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182,死に場所

 フェルノたちは魔女の案内で、長い階段を降り、城内に入った。


「城、というより、屋敷だな」

「屋敷? 広くないってことかな?」


 周囲を見回すライオットの呟きにフェルノが問う。

 もっと小さな家屋敷で暮らしていたフェルノから見れば、魔王城は十分広く感じられた。環の国の王城ぐらいの広さはありそうだった。


「廊下を見ても特別なしつらえもない。アンティークな家具や、華美な装飾、絵画一枚ない」

「詳しいね、ライオット」

「フェルノの護衛に入る前は一般騎士です。城の夜間警備に入っていることだってありました」

「へえ、そんな仕事もしていたんだ。城内部をうろうろしていたんだね」

「そうですね。あと実家もそれなりに古い砦を改装してますんで……」

「古い男爵家なんだね」

「人間の国の建国時からあります。先祖のことだけど、結構抵抗していたみたいですよ」

「へえ。世が世なら一国の王子様だったんだね、ライオット」

「よしてください、柄でもない。男爵家の四男ですから、お前は勝手に生きろという立場です。平民とほぼ変わりませんよ」


 フェルノとの適当な会話にもアノンは絡んでこない。ずっと黙ってついてくるばかりだった。


 ライオットはため息を吐く。


 魔力を失ったアノンは肩を落とす小さな少女に見えた。


(こんなことになるとは思わなかった……)


 正直な感想だ。フェルノの護衛はまだしも、アノンの護衛は嫌々だった。異世界に飛ばされるまで、これほど似つかわしくない仕事はないとライオットは思い込んでいた。


(魔神、魔王さえかかわる二百年前の建国、始祖が生きていて、異世界から始祖が来たってさ。国どころか、世界が隠している秘密じゃないか。こんなことに巻き込まれるなんてね……)


 ライオットは自身の魔力の血統が侯爵家に由来するとまで知らない。

 誰にも気づかれないように、ライオットはアノンに視線を送る。


(散々、相応しくないとか、辞めたいとか思ってきて。今さらね……)


 ライオットは、イルバーがアノンを乗せて、飛び去って行く光景を思い出すと刺すような痛みを覚える。


(アノンの横に立つのは俺だろ)


 アノンがふっと顔をあげる。ライオットと視線がかちあう。


「どうしたの」

「なんでもない」

 

 ふいっとライオットは視線を前方に戻した。








 魔神は預言者の体内に取り込まれた。闇深い中で、上も下も分からなくなる。

 感覚は浮遊していても、実際にはしっかりと、足は地についている。それを知るメカルとスロウは、魔神の後ろ足にしがみつく。


 魔神が尾を四方に伸ばす。闇空間は広く、突き破ろうと彼方まで尾を伸ばしても手ごたえはなかった。この闇空間がどれほどの広さか、魔神には計れない。


 そんな魔神の前に魔王は進み出る。

 魔王の身体は膨張する。せり出した顔面が大蜥蜴の大口となり突き出す。開いた口には尖った歯が並んでいた。


 闇に紛れた魔王は、上から魔神を抑え込んだ。

 のしかかられ、動きを制された魔神はもがく。


 魔王は片腕をもたげ上げた。鱗が生えた手の甲、伸びる指は太く、爪も長い。人とも蜥蜴とも言えない、不格好な鱗の片手が魔神の背骨を叩き、上部から抑え込む。


 振り上げられた尾が魔王を狙う。体にのしかかる物体に向けて、振り払う動きを見せるが、魔王にすべては当たり切らない。

 包み込む預言者が、闇をもって受け、魔王の盾となった。

 預言者の肉体に血が通っていたならば鮮血が吹きあげていたことだろう。痛みをこらえながらも、預言者は闇空間を維持する。


 メロウとスロウは、魔神に突き立てた鎌を握る。鎌の柄から伸びる鎖は胴に絡む。胴に絡ませた鎖の反対の先端は両刃のナイフとつながっている。

 二人はナイフの柄を掴むなり、自らの心臓に叩きつけた。


 ここは墓場だ。

 魔王クリムゾン、預言者アノス、魔道具師メカル、魔道具師スロウは、始祖が現実世界のために用意した試作品プロトタイプ

 戦災孤児は得た力をもって殺戮者となり、人間の国を維持する歯車になった。

 生き続けるには、背負う咎は重い。

 そんな四人は、時代の終わりを死に場所に選んでいた。








 リキッドとキャンドルか、通路に面した扉の前に立つ。


「ここなの」

「ここなのね」


 魔女は二人で片方づつ扉を開く。

 フェルノを先頭に、アノンとライオットが続く。

 入室すると、三人の後ろでぎぎっと音がして、パタンと扉が閉まる。


 昼間なのに全体的に薄暗い部屋だった。奥は陰って見えにくい。オレンジの光を放つ魔術具のローソクがそここでともっている。


 中央に丸い絨毯の上に、椅子があり、俯く男が一人手を組んで座っていた。

 黒髪に白髪が混じる。その頭部に見覚えがあると真っ先に気づいたのはアノンだった。


「ゴシック? なんで、ここに【贖罪無為 ゴシックペナルティ】がいるの!?」


 フェルノとライオットだって知っている。魔法使いにして、アノンの主治医だ。二年暮らしていた屋敷に、何度となく訪れ、挨拶していた。


 アノンの目元が歪む。アノンらしい悪辣な表情が浮かぶ。


「木を隠すなら森か」


 ゴシックこと始祖は顔をあげる。


「御名答、アノン」

「ゴシックって偽名だったんだ」

「そう、魔法術協会内部の通称名。長年、名乗っているから、本名と言ってもいいさ」

「僕の主治医なんて、僕の魔力を一番いじりやすいところだもんね」


 魔力があったら、アノンは切れていいたかもしれない。半歩踏み出し、握った拳に力がこもる。肩がせりあがり、小刻みに震える。


「フェルノ。アノン。二人ともよく戻ってきてくれた」

「あなたの目的は達成されても、このままだと大変ですね」


 フェルノがアノンを制し、始祖と向き合う。

 始祖は口角をあげる。目を細めても、感情は薄い。 


「そうだね」

「魔神がこちらで暴れたら、あなた自身も危うい状況になるのではないのですか」

「ごめんね、そこまで考えてなかったんだ」

「あなたにとって、この世界がどうなろうともよかったのですか」


 環の国に飛ばされたフェルノたちは、現地の人々がいなくなり、生きる基盤を失うことは、自らの生存を脅かすことと等しかった。

 

 それはフェルノたちにとって、生きのびるという、当たり前の優先事項があったからだ。この世界がどうなることもどうでもいいということは、言うなれば、始祖にとって、自身の生存に対しての関心の薄さの表れのようでもあった。


「私たちの計画は、魔神から現実世界を守ることだ。こちらに魔神を戻せば、おのずと現実世界は助かるだろう。

 フェルノによって引き寄せ、アノンの魔力をもって魔神をこちらに呼ぶ。それが、私の用意した君たちの役割だ」


 アノンの怒りを感じたライオットが、始祖を睨む。

 フェルノは冷徹な無表情で、始祖を見つめる。

 

「成功して、何よりだ」


 感慨深く、始祖は呟く。


「君たちはどれぐらい気づいたのかな。

 私の知っていることで良ければ、答えられることは答えよう。

 役目は終えたとはいえ、君たちにも知りたいことはあるだろう」


 始祖は枯れた笑みを浮かべる。精気は乏しく、くすんだ目は相変わらず半死の魚のようだ。



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