188,風穴
体内に取りこむ魔神の尾が暴れまわり、預言者を叩く。そのたびに、核が破損し限界がきた。
四姉妹が生み出す魔力の箱内部で預言者が力尽きる。
赤黒い影は霧散する。まだらになった影の隙間から、水平に振られた魔神の尾が青白い魔力の壁を叩いた。高音が響き、壁に波紋が広がる。
霧散する預言者の残骸。漂うものの、空間を成す力はない。
ドリームが目をぎゅっとつぶった。押しつぶされた目じりに玉の雫が光る。
デイジーは目を見開き、口元を引き結ぶ。
エムは薄目を伏せた。
テンペストは無表情で静観する。
四姉妹は、預言者が死んだことを悟った。
魔神の尾が壁を叩き始めた。壁に無数の波紋が重なり合う。叩かれるたびに箱が軋む。
預言者の死は、場を離れる合図。そう打ち合わせをしていた。
四姉妹は目配せする。
(箱を解く)
息を合わせ、同時に箱を解除するのは、テンペストが片手をあげたタイミングと決めていた。
絨毯を走らせるフェルノの目にも、箱内部の赤黒い影が霧散していくのが目に入った。
「ライオット、急ぐぞ」
「はい」
速度をさらにあげ、フェルノは絨毯を走らせる。
四姉妹の後方で控えていたエクリプスとリオンも箱内部で赤黒い影が薄れていく様を目視した。
「リオン、四姉妹を後方に下がらせよう。彼女たちでは心もとない」
「そうだな」
「俺は箱の上部で待機するつもりだ」
リオンも頷く。魔神が解き放たれた瞬間に応じる心づもりはできている。
エクリプスはすぐさま絨毯を走らせた。テンペストの横に、絨毯をつける。
「もう、持たないだろ。預言者様は尽きた。魔道具師様方の魔法が成立したことを願って、退避だ」
「分かっているわ」
テンペストもタイミングを見計らっていた。魔神の尾が絶え間なく叩きつけられる。耐えるなかで、どのタイミングで箱を解除すればいいか分からなくなっていた。
威力も、頻度も、想定した以上だった。
(このまま箱を一気に解除して、本当にいいの)
テンペストは生唾を飲み込む。
箱内部のとめどない撃が四方にどのように飛ぶか予想ができない。姉妹が逃げ切れるとテンペストは確信が持てなかった。
「お願い、エクリプス様。私とデイジーは魔力が多い。だから、逃げ切れると思うの。魔力が劣るなかで維持しているドリームとエムが心配です。二人が逃げ切れるよう、フォローしてもらえませんか」
テンペストはエクリプスを凝視する。目は大きく開き、瞬きもない。
箱を解除して、魔神の攻撃が四方に飛ぶ。そのすべてを防ぎ切れる保証はない。箱がなくなった魔神の動きはまるで想定できなかった。
「わかった」
命を賭した魔王。その娘と呼ばれる四姉妹を傷つけるわけにはいかない。魔王を囲む食卓を思い出し、エクリプスは同意する。
「魔神の尾は、縦横無尽だ。運よく一撃をかわせても追撃が必ずある」
「リオン、あの攻撃を知っているのか」
「異世界でな。魔神は尾を鞭のようにしならせたり、硬化させ棒状の武器にもなる。伸縮、硬化、回復。どれも尋常な速さではない」
「そうか……」
「誰かを守って戦い続けるのはきつい。まずは四姉妹の撤退、フェルノたちとの合流、本戦はそれからだ」
「……だな」
魔神と対峙してきた経験者の弁を、エクリプスは尊重する。
「俺がエムを補助し逃す。リオンはドリームを逃してくれ」
「了解した」
「行くぞ」
エクリプスの絨毯が走らせた。
エクリプスの絨毯を見送ったテンペストは、箱に走る亀裂を見つめる。亀裂は細かく、テンペストたちが力を緩めなくても、間もなく割れると予想できた。
割れてから逃れるか、意図して解き逃れるか。
選択肢は二つに一つのように見えて、三つあるとテンペストは考えていた。
テンペストは四姉妹の長女。この四人のなかで、一番長く生きている。魔王だけでなく、両親も兄弟も見送ってきた。
寿命が違う血縁者を葬送することは悲しくとも、寿命という天命には逆らえない。
テンペスト以上に長寿の魔王たちは、黙っていれば死ぬことはない。死なないからこそ、死ぬときはいずれ自ら決める。そう姉妹たちに語っていた。
それが今だった。長命であるからこそ、自ら死に時を選びたい。その意味はテンペストもよくよく理解できた。
(死にも順番がある。魔女リキッドとキャンドル。そして、私……。ごめんなさい、順番が少し違っても許してください。
私は、妹を守りたい)
テンペストは注ぐ魔力を弱めながら、肘をあげる。
妹たちはテンペストの手が上がり切るのをまつ。
(欲しいのは、妹たちが逃げる時間だけ……)
あげた肘を伸ばしながら、テンペストは箱にそそいでいた魔力をぷつりと切った。
テンペストの眼前に、魔力の風穴が円形に開く。
ひゅっと内部と外部の空気が入れ替わる。赤黒い影が、風とともに外部に漏れ出て、消えて行った。風に煽られ、テンペストの髪が躍る。
赤黒い影の合間に、魔神の背が見えた。風を感じたのか、魔神の攻撃が緩む。
テンペストの肘がのび、下げられて手首が徐々に上向く。
振り向いた魔神の眼光が、テンペストに狙いを定めた。眼光を横切った尾が硬化する。
エクリプの絨毯から、飛び降りたリオンが、ドリームに向かって走る。
繰り出される攻撃が止み、箱内部の様子が変わったと察するも、一度走り出した足は止めれない。箱の上部を駆け抜ける。
エクリプスはエムの元まで絨毯を走らせ叫ぶ。
「俺に代われ、魔王城へ向かって飛べ」
側面に滑り込み、迫れば、押しのけられるようにエムが横に飛んだ。
エクリプスは手にした杖を魔力の箱にかざした。
エムはボードに立ったまま、呆然とする。絞り出していた魔力が行き場をなくし、手のひらで青白く発光する。
「飛べ。魔王城まで!」
エムははっとして向きを変える。視界にテンペストが映った。違和感を覚える。四角い箱の角が尖っていない。
「姉さん!」
エムは気づいてしまう。手をあげようとしているテンペストが、魔力の箱を維持すること先んじてやめていることに。
エムは、テンペストの元へボードを走らせる。
同時にデイジーも変化に気づく。テンペスト側の魔力供給が滞り、違和感を覚える。横を向くと、テンペスト側の箱の角が削がれていた。
「白姉様」
テンペストが肘を伸ばし、折れた手首をもたげあげる。
「白姉様!」
その時、デイジーの視界が陰り、乗っていたほうきに重みがかかり傾く。予期せぬ動きに、慌ててほうきを立て直す。
背後に人の気配を感じ、振り向いた。
「ごめんよ、驚かせて」
金髪碧眼の青年がほうきの柄につま先立ちでしゃがんでいた。
(いつの間に!)
眼前の風穴から、硬化した魔神の尾が迫る。手をあげてから、ほうきを翻しているようでは間に合わない。
死を覚悟した時だった。
目の前に何かが現れ、一瞬、世界を暗がりに落とした。
「久しぶりだね。テンペスト」
絨毯を翻すフェルノが振り向き、テンペストに微笑みかける。




