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196,魔女の一声

 アノンの右肩がどんと押される。よろめいた視線の先には、サッドネスがいた。彼が剣を収める鞘を掲げる。

 高速で侵入してきた一閃と鞘がぶつかった。弾かれ、高音が部屋中に響きわたる。


(なに、なにがとびこんできた?)


 ぶつかった重みを受け、サッドネスが後方によろめく。

 鞘に弾かれた一閃は天井にぶつかり、反転した。


 窓辺から、ライオットが飛び込んできた。一歩踏み出す。空中で身を捻り、素早く槍を放った。


(ライオットが! なんで、ここに!!)


 槍を投じたライオットは、サッドネスの鞘を踏み、アノン側に飛んでくる。


 アノンはよろめき、足がふらつく。片側に倒れそうになり、踏ん張った。ローブの裾がはためく。


 飛んだライオットの背に視界が遮られた。


 刹那、ライオットの腹部を何かが貫通し、それはそのままアノンのローブのポケットをも抜けて行った。


 穴があいたポケットから、魔物の核数個とナイフが転げ落ちる。

 

 アノンは服が貫かれたことも気づかない。ただ、ライオットの腹部から赤い雫が散り、背が赤く染まっていく様しか見えなかった。

 

「ライオット!」


 両手を伸ばした。

 受け止める力もないくせに、ライオットが崩れ落ちる下にアノンは滑り込んでいた。




 


 アノンのローブから魔神の先端は核を奪った。その核を中心にシュルシュルと渦巻く。毛を巻き取り、毛糸玉のような真円として再形成されてゆく。


 方や、青空の下、毛を伸ばしていた尾の先端から、毛が抜けた。本体とつながる尾は役目を果たし、塵となり、風に消される。






 フェルノが窓辺におり立った目の前で、ライオットは魔神の尾に貫かれた。貫通した尾は、アノンの衣類を引き裂いた。床に刺さるなり、シュルシュルと回転しながら毛を巻き取っていく。


 倒れたサッドネスが体を起こす。

 血飛沫を散らすライオットが床に崩れ落ちる。

 悲壮な表情でアノンが両手を伸ばす。ライオットの重い体を受け止め、二人は重なるように床に崩れ落ちた。


「ライオット! ねえ、ライオット」


 アノンの泣きそうな声が響く。

 

 そんなアノンの背後で、核を得て毛玉になった魔神の尾が跳ねた。

 壁に、天井に、床に、跳ねまわる。


(あれを切らねば!)


 フェルノは、ほうきを投げ捨て、剣を抜こうと柄に手をかける。

 外に出ようと向きを変えたのか、跳ねまわっていた球体がフェルノに向かう。


(丁度いい)


 剣を抜くと同時に、球体を真っ二つにしてやろうとフェルノは窓辺にしゃがんで構えた。


 球体をぎりぎりまで引き寄せる最中、突如、球体が割れた。

 予想しえない動きにフェルノの身体が緊張する。八方に広がった球体がお椀型に広がりフェルノを包もうとする。


(取り込まれる!)

 

 フェルノは体全体を魔力で覆った。剣を抜こうとした手を解き、両腕で顔や頭部をかばう。

 しゃがんだ態勢のフェルノを球体はそのまま取り込んだ。


 外へ飛び出した膨張した球体は、フェルノを取り込み、窓辺を破損させ逃走した。






 デイジーとテンペストの目の前でフェルノは得体のしれない球体内部に取り込まれた。姉妹は呆然と、一連の出来事を見つめ、固まる。

 同じ光景を目の当たりしたサッドネスも、愕然とするばかりだった。






 ライオットの身体を抱えきれず、アノンは床に崩れ落ちた。泣きそうになりながら、肩を抱く。


「ねえ、ライオット」


 ライオットは顔をあげた。ほほ笑もうと口角をあげる。

 頭を振るアノンの唇が震えた。

 ライオットの手が伸びる。途中で力付き、床に落ちる。

 耐えられずにライオットの額に、アノンは顔を寄せた。


 アノンが無事ならいいとばかりにライオットが目を閉じる。


(ダメだ、ダメだ、ダメだ)


