189,退く姉妹
ドリームのほうきにリオンは飛び乗った。
「わあぁ。揺れる、揺れる~」
ドリームは慌てながら、重さに大きく揺れるほうきを、辛うじて立て直す。
「うわ、重い。リオン? 突然、どうしたの」
「テンペストが手をあげる。そうしたら、すぐに場を離れろ。魔神の攻撃は俺が防ぐ」
「えっ、うん。ええっと。うん、分かった」
魔王を援助するドリームは、勇者たちの戦いには邪魔なのだと察し、意識を防御から離脱に切り替える。
手をあげるタイミングを見計らうため、対極にいるテンペストに目を向けた。テンペストとデイジーの間に、高速で飛行し近づいてくる絨毯が見えた。
「あれ、あれはリキッド? キャンドル? あれ、違う」
「フェルノとライオットだ」
(始祖に会って、戻ってきたんだな。これでやっと魔神とまともに戦える)
森の民の居住区に被害を与えず、ジャンを守りながら、環の国を背にして、全力は出せない。広い樹海に人気はない。四姉妹さえいなくなれば、いるのはフェルノ、ライオット、エクリプス。ならば、リオンに加減する理由はなくなる。
絨毯を走らせながら、フェルノは魔力の箱で人が動く様を見ていた。
「リオンがドリームに、エムの補助にエクリプスがついたようだ。ライオットはデイジーの絨毯に飛び乗ってくれ」
「分かりました」
「箱の形がおかしい。私はテンペスト側にいく。まずは四姉妹に場から逃れてもらう」
「はい」
絨毯を走らせるフェルノは、デイジーの斜め上へ滑り込む。ライオットは、彼女のほうきに飛び乗った。
フェルノは直角に絨毯の向きを変え、テンペストに向かい絨毯を走らせる。膝立ちし、佩いた剣の柄を握った。
テンペストが腕を伸ばし、指先を天に掲げた。
エムは愛用のボードを走らせ、テンペストの元へと走る。
ドリームは杖から供給していた魔力を解く。
デイジーは、ライオットに気を取られ、半秒遅れて、魔力を解いた。
魔神の目は、テンペストを捕らえていた。姉妹が逃れるために稼ぎたいと願った時間は、彼女の思惑通り確保できた。
しかし、彼女が想像するより、魔神は素早かった。空気の流れに変化を感じた魔神が風穴を見つける。尾を硬化させ、風穴へと直進する。先鋭化した尾の先端がテンペストを狙う。
フェルノは眉間に皺を寄せた。
(魔力を先に解いたか)
テンペスト側の箱の角が欠けている。空いた風穴を通じて空気が出入りし、彼女の髪をばさばさとなびかせる。
絨毯を走らせる速度をさらにあげた。テンペストが気づかぬ間に、風穴と彼女の間に割り込んだ。
風穴を覗くフェルノは、迫りくる魔神の尾の先端を見た。
飛行用に通じていた魔力を、防御用に転じた。剣を握っていない手で絨毯を掴むと、上方に引き上げる。風穴をふさぐように、絨毯を立てた。
硬化した尾と絨毯がぶつかって弾ける。
フェルノは絨毯を翻した。体が斜めに傾き、顔がテンペストの方を向く。
両目を大きく開けて驚くテンペストに、フェルノはくすりと笑む。
「久しぶりだね、テンペスト」
絨毯を掴む手の腕を大きく回す。一回転させながら、注ぐ魔力を飛行用に転じた。再び空に絨毯を敷く。新たに確保さた足場に、フェルノは立った。
魔王は、赤く濁った視界から、風穴があく様を見ていた。
穴の向こうに長女がおり、その表情は緊張し、一瞬、恐怖を滲ませた。
風に吹かれ、魔王を踏みつける魔神の力が弱まったものの、魔王に余力は残っていない。
(テンペストが危ない)
気持ちはどうあれ、体は動かなかった。
魔王城に最初にやってきた娘と、顔を合わせたのは彼女がまだ幼女の時だった。両親に連れられて、魔力が多い子どもだと紹介された。魔王たち以外に生まれた、魔物の核を保有する長寿の魔人。四姉妹は、魔人のなかでも、魔王たちの誰かの血を受け継ぐ、稀なる子どもだった。魔人は家族、その魂を共有する両親とともに魔王の娘として育てた。テンペストだけでなく姉妹は似た経緯で魔王城に入っている。
彼女たちもまた、始祖の実験結果の結晶。
魔王たちの命がつながる未来。
(誰か、誰か……、娘を……)
援助を求める願いは叶う。
テンペストを狙う尾は、突然現れた壁にぶつかった。高音が箱内部に響き渡り、反響する。
壁はすぐに開口部から払われる。
開いた世界に浮かび上がったのは、白金の髪を揺らす青年。
魔王は安堵する。
安らかに、願う。
(どうか、どうか、世界を守ってほしい)
脳裏に浮かぶのは、同じ白金の髪を揺らす少年。兄の遺志を継ぎ、約束を守る人間。
勇者が現れれば、魔王の役目は終わる。
長い長い旅であった。村を焼き払われて、入ってはいけない森に逃げのびて、コアに拾われた。まさかあれより三百年生きることになるとは、子どもの頃は想像もしてない。
アノスと遊び、駆けまわっていた村はなくなった。ただ帰りたかったのだろう。
家に帰りたかったのだろう。
魔王は、崇高でも何でもない、私情にまみれた、思慕によって動いていた。
苦し紛れに吐いた『俺たちは家族だ』という宣誓が、魔人の魂に刻まれた。
逃げの見てきた者たちが、寄り添って、失ったものを嘆き、前を向くために、共感し、すがっただけだった。
始まりのなんとつまらないことだろう。
人間の国建国に尽力し、アノスとともに殺戮者になった。かつて、親を亡くした子どもが、子どもから親を奪う者になった。
それは罪かと言われたら、魔王は罪だと自覚する。
二百年の平和を享受しても、それは罪だと自覚する。
三百年間に生まれかわった理由も、二百年前に人間の国が建国された理由も、すべて魔神と共にあるなら、魔王の死に場所はここしかなかった。
フェルノはテンペストに笑いかける。茫然自失のテンペストが、ぽかんとフェルノを見上げた。
「テンペスト。魔王城まで、逃げれるかな」
「……にっ、逃げれるわよ」
「そう。良かった。できたら、全速力で魔王城に戻ってほしいな」
戦場においても、フェルノは飄々と穏やかだ。
そこに、エクリプスから逃げろと指示されたエムがボードに乗って走りこんできた。
「姉さん!」
「エム、速いわね」
フェルノの出現にも驚くが、魔力が少ないエムが駆け付けたことに、テンペストは二重に驚く。
「エクリプスに逃げろと言われ、交代した」
「次女のエムだね。君も、速く逃げておくれ」
「分かったわ。行きましょう、エム。私たちでは、足手まといなのよ」
テンペストとエムが魔王城に向けて飛行する。
エクリプスは一人で、魔力の箱を維持していた。
(姉妹が逃げるためにわずかでも時間を稼いでくれたんだね)
涼やかで穏やかに姉妹に向けられていた表情でフェルノは、風穴を見下ろす。その表情が一変する。冷淡で無感情な眼光が、魔神を突き抜け、地に落とされた魔王の残骸にむけられた。




