190,姦しい
剣を抜いたフェルノは、両手で柄を掴み顔の真横に構える。
白刃に青白く細い光が弾けた。
デイジーがほうきを翻した時、ライオットはフェルノの構えに気づいた。
対極に見える箱の角に、エクリプスが杖を構えている姿は見えている。四姉妹が離れ、この箱を彼一人で維持しているのだろう。
その様子から、ライオットも勘付く。
(フェルノがなにかしかけるんだ)
「このまま魔王城に向かってくれ!」
ほうきから箱の上部へ飛んだライオットが叫ぶ。
背後の重みがなくなったデイジーは前方を見据え、ほうきを滑らせる。この場から早く去ることを求められていると理解していた。
フェルノの変化にリオンも気づく。
デイジーのほうきにのっていたライオットが箱の上部に飛びうつった。
ドリームのほうきが箱の真横を通り過ぎようとする時、ライオットと同じくリオンも箱の上に立った。
「そのまま魔王城に行け」
後ろが軽くなり、ドリームは一瞬判断に迷う。
かけられた言葉を反芻し、デイジーの背を追いかけた。
エクリプスは、ぎょっとした。
突然、フェルノが構えたからだ。
(魔力を解こうと思っているところなのに、なにすんの! あの王子様!!)
さらにライオットとリオンまで箱の上にのった。
(しかも、ライオットもリオンも箱に乗りやがった!!)
箱を維持せざるを得ず、エクリプスは奥歯を噛んだ。
フェルノの眼前で、エクリプスが供給する魔力によって、箱の角が塞がれていく。
横に構えた剣がバチバチと細く青い光を弾く。白金の髪が照り返し青白く染まる。
箱が閉じようとする最中、フェルノは剣を突き出した。
剣先から、青い稲妻が魔力の箱内部へ放たれる。
轟音は響かない。音は箱内部で反響する。ふきかえす風がフェルノの髪を後方になびかせた。肉が燻される匂いがフェルノの横を抜けていく。
フェルノが雷撃を放った瞬間、リオンとライオットの足裏がびりびりと痺れた。
箱が解除された瞬間、二人は魔神の上に落とされる。
魔神の厄介な尾に応じる。それだけを二人は意識していた。
エクリプスは、杖を通す魔力で、箱を維持する。
(予告なしで何してくれるの、あの王子様は!)
上部にいる騎士二人も、足元を眺めている。魔力の供給がなくなれば、足場が崩れることも分かっているだろう。そうすれば、魔神の真上に落ちることになる。
(なに、あいつら! 二人とも俺が今魔力解いてもいいって思っているの!)
エクリプスには二人の行動が理解しがたい。
(俺が魔力を解けば、フェルノの放った雷撃に巻き込まれるって分かっていて、それでもそこにいるのかよ)
四姉妹は魔王城の塔を目指す。それぞれの飛び道具を走らせ、塔の壁面まで一気に走り抜けた。デイジー、ドリーム、テンペスト、エムの順番でたどり着き、空に漂ったまま、振り向いた。
樹海の一角に、大きな魔力の箱がある。四人が飛び出してから、箱を維持しているのはエクリプスだ。四人は一人で維持する魔力と技術に、驚く。
改めて、四姉妹がいては彼らが戦いにくいのだと自覚する。
「すごいわね。あれを一人で維持できるなんて」
「白姉様、魔道具師様がお褒めになっていただけありますね」
「大丈夫かな、いちねえ」
「彼らがダメなら、終わりよね……」
「姉さん……」
「見守りましょう」
「白姉様、あれだけ巨大な魔神なら人間の国でも目視でき、援護をたのめるのではないかしら」
「確かに、そうね。街道の端からでも、見えそうよね。頼んでみる価値はあるかもしれないわ」
「いちねえ。私、行くね。街道の端に集まっている魔人たちも危ないかも。もっと人間の国側に寄せてもらいたいよね」
「それだけじゃないわ、ドリーム。あの魔神が人間の国に侵入するとなれば、王が住まう宮殿だって危うい。人間の国がどう判断するにしても、伝えないわけにはいかないわ」
「わかったよ。いちねえ」
「頼むわね。無理はしないで、たどり着ける速さでいいから」
「うん」
ドリームは塔の外壁から距離をとり、姉妹に向けて、行ってきますと言おうとした時だった。窓辺に紫の髪を揺らす、アノンが立っていた。
「アノンがいる」
ドリームが思わず指をさしてしまう。姉妹は一斉に窓辺に振り向いた。ほうきを前進させ、ドリームがアノンと顔を突き合わせる。
「うそ。アノンは絶対にあっちに行っていると思ってたよ」
「それは、えっと……」
魔力がないとは言い出せないアノンは口ごもる。
「あれ、声。違うね」
アノンは咄嗟に口元へ拳を添えて、視線を落とす。性別が変わったとは、なお言いにくかった。
テンペストが横から覗き込み、ドリームの後ろにデイジーとエムも寄ってくる。
「そうかしら。前に会った時も、こんな感じじゃない?」
「ううん、いちねえ。前はもっと凛々しかったよ。今は、なんか、可愛いくなってる」
「かっ、かわいい!!」
素っ頓狂な声が出してしまいアノンは蒼白になる。
四姉妹はまじまじとアノンを見つめた。
「女の子?」
「アノンって元々、女の子だっけ。てっきり男の子だと思ってたよ。甘党な男の子」
「黒いローブですし、体形分かりませんものね。私、女の子に絨毯ぶんなげてしまったのかしら。ごめんなさい、乱暴なことしてしまって……」
「あっ、あの時は、別に……」
「さんねえ。あの時は、もっとこう、男の子の声だったよ」
「声を変える魔法なんてあったかしら」
「魔法で、声かえてたの? 器用ね。さすが魔法使いね」
「ええぇ、アノンは元々男の子だったよ。女の子が男の子のふりしてたわけじゃないよね。ねえ、アノン。一緒にお菓子分けた仲だもん。間違いないよね」
「性別が変わる方が変」
「男装魔法使いなんて、なんか事情あるのよね」
「ち、ちが……」
アノンは冷や汗を浮かべ、蒼白になりながら、らしくなく言いよどみ、表情もぎこちなくなる。
「ぼ、僕は……」
言い訳をしようとして、言葉を選べず、サッドネスを見ても、彼は別の窓から戦況を眺めていた。
(そうだ、今は、魔神がいるのに。僕が男の子か、女の子かなんて、かまっている場合じゃないよ)
「今は、そんな話より、魔神がいて、ライオットたちだって大変なんだよ。僕の性別なんて……」
猫のように見開かれた八つの目に射貫かれ、アノンはたじろぐ。
(僕の言葉、聞いてない!!)
