫っていた。

 リオンから、ライオットまで、まだ距離がある。尾が進む方が速い。


((間に合わない!))




 貫かれたライオットが、血を吐いた瞬間。

 空から、高速で絨毯が落ちてきた。ライオットにささった尾を掴むなり、魔力を通し燃やし尽くす。

 ライオットと尾の間に入り込むと、もう片方の手を、落ちてくる魔物の尾へと向ける。


 振り下ろされる尾を魔力の壁をもって防御する。

 ささった尾を燃やしきった片手が、むんずとライオットの衣類を掴み、引き上げる。

 ライオットは仰向けに絨毯に寝かされ、仰け反り呻いた。

 つかみ上げていた手を放し、今度はその手をライオットの胸に添えた。痛みが軽減されたのか、ライオットの口元が和らいだ。




 フェルノは叫んだ。


「魔王所へ行け、エクリプス! 姉妹と協力し、ライオットを助けろ!」


 青い髪を振り乱すエクリプスは目礼し、すぐさま空へと消えていった。



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