197,復活
「アノン、アノン」
呼びかけるライオットの背に、手が触れる。
振り向けば、デイジーがしゃがみ込んでいた。
「アノンは私たちが治療します」
横から回り込んだテンペストがアノンの肩を持ち上げて、腕を差し入れた。
気を失っているアノンの首ががくんと後ろに垂れる。テンペストが腕の角度を変えならが、アノンを抱き上げ、その頭部を胸に抱いた。
「私たちに魔神をどうにかする力はないわ。でも、アノンを助ける魔力はあるのよ」
ライオットがよけると、デイジーがテンペストの横に座り、腕を広げた。アノンの胸と太物あたりに添えた両手がほんのりと発光し、アノンの身体に魔力を注ぎ入れる。柔らかく青白い光に包まれたアノンの身体がビクンと跳ねた。
泣きそうなライオットがうつむく。膝を合わせて座りなおす。太ももに拳を乗せて、頭を下げた。
「お願いします。どうか、アノンを助けてください」
塔を飛び出した魔神はごろごろ転がりながら、体を再形成させてゆく。塔を飛び出した時より、数まわり大きくなっていた。
毛が生える球体は、跳ねながら、木々の間を抜けていく。
時々、木にぶち当たり跳ね返った。土にめり込み、ずずっと這ってから抜け出す。
まるで森の中を遊ぶように、跳ねていた。毛は二色に分かれる。半分は茶で、もう半分は緑。ふさふさとした毛並みから潤沢な魔力が輝き散る。
ぽんと球体から三本の尾が突き出した。今度は、その三本の尾を足のようにして、森の中をくるくると踊りながら進んでゆく。
「ライオット」
リキッドの呼び声に、ライオットははっと顔をあげる。
「槍を持ちなさい。私が、フェルノと魔神の元へと連れて行くわ」
リキッドの激に、ライオットの顔が引き締まる。立ち上がり、前を向いた。走り飛び、天井に刺さる槍を掴む。
リキッドはテンペストが壁にかけたほうきを持ち、窓辺から外に出る。
ライオットが続く。
横たわるアノンをちらりと見て、「行ってくる」と呟き、窓から外へ飛び出した。
キャンドルは、ぴくりとも動かなくなっている魔神の遺骸を上空から確認するなり、急降下した。
エクリプスとリオンは、魔神の体内に残っている魔物の核を手当たり次第に粉砕しており、そろそろ魔神の本体の処理にかかろうとしていた頃合いだった。
空から降りてきたほうきに真っ先に気づいたエクリプスが手を振った。
「どうした、キャンドル。なにがあった」
ほうきから降りたキャンドルはリオンに駆け寄る。
「リオンを連れて、フェルノ探すね」
「フェルノを探す?」
リオンのオウム返しに、うんうんとキャンドルが頷く。
エクリプスも近づいてくる。
「フェルノ様に何かあったのか?」
エクリプスの問いにもうまく説明できないキャンドルは、再びうんうんと頷く。
浮かしたほうきに横座り、後ろを指さした。
「ほうきに乗れというのか」
「リオン、行ってくれ。ここは大分かたがついてきている。俺一人でも、何とかなるだろう」
「分かった。行かせてもらう」
フェルノに何かあり、呼ばれるならば、護衛の黒騎士リオンは行かねばならない。
魔神はさらに大きくなった。毛並みの間から足も生えた。顔はまだ再生していなくても、猫のような尖った耳は顔を出していた。
しなやかな足が、地を蹴れば、容易に樹上まで飛んでしまう。
飛行しながら、負傷して倒れていた時の出来事を、リキッドからライオットは聞いた。
「フェルノが魔神に飲み込まれたって!」
「そう。アノンのポケットから、ナイフの他に魔物の核も零れ落ちてきたわ」
「核?」
「そう、彼女が魔神の核を持っていたなんてことはないかしら」
「まさか! 魔神の核、だ、なんて……」
ライオットの語尾が小さくなる。砂漠で魔神と対峙した時、遺跡にいた時、魔神から核を取り出せる好機はあったのかもしれない。特に遺跡でライオットは失明している。今回の負傷同様、大事なことを見逃していると可能性を否定できなかった。
「核と肉体が合わさって膨張したかのようだったわ」
「外部に取り出した核だぞ。それで再生するのか」
「したわね。もう、この際よ。事実を認めて」
(なら、今回の再生劇はアノンの身から出たさびみたいじゃないか)
樹海の木が不自然に揺れたのを、リキッドは見逃さなかった。
「木の中を直進する何かがいるわ。巨大な魔物にしては、小ぶりね」
「魔神の回復力は予想以上だから、移動しながら巨大化しているのかもしれない」
「そう。もしかしたら魔神かも知れないのね」
呟くキャンドルが樹海の木々を揺らす動きを監視するため、高度を下げた。
とうとう魔神の頭部が球体から顔を出した。足もしっかりと生えそろい、三本だった尾も九本に増えていた。すでに球体から、猫のような姿に変わっている。大蜥蜴や大蛇にくらべたら一回り小さい。
四足で地を蹴り、爽快に走る。
魔神は何かに誘われているかのように、真っ直ぐ走り続ける。足取りはしっかりとしており、まるで目的を得て走っているようであった。
「ライオット。魔神が直進する先に向かうわ」
リキッドが魔神の動きから予測した場所は、リオンが巨大な火球を放った火が燻る更地だった。樹海の延焼は続いており、煙がもくもくとのぼっている。
「燃えていたら邪魔よね」
リキッドが片手を払う。水滴が周囲に散り、空中に無数の雫が浮いた。指先を下に向けると、矢のように水が飛び、火と衝突する。
消火の瞬間こそ白い煙が吹き上げたものの、立ち消えれば、火も煙もほとんどなくなっていた。
樹上に魔神の尾が顔を出す。樹木がざわつき、ライオットにも魔神の動きが把握しやすくなる。背丈はもうすぐ、樹木と同じ高さになるのかもしれない。あっという間に回復、巨大化する様に、ぞっとした。
「更地に降りるわ。かまわない?」
「降ろしてくれ」
魔神は間もなく更地につく。尾の動きを見ていれば、方向転換しても、対応できそうだった。ライオットは、緊張で体が震えた。
リキッドのほうきが急降下する。
リキッドが更地におり立つと、キャンドルもリオンを連れてきた。
ほうきから降りたライオットが駆け寄る。
リオンがほうきから降りると、キャンドルがぴょんぴょんと歩き始める。ライオットとすれ違い、リキッドと合流する。
リキッドとキャンドルは向き合って、両手を合わせた。ステップを踏みながらくるくると回った。ピタリと足を止め、並んで手をあげた。
「エクリプスのお手伝いいく」
「エクリプスのお手伝いいくね」
ほうきに乗ったリキッドとキャンドルは、エクリプスの元へと向かう。
(リキッドの切り替え、すげえ)
変なところを感心してしまったライオットは、頭を振って、意識を切り替える。
「ライオット、フェルノになにかあったのか」
「実は、フェルノが魔神に飲み込まれた」
リキッドから聞いた内容をライオットはリオンに伝えた。
「フェルノを助けないとな、リオン」
「ああ」
「ここに魔神が直進してくる」
ざわざわと目の前の木々が揺れ始める。
フェルノを飲み込み、樹海を抜けてくる魔神を、黒騎士と白騎士は迎え撃つ。