 アノンの瞳に火がついた。眼光は、怒りを称える。魔神に向くのか、自身に向くのか。根の知れない怒りに震えて、手を伸ばした。

 ライオットの腹部に指先が触れた。


(やだ、いやだ。ライオット、いなくならないで。そばにいてくれないなんて、いやだ)


 身体を支える最後の魔力をアノンはライオットの傷口へと注ぎ始めた。



 極端に魔力量の多いアノンの身体は魔力によって維持されていた。身体機能が魔力なしでは十分に維持されないほどに、アノンの身体は魔力に依存する体として成長を遂げていた。

 人間の身体として見れば不完全で歪な代物である。呼吸や心臓、歩き走る筋肉、体を支える骨格までも魔力に寄りかかっており、魔力を失えば、その機能を維持することは困難なのだ。

 環の国から魔物の国へ移動中に搾り取られたアノンは、少量の魔力しか残っていなかった。それを失えば生命を維持することさえ難しくなる。



 枯渇した魔力を絞り出すほどに、アノンの意識はもうろうとしてゆく。


 




 傷口の痛みが薄れていくライオットがかっと目を見開いた。

 肩に添えられていたアノンの手がずり落ちる。


 その手を握ったライオットが体を捻り、後ろを向く。


 力を失い揺らぐアノンの身体が後ろの床へ落ちていく。


 つないだ手は力なく。握り返すこともない。冷たい指先に、悪寒が走った。


「アノン!」


 薄紫の髪が床に散り、こてんと頬が傾いた。


 ライオットは這いずる。アノンの顔横に肘を置き、彼女の顔を凝視した。


 顔は蒼白で、精気も薄い、今にも命が潰えそうにライオットには見えた。


「アノン、アノン」


 名を呼んでも、反応はない。







「キャンドル、リオンを連れて、フェルノ探す」

「キャンドル、リオンを連れて、フェルノ探すね」

「デイジー、ほうきかして」

「デイジー、ほうきかしてね」


 リキッドとキャンドルが手をあげて、宣誓した。


 キャンドルがぴょんぴょんと飛び、窓辺に向かう。窓から入り込んだデイジーよりほうきを受け取ると、すぐさま窓から外へ飛んでいった。


 残ったリキッドの目の色が変わる。


「テンペスト! デイジー!」

「「はい、魔女様」」


 テンペストとデイジーの背筋が伸びる。


 魔物と融合したキャンドルは言葉を失った。リキッドの言葉を後追いし、辛うじて、混乱なく生きている。言うなれば、キャンドルの意識は失明したように、意志という光を失ったのだ。

 リキッドはそれを深く嘆き、受け入れた。

 

 キャンドルとともにいるリキッドは彼女の足元を照らす灯。

 寄り添うことで、共に生きる道を選んだ。

 テンペストたちもリキッドに習い、キャンドルと共にいる。

 魔人は家族だ。家族だからこそ、知恵持つ者は、弱い者に寄り添う道を選ぶ。


 ひとたびリキッドが、その仮の姿を脱げば、四姉妹の師という、空恐ろしい魔女の顔を露にする。


 リキッドがアノンとライオットを指さした。


「二人は、アノンを助けなさい。魔女の威厳を賭して、彼女を助けるのです」

「「はい」」


 しごかれた恐怖に背を震わせ、姉妹はアノンとライオットに駆け寄る。


「エム。そのまま人間の国へ飛びなさい。優秀な医療系魔法使い派遣を依頼するのです」

「はい」

 

 空に浮いていたエムはすぐに街道上空に向かい飛んでいった。


「サッドネスは状況を、派遣された者への説明」

「はい」


 座り込むサッドネスも、目を丸くして、姉妹たちと同じ返事をしてしまう。


 リキッドの勢いは止まらない。


「ライオット。槍を持ちなさい。私が、フェルノと魔神の元へと連れて行くわ」


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