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191,幕開け

 リオンがライオットへ歩み寄る。

 足元を見つめていたライオットが顔をあげた。


「俺、尾の付け根を狙うつもり」

「そうか」


 交わした言葉はそれだけだった。


(尾の動きを先に封じたい)


 ブルースの単車に乗って、攻撃を受けていたライオットはそう考えていた。


 魔物は肉体と核を両方、破壊する必要があるものの、上位にくるのは核である。核が一つ残っていれば、どんなに破損した肉体をも再生させてしまう。


 核は生命を維持する力を有していても、内臓とは違う。体内のどこにでもあり、どこにもない。


 魔物の核専用の異空間が体内にあり、表皮内部を自由に動き回っているかのように、納められている。肉体を裂くだけでは、核の領域まで傷はつかない。核の異空間に触れるには、魔力が必要となる。同質の力同士でなくては、触れることさえできない。


 小さな魔物であれば、魔力の炎で焼いてしまえば、肉体も核も同時に滅することができる。見慣れている巨大な魔物も難しくない。


 だが、二回りは大きな巨体を持つ魔神では、核と肉体を同時に燃やし粉砕するのは困難だ。縦横無尽に動く尾を払いながらとなれば、一人ではおよそ不可能。回復力が相成って、炎のなかで生きながらえることも考えられた。巨体を地面に転がせば、炎を散らし、意味を成さないかもしれない。魔力だとて無尽蔵ではない。持久戦、消耗戦になれば、不利になるのは、人間側である。


 縦横無尽に動く尾。枝葉を狙っていても、体力は消耗するばかりだ。


(末端の尾を相手にしていても意味はない。根本から動きを封じなくては。尾の根元を狙えば、尾全体の動きへの抑止力になるはず……)


 それには火炎魔法より、固めて動きを止める氷結魔法が向いている。


 動きを止めればフェルノがいる。

 後方支援は魔術師エクリプスの専売。

 意図を告げれば、リオンは悟る。


(尾の動きを止めておけば、リオンとフェルノがとどめを刺してくれるだろう)


 横に立つリオンは、ライオットの意向を汲む。

 まずは尾を薙ぎ払う側にまわると決めた。ライオットが尾の根元にたどり着くまでの支援、そして、フェルノの補助。


(ライオットが根元を凍らせ、尾の動きを鈍らせた時が好機)


 エクリプスが箱の魔力を解くまで二人は待つ。






 フェルノは突き出した剣を引いた。

 二振り払い、剣を鞘に戻す。絨毯に立ったまま、周囲を見渡した。


 エクリプスが、魔力の箱を維持している。

 リオンと、ライオットが、箱の上部に立ち、下を向いていた。


(魔神の上に落ちるつもりか。なら私はどうするか……) 

 


 




 エクリプスは箱にそそいでいた魔力を吸い上げ始めた。箱上部に乗っている騎士二人。分からずに立っているわけはないだろう。

 下を向き、まるで足場が消えるのを待っているかのようにさえ見えた。


(どうにでもなれ!)


 彼らは強い。作があるのだと、腹をくくる。


 地面に近いところから、舞台の幕が開くように箱が消えていく。地面との間に空間ができると、重く黒々しい煙が立ち上る。雷撃により燃えたのは魔神か魔王か、はたまた、預言者の残骸か。


 正方形の地面がむき出しとなる。魔王と魔神のもみ合いと、フェルノの雷撃により、樹木はなぎ倒され、焼け燻っている。ところどころ黒煙の合間に赤い炎が見えた。


 魔王の姿がなく、預言者も消えた。魔道具師は影もない。


 魔神が前足を掻いた。体を左右に大きく振りながら、直進しようともがくも動けない。魔道具師の魔法により、魔神の後ろ足は地面に張り付けられていた。

 




 魔王城にいる者たちにも、魔力の箱の変化が見えた。


 テンペストとデイジーが黙り込む。

 赤くなったり、青くなったりしていたアノンも、顔を朱に染めた名残を残しつつも、表情を硬くする。


(始まるんだ)


 アノンは、窓辺に拳をあて、身を乗り出して凝視する。





 

 テーブルにかけられたクロスを引くように、エクリプスは魔力の箱の天井部分を払いのけた。すかさず残っている魔力を吸収する。半透明な布地のように柔らかくなり空にたなびき、消えていく。


 戦いの邪魔にならないように、エクリプスは絨毯を後退させた。


 エクリプスは箱を維持するために相当な魔力を消耗していた。魔神の攻撃だけでなく、フェルノの雷撃に耐え忍んだ結果である。箱に残った魔力を吸い上げても、本来の半分も魔力は残っていない。


(この程度の魔力だと、前線には立てないな)


 魔神の力がどれほどのものか、対峙していないエクリプスは長期戦になるのか、短期戦で終れるのか、見当もつかない。

 いざという時の回復役、または援護射撃役にまわる方が得策と判断し、全体を俯瞰できる空中に待機する。







 腕で口元を覆ったフェルノは、絨毯を下降させる。黒煙の粒子を含んだ空気が痛くて目を細めた。

 足場を失ったライオットとリオンも落ちてゆく。


 魔神は三人の存在に気づき、上を向いた。眩しさのあまり、目を瞬かせる。

 落ちてくる三人には見覚えがあった。


 遺跡に向けて炎を投じた黒髪の者。

 砂漠を出るまで、目障りに飛んでいた金髪の者。

 光に包まれる直前に、その二人と元にいた白金の髪を揺らす者。


 魔神はいきり立つ。

 後ろ足が固定されたまま、仰け反った。


 リオンとライオットが落ちる横を、フェルノは絨毯で駆け降りる。


 降りてくるフェルノを叩き落そうと、魔神は前足を片方伸ばした。

 しなる尾は、落下する二人に、的を定めた。




 ライオットの真横に尾が迫る。空中で叩き落そうと狙ってくることは予想していた。片手に槍を持ったまま、拳銃に手をかけようとした時だった。


 肩を掴まれた。

 強く引かれて、振り向けば、リオンがライオットの肩を掴んでいた。

 腕の力で押しのけられる。

 ライオットの目の前にリオンの片足が伸びてきた。


「りっ、リオン!!」


 なにをする! と叫ぼうとした時、リオンはライオットの肩から手を離す。ライオットの浮いた肩に、リオンが伸ばしてきた足をかけた。


 ライオットは仰向けになり、肩を足蹴にされた勢いをもって下方に押しのけられる。踏まれた肩側に、首を回す。さらに腕を追随させ、振り回せば、体がくるりと反転した。

 

 リオンを背にして、ライオットは魔神の背骨への着地へ備えた。


 



 ライオットの肩に手をかけ、引き寄せたリオンは、ライオットを押し下げる手を離した。浮いた肩に、片足をかけ、飛ぶ。

 

「りっ、リオン!!」


 慌てるライオットを無視する。

 落ちるライオットの手前へ踊り出たリオンは天を仰ぐ。

 振り上げられた魔神の尾が何本も空を遮っていた。


(ライオットが魔神の尾の付け根に達するまで、防ぎ切る)


 リオンは二刀佩く剣にうち、旅立ち時から愛用している刀剣を抜こうとした。魔力を通せば、白刃が炎の揺らめきを宿し、光を放ちつつ現れる。



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