「それとこれは別ですわ」
デイジーはきっぱりと言い切る。
「はあぁ!!」
アノンは、彼女の発想が理解できない。
「四人男の子で旅していると思ったら、一人女の子のだったなんてねえ」
「事情があってしかるべき」
「聞き捨てならないのは、ライオットたち、って言ってたとこだよね」
うっ……、っとアノンが詰まる。
「あの金髪の槍使いよね。白騎士でしたっけ」
「アノン、白騎士と仲良しかも。さっき、絨毯で去る時、ぴったりくっついてたもん」
「あぁっ、あれは……」
「事情があって言えない仲なの」
「女の子一人が男の子に紛れていると気をつかわせるとかで……」
「性別を偽ってた」
「でも、やっぱり。この前、街道で、一緒に食べた時は、男の子だったよ~」
四姉妹の見開かれた目が、再びアノンを射貫く。
脂汗とも冷や汗ともとれない汗が吹き出し、アノンは窓辺から身を引いてしまう。
(なに、この威圧感……)
「これから、アノンの尋問を始めます。異論ある方!」
「なし」
「意義ありませんわ」
「スッキリしてから、人間の国へ行くよ」
「はあぁ!!」
アノンは開いた口も塞げなくなる。
(どうして、こうなるんだ!)
「どうなの、アノン。あなたは、始めから女の子なの、男の子なの」
テンペストが詰め寄ってきて、アノンは胸元で手を組んで、目を逸らせた。
(これ、言わないと、はじまらないやつじゃん! 尋問、詰問、誘導尋問かよ!!)
「どうなの」
「どうなんですの」
「アノン、魔神のこと、人間の国に伝えないと、都が危ないよ」
(可愛い顔して、なんでおどしてくんの!)
「さあ、アノン。あなたは男の子なの、女の子なの」
「だっ、だから……」
四姉妹がずいと迫る。
逃げようと一歩下がったら、そこにリキッドとキャンドルが立っていた
(なんで、なんで、そこに立っているの。にげれないだろ)
「アノン、ライオットと仲良し」
「アノン、ライオットと仲良しね」
わなわなと震えて、アノンは腰をかがめた。言わないと始まらないと、覚悟を決める
「異世界に行ったら女の子になっちゃったんだよ!!」
恥ずかしくて、顔が熱くなる。胸苦しくなり、アノンは肩で息を繰り返した。
四姉妹が、ああスッキリした、という表情に変わる。
涙目のアノンとドリームの目が合った。
「アノンは元々可愛いから、男の子でも、女の子でも、いいよ。ねっ」
「ライオット以外に、可愛いなんて言われても嬉しくない!!」
叫んでしまった言葉に、アノンはばっと両手で口をふさぐ。首だけでなく手まで真っ赤に染まる。
その様に、四姉妹の目が、きらんと輝いた。
((((かっわいい~))))
「どっ、ドリームは、人間の国に行くんだろ。急がないと、ダメじゃないの。ねえ!」
苦し紛れに話を変えようとするアノンに、目をぱちくりさせて、ドリームは明るく笑んだ。
「そうだね、行ってくる。スッキリした、これで、心置きなく人間の国にいけるよ~」
「行ってらっしゃい。ドリーム」
「ドリー、頑張れ」
「ドリームちゃん、お願いね」
ドリームが飛んでいき、これで話は終わるかと胸をなでおろすと、窓の横にテンペストとデイジーが背をつけて留まる。エムもテンペストの横にぴたりとつく。
「アノン、ちょっと、異世界でなにがあったのかしら」
「ライオットって、あの黄色い髪の、白騎士よね」
アノンは青ざめる。
「なんで、なんで、なにが楽しいの。こんなことが! 魔神が暴れるのを真剣に見守らないの。今、とっても大変な時なんだよ!!」
「そうなんだけど、私たちもう何もできないし……」
「コイバナは別腹です」
「同じ待つことになるなら、楽しい方がいいもの」
「楽しいってなにが! 僕はまったく楽しくないよ!!」
気を張りつめ、哀しみを抱えた四姉妹。
目先の面白いことに縋り、気を紛らわす。
良い迷惑なのは、アノン一人。




