187,あるべき姿
しゃがんでいたライオットが立ちあがる。
アノンを守るように横に立った。
「遅くなりました。すぐに向かいましょう。フェルノ」
引き締まった表情、あふれる魔力が毛先まで浸透し、はらはらと白い結晶を散らす。胸を張るその姿は凛々しく、サッドネスの目にも屋敷暮らしの時とは別人のように映った。
アノンを支え、森の民を背負い戦うなかで、責任を負い、乗り越えてきたライオットもまた、この旅で成長していた。
ライオットの魔力は侯爵家由来の氷結魔法。その力を有する者が、公爵家の子孫に忠義を尽くす姿は、侯爵家の悲願であり、本来の姿だ。
公爵家や魔王とともに戦った侯爵家の血に連なる者が、この場に立っていることに、サッドネスは震えた。公爵家のアノンに寄り添い立つ姿に、せりあがる感慨を覚える。
アノンを守る立ち位置がしっくりくるライオットは、アノンの隣に立つのは自分だけだという自負心さえ抱いていた。
アノンはライオットの精悍な横顔を見つめる。
(前は、もっと頼りなかったよね)
アノンにとって屋敷で暮らす二年間のライオットは、弱いお節介騎士だった。それなりの力は有していても、邪魔ばかりする奴と半ば嫌悪していた。
あの頃を思うと、ライオットも変わったが、アノンも変わった。
魔力がなくなっても、ライオットにとって、アノンの価値は変わらない。それを肌で感じるアノンは、ライオットの傍が心地良い。
(これから、フェルノと一緒に行っちゃうんだよな)
アノンはライオットの袖を引いた。
引かれたライオットの半身が落ちる。
もう片方の腕を伸ばして、アノンはライオットの首周りに回した。
「アノン!?」
「ライオット。戻ってきてよ、絶対に戻ってきてよ」
アノンは無言で、袖を引いていた手を離す。浮いた片腕もライオットの首に回した。
目を白黒させていたライオットも、アノンのささやきに、口元をほころばす。
「わかった」
目を閉じて、ライオットはアノンの髪をなでる。
もう一人、目を白黒させたのはサッドネスだ。
隣にいるフェルノは、目元を緩めて、涼しい顔で眺めている。
「びっくりしたの」
「……まあ」
「異世界で色々あって、仲良くなったみたいだよ」
「仲良くねえ……」
落ち着きを取り戻すサッドネスがぬるい目を向ける。
「アノンは、女の子の方が似合うよね」
「見た目がってことですか?」
「見た目もだけど、中身もさ」
フェルノは元に戻って、アノンは戻らなかった。
そんな選択ができるのは、始祖しかいない。
(長年、アノンを見てきた始祖はなにを考えていたのかな)
「アノンが世界を守りたいなら、俺が代わりにはたしてやる」
ライオットが囁き返す。
アノンはさらに泣きたくなった。
今のアノンは、世界なんかどうでもよかった。ライオットだけ、いたらいい。戻ってきてくれたらいいと思っていた。
(ライオットだけ無事でいたらそれでいいなんて、なってちっぽけな考えだろう)
力を失って、守る責務もなくなった。何もないなかで、ずっと傍にいてくれた人だけが残る。
性別が変わっても、魔力が無くなっても、ライオットはいつもアノンの傍にいた。どんなに無力になっても、どこまで一緒に堕ちてくれる。
矮小で、価値がなくても、力を失っても、ずっと、ライオットは傍にいた。アノンを助けようとし、本当に助けてきた。
(ライオットだけ、無事ならそれでいい)
フェルノも、リオンも、エクリプスも、四姉妹も、魔王様たちもいるのに、アノンはライオットにしか意識が向かない。
世界から預かっていた力が手もとから去った。
たったそれだけのことで、すとんと肩から力が落ちる。ただ、目の前にいる人だけしか見えなくなった。
(僕って、本当は、こんなに小さな人間なんだな)
ライオットに抱き着く腕にさらに力がこもる。
ライオットが、もう一度抱きしめてくれた。
フェルノは、魔女から、絨毯を受け取る。魔神の元へは、フェルノとライオットだけで向かうと告げた。
窓辺から、絨毯を広げる。魔力が伝わった絨毯はぷかぷかと宙に浮く。
「ライオット、アノン。そろそろ行くよ」
フェルノが声をかけると、アノンがライオットの首に回していた腕を離した。
アノンはライオットの胸を押し、体を離す。横を向き、フェルノを見つめる。
「僕は、行かないよ。フェルノ」
「賢明な判断。さすが、アノンだ」
フェルノは笑む。
アノンは、小さくむくれて、頬を赤らめた。
「今、行きます」
アノンから離れ、ライオットは壁に立て掛けていた槍に近づく。さっきフェルノから渡されていた細身の剣と取り換える。ライオットの主たる武器は槍であり、補助としてアノンによって魔術具に変えられた拳銃を持つだけだ。
その間に、フェルノは絨毯に飛び乗った。絨毯に座り、あぐらをかく。彼方の青白い箱には変化は見えない。
(私が戻ったら、あの箱をすぐに解かせて、四姉妹を魔王城に下がらせよう)
「ライオット」
「サッドネス?」
槍を持ち、窓辺へ向かうライオットにサッドネスが声をかけた。
いつになく神妙な顔のサッドネスにライオットは立ち止まった。
「君の魔力は侯爵家由来の魔力だ」
「俺の魔力が?」
「本来、氷結魔法とは侯爵家を象徴する魔法だった」
魔力の由来など考えたこともなかったライオットが目を見張った。
「知りませんでした」
「建国して間もなく、我が家から魔力は失われている。知らないのは当然だ」
真剣なサッドネスに、ライオットも真顔になる。
「私たちは、初代王の兄を起源とする公爵家の祖に忠誠を誓う戦士の血筋だ。魔力を剥奪されても、巡り巡ってこの場に、君がいてくれて良かった。
アノンの護衛に君が選ばれて、本当に良かった。授かった力をもって、魔神に立ち向かってくれることに心より敬服する」
「いえ、俺は、本当に、ただ偶然、人選されただけなんで……」
サッドネスに敬服され、ライオットはまごついてしまう。ちらりとアノンに目をやると、じっとこちらを見ていた。
その顔を見ると、ふざけた答えは出来ないなとライオットは姿勢を正す。
「この力に恥じないよう、努めます」
サッドネスは頭を下げ、ライオットもまた頭を垂れた。
顔をあげて、ライオットは振り向く。今さら、かしこまる気はおきなかった。
「じゃあ、アノン。行ってくる」
「うん」
アノンは軽く手を振った。
ライオットが窓辺から絨毯に飛び乗るなり、すぐさま絨毯は走り出した。
フェルノとライオットがいなくなった塔の最上部は静まり返る。サッドネスはアノンに一礼をし、背を向けた。
アノンはふらりと壁際による。背をつけて、ずり落ちるように座り込んだ。
衣類のポケットから、小ぶりの魔物の核を手にする。
日に透かし、輝きを確かめる。硬く青白いガラス玉のような鉱石だ。かりっと噛めども、石のように硬い。魔力を失っては、かみ砕くことはできない。
アノンはため息をついて、膝を抱えて、うずくまった。
ライオットが飛び乗るなり、フェルノは絨毯を走らせた。
「急ごう。魔王様方にご負担をかける」
「はい」
フェルノの胸はざわついていた。
(始祖が死を選んだんだ。魔王様がたが命をかけていない保証はない)
まだ、四姉妹が作る魔力の箱は、維持されており、なかは赤黒い影で覆われている。
(間に合うだろうか。あの箱をすぐに開けさせねば!)




