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184,未完成の魔道具

(剣を鞘から抜けと……、なぜ)


 始祖から渡された剣を両手で握り、フェルノは見つめる。

 胡散臭い始祖の笑顔に、素直に従う気にはなれなかった。

 アノンとライオットが、横から覗き込んできた。


「ねえ、これただの魔術具じゃないないよね」


 口を挟むアノンに、フェルノと始祖が視線を向ける。


「どうしてそう思う?」

「ゴシック。この魔術具、未完成だよ。僕なら、これを完成品として渡さない」


 やれやれとゴシックと呼ばれた始祖は困り顔になる。


「アノンはよく勉強しているね」

「分かるさ。僕が誰に教わっていると思っているの」


 主治医のゴシックとは診療を受けながら、魔法術の雑談も交わしていた。魔法術の談議になれば圧倒的に彼は詳しかった。始祖ならば当然と、アノンは納得したばかりだった。


「アノン、君が私をゴシックと呼んでくれるのは、ちょっとだけ嬉しいな」


「名前に愛着?」

 ふんとアノンは鼻をならす。

「僕が一番付き合いが長い。今さら、呼び名を変えるのが面倒なだけだよ。僕の身体になにをしたと責めたい気持ちを抑えているぐらい分かっているだろ」

「ごめんね。魔力が多ければ多いほど良かったんだよ」

「事故があった。けが人も出た。良いとは言い難い」

「リタは知っている側だから。彼女は彼女なりに受け止めているよ」


 厳しい語気のアノンに、始祖ゴシックは風が吹くように軽やかに返す。


「アノン、体からごっそり魔力が失われても、まだ内臓や筋肉、脳を補完するだけの魔力は残っているだろう。体は十分には動くはずだ」

「環の国に入った時より、ちょっとだけ、マシって感じだね」


 アノンは嫌味に、始祖ゴシックは口元をほころばす。


「かつて私も何度も子どもを実験体にしてきた。三百年前の感覚では、私にとって、この世界の人々は人形のようにしか見えなかったからね」


「私たちが人形だから、世界が滅んでもいいという選択を選べたのですね」

 淡々と告げるフェルノは始祖を凝視し、アノンは下を向く。


「はは……、フェルノは手厳しいね。まったくもって、否定できないよ。

 当初の私は、現実世界を守ることだけが目的で、それ以外のことがからっきし見えなかったんだよ。


 三百年は長かった。


 最初の実験体である、クリムゾンやアノス、メカル、スロウ、リキッド、キャンドル。彼らの生き生きとした姿に、私は人間の子どもの姿を重ね見てしまった。

 人形のはずの彼らに対し、人間のように接するようになった。


 私には手段を講じる責務があった。遂行するまでは、私は意地でも彼らを人間とは見ていないふりをした。無視して、偽って、明け暮れて、数十年過ごした。


 街道に流れてくる者を受け止めて、小さな集落に序列を作り、魔神を呼ぶ準備を整えることができただろう。静かに準備を行うなら、それが正しいとは分かっていた。 


 街道に流れてくる人々を受け止めるクリムゾンたちを見て、私が何を思ったか。当時の私は、真意を無視した」


 始祖ゴシックは口をつぐむ。

 

「今の私たちは、始祖あなたの目に人間に見えているのですか。かつて、人形にしか見えなかった私たちが……」


 三百年という時間は、始祖の何を変えたのか。フェルノには十分な理解はできない。フェルノの目には、最初から人間の国に生きる人々も、魔物の国に生きる人々も、異世界に生きる人々も、人間にしか見えなかった。


 始祖はそれ以上なにも語らなかった。フェルノに渡した剣に、視線を送る。


 言い尽くせないほど、始祖は矛盾している。

 

 街道をのぼり、戦地に赴く。管理された血縁を欲したという名分はあっても、それは街道の端っこでも可能だった。 管理された血縁など、どこででもできたのだ。


 大人しく魔神を迎え入れる準備をしていれば良かったのに、わざわざ戦地に赴いた。

 

 街道をのぼってくる人々。クリムゾンたちの献身。

 魔神によって踏みつぶされた故郷と、逃げる人々の姿を、いつの間にか重ね見ていた。


 街道に出た始祖は戦地をさ迷う。魔法を授けられる人間を探し、三十年近く彷徨った。出会いはなく、肩を落とし、街道へと戻る最中、アノンの祖に出会った。

 豪放磊落な男との出会いが、始祖の分岐点になる。


 使命、建前、矛盾。背後に渦巻くことを、単一な言葉で表現することははばかられた。なにを語っても、別側面から見れば、虚構のように感じてしまう。

 ただ一つ、今、ここにいる、理由だけ。間違いないことと語れる気がした。


「私は、ここで、死にたいのだ」


 場に居合わせた誰もが、驚かなかった。

 三百年生きて、本懐を遂げたのだ。

 剣を預かったフェルノが静かに問う。


「私に、あなたを殺せというのですか」


 始祖は左右に頭を振る。


「その魔道具は未完の品だ。私の魔力を注いで、初めて完成する。

 お願いだ、フェルノ。

 その剣を抜いてもらえないだろうか」


「血の一線式だね。魔力を鮮血に混ぜて、道具に浸透させる。それで、魔力を通じやすい道具に変えるんだよ。どうするの、フェルノ。その剣、抜く? 抜かない?」

「どうする、かな」


 フェルノは迷う。

 始祖の双眸は、くすんでいる。感情も乏しく、力もない。魔神をこちらに呼び込んだことで、彼の精気は風前の灯火のようだった。


(まるで死んだ人間と話しているようだ。彼が幽霊だと言われても、納得してしてしまいそうだ)


 フェルノはそれ以上、考えることをやめた。始祖の三百年に敬意を払う。授けられた魔道具師の遺作を、鞘から抜き出した。

 

「鞘を預かります」

 差し出されたライオットの両手に、フェルノは鞘を預けた。剣の柄を両手で握る。鏡面のように磨かれた白刃が薄闇に浮かびあがった。







 魔道具師の命を支えた核は破壊しつくされた。

 鎖とつながる短刀は支えを失い、カランと空を泳ぐ。魔道具師の肉体から浮かび上がった鎖は、後ろ足に絡みつき、重しとなって、足裏を地にぴったりとくっついた。


 浮遊感を味わう魔神は、気づかぬうちに罠にかかる。

 

 魂抜けた魔道具師の肉体は、闇のなかへと転がり落ちる。影に溶けたように見えても、どこかの地面に枯れ葉のように落ちたのだ。


 魔神を空間内に留めておくため、縦横無尽に動く魔神の尾をその身に受け、預言者の肉体はボロボロだった。


 魔王の身体は魔神の牙を受けていた。暴れる魔神が何度どなく噛みついてきても、耐え忍んだ。


 魔道具師の最期の魔法が完成し、預言者の身体が消滅するまで、魔王は魔神とともにこの場に留まる。


 魔王は流血していただろう。激痛は最初だけ、大量の流血は、快感を伴う。流れる血とともに、魔王は甘い過去の思い出に浸っていた。


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