195,生き足掻く
「エクリプス! ほうきをくれ」
空を見上げ立ったフェルノが、手を広げ、腕を伸ばす。
取り出した小型のナイフで空間を裂いたエクリプスが、所望の品を取り出した。同時に立ち上がり、フェルノに駆け寄る。
「二人は魔神の処理に当たれ!」
受け取るなり、フェルノはほうきにまたがり、上昇した。
見送ったエクリプスとリオンも、一本の尾が魔王城側に向かって折れ曲がっていることに気づく。
「あれは……」
しかし、追うことは許されない。回復力が高い魔神を放置しては、いつ復活するとも知れないのだ。核を破壊しつくし、跡形もなく肉体を滅するまで、離れることはできなかった。
魔神の尾は伸びていく。細く長く伸長し、若い核の気配を目指す。
伸びきった尾がびんと張る。このままでは求める核に届かない。
尾の先端に生えた毛が伸び始める。
毛先一本でも核に触れれば再生する。魔神の血肉は、なりふり構わず、命を求める。
伸び始めた毛が、ねじり合わさりながら直進した。
びんと張った縄のように張りつめた尾の上をライオットは駆ける。
(間に合わねえ)
尾の伸長速度が速すぎる。先端は伸びていき、どんどん引き離されていく。
先に見えるのは、塔の窓辺。
外壁を背に姉妹が窓辺を挟んで浮いている。その窓辺にはアノンがいる。
(アノン、見えないのか。魔力がなくなったから気づかないのか。誰でもいい、気づけ、気づいてくれよ)
塔に直進する尾を追いかけるライオットが背後に人の気配を感じた。
「ライオット!」
フェルノの声が聞こえ、振り向きかけたライオットの身体が浮く。足場を失い、足裏が空をかいた
「あっ、わあぁ!」
ほうきの柄が股にあたり態勢を崩したライオットは、体が傾ぎ、ぐるんと真横に倒れそうになる。落ちたら、地面に真っ逆さまだ。歯を食いしばり、槍を持たない片手で、目の前のほうきの柄を必死で掴んだ。
「急ぐぞ。尾を追う。窓辺についたら、中に飛び込め!」
「フェルノ! 気づいたのか!?」
フェルノの指示を受け、ライオットは前を向く。
尾は塔に向かって伸びてゆく。
片足を柄にかけたライオットは、窓辺が近くなったら、飛び移ろうと気構える。
なぜ尾が塔を目指すか、二人には皆目見当もつかなかった。
アノンは、常備薬のようにポケットに魔物の核を潜ませている。その中に、遺跡で手を伸ばし、拾い上げた核が紛れていた。
魔物の肉体を離れた核は石になる。再び肉体得て魔物に戻ることはないとされていた。
異世界のような利用技術を持たない人間の国で魔物の核は滅するのみ。残された魔物の核が死肉と接触した事例がない。そのため、魔物の核は取り出せば何の役にも立たない石になる、これがこの世界の一般的な常識だった。
ポケットに魔物の核を忍ばせているアノンも、それらをただの石ころと変わらない認識でしかなく、遺跡で取り上げた核の存在など、すっかり忘れていたのだった。
ポケットのなかで、一番小さな核が振れる。周囲の核とカリカリとこすれ合う。魔神の尾から伸びる毛先と共振するように震えていた。
テンペストが、魔神の様子を目を細めて伺っていた。
「動かないわね。行ってみようかしら」
「差し当たって、白姉様と私で行ってみましょう」
「そうね。エムは、ここを頼むわ」
「わかった」
姉妹が互いの意向を確認し終えた時だった。
アノンの視界に、魔神側から飛行してくる人影が見えた。小さな粒だったそれはどんどんと大きくなる。魔力を奪われたアノンは影が見えても、それがなにかまで判別できなかった。
「ねえ、誰か飛んでこない?」
エムがもたれかかっていた塔の外壁から、ばっと背を離した。愛刀の柄を飾る水晶に手をかける。
「姉さん! イジー! 勇者と白騎士が来る!」
伸長してくる細い物質と並行して、ほうきが飛翔してくる。そこには、エムがとらえた通り、ライオットとフェルノが乗っていた。
伸長してくる物体の軌道先はアノンがいる窓辺だと、テンペストとデイジーは勘づいた。
「アノン! 塔のなかに逃げて!」
両眼を見開くアノンが窓辺から弾くように離れた。
直前、サッドネスも別窓から、ライオットとフェルノの存在をみつけていた。
彼らが追う細く長い尖った物質が、アノンがいる窓辺に向かっていると悟る。
咄嗟に、サッドネスは、ライオットが槍と交換して、立て掛けていた剣を掴んだ。
窓から迫りくる物質に驚くアノンの横顔が視界にうつる。
侯爵家のサッドネスは走る。彼にとって、真なる主は公爵家。アノンは、命を賭して守る存在である。
サッドネスはアノンを押しのけた。窓側へと向きを変える。直進してくる先端が目前に迫る。
武器の訓練経験がないサッドネスは恐怖が先立つ。恐れながらも踏ん張って、手にした剣を鞘ごと水平に構えた。
突入してきた尾の先端が、サッドネスが構えた剣の鞘に弾かれる。双方がぶつかり合った金属音が、塔の最上部に反響した。
尾が先に窓辺に到達する様を歯がゆい思いで、ライオットは見ていた。届かない距離のままでも、飛び出したい衝動にかられる。落下しては元も子もない。分かっているからこそ、我慢した。
目を見開くアノン。恐れを抱く表情をみせながら、窓辺から後退する。
そんなアノンを横に追いやる影がよぎる。飛び込んできたサッドネスが、剣を収めた鞘を水平に構えた。
魔神の尾が先んじて飛びこんだ。サッドネスが構えた鞘とぶつかり合う。
操縦するほうきの速度をフェルノは落とさない。これなら届くと判断できる距離になり、ライオットは窓へ飛んだ。
窓辺に片足が着地する。
左によろめくアノンがいる。
目の前に、鞘を弾かれて、後ろに倒れこむサッドネスがいた。
弾かれた尾の先端は右側の天井に飛ぶ。
槍を構えるライオットは、眼前で倒れこむサッドネスが両手でしっかりと握っている剣の鞘を目視する。
片足で窓辺を踏み、後ろ足を振り子のように前方に振り上げた。
体を捻り、後方に槍を引く。
天井にぶち当たった尾の先端が屈曲する。アノンのポケットに潜む核を狙う。
ライオットは槍を尾に向けて投じた。
尾の先端と槍の刃先がぶつかると思いきや、尾がしゅるりと解かれ、開いた。毛束が開けば、髪のように一本一本細い。槍はその合間を通り抜ける。数本の毛が刈られて床に散った。
広がった毛は槍の表面をすべり、石突を抜け、再びまとまる。速度を落とすことなく、直進する。
槍をかわされたライオットは、サッドネスが掲げていた剣の鞘を踏む。土踏まずで鞘にのり、足先の向きを変える。膝を屈曲し、アノン側に背面を向けて飛ぶ。
押されたサッドネスが横転した。
真正面に尾の先端を目視したライオットが、残された唯一の武器たる拳銃に手を伸ばす。
魔神の尾が速度を増した。アノンのポケットに潜む核の気配に向け、先端を尖らせ直進する。
空に飛んだライオットに、拳銃を突きつける余裕は与えない。
魔神の尾は、ライオットの腹部を通関し、アノンの衣類を貫いた。




