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180,元に戻る者、戻らない者

 フェルノたち四人がのりこむと、リキッドとキャンドルはすぐさま絨毯を走らせた。暗がりをつっきり、外へと飛び出す。

 闇を抜け出したフェルノたちは、真昼の眩しさに瞼を閉じて、顔を逸らせた。


 目が光に慣れるなり、フェルノは振り向く。影の正体が気になった。視界に飛び込んできたのは、地上から吹きあげる巨大な赤黒い噴煙。その大きさは魔神をも凌駕する。


「あれは……、本当に影の魔物なのか」


 環の国で目撃した巨大な影の魔物を連想する。魔神が中心部に到着する前に、不要な影の魔物は薙ぎ払っている。巻き込まれて一緒にこちらの世界にきたわけではないだろう。


 リキッドとキャンドルが操縦しながら振り向く。


「預言者様よ」

「預言者様よね」


 その名にリオンが反応する。


「預言者、あれが……」


 寄り添うライオットとアノンは言葉もない。

 

 勇者一行を体外に排出した預言者が、ずずっと前方に動き出した。その先には魔神がいる。猛る魔神は警戒する。巨躯を屈め、唸りをあげた。

 預言者が魔神を上から包むように、影を押し広げ、覆いかぶさる。

 四方からほうきなどに乗った四姉妹が、飛んでゆく。

 四姉妹は、魔神を飲み込んだ預言者を四方から取り囲む。四姉妹は力を合わせて、預言者ごと包み込む魔力の箱を作り上げた。青白い四角い薄膜内部へ、預言者に包まれた魔神は閉じこめられる。


 フェルノたちは、その素早さに驚くばかりだった。周到に準備していなければ、こんな速やかな連携はできない。流れるような所業を見つめ、フェルノを息をのむ。


(準備されていたのか……)


 何も知らされずに飛ばされ、何も知らされずに戻された。今ここで、起こっている事態すべて想定しえないことだ。召喚された場所が聖堂だからといって、聖堂に戻れば、元の世界に帰れる確証はない。この世界に戻るために聖堂に向かったわけではないのだ。

 フェルノ含め、四人は環の国の中心部で魔神を迎え撃つとだけ目論んでいた。


(まさかこのタイミングで戻ることになるとはね。魔神が異世界からこちらの世界に飛んできたなら、環の国は無事か……。

 アストラルはこちらの世界に魔神とともに、私たちが戻されることを知っていたのかもしれないね)


 アストラルが別れ際に見せた自責の背景をフェルノはやっと感づく。『許す』と告げても、悔恨をぬぐい切れないわけである。悲哀がよぎり、フェルノは目を伏した。 


(私たちには対抗する手段がある。環の国を背負う君が、私一人のために悔いる必要はないよ、アストラル)


 アストラルは優しい。

 環の国に流れる空気そのものを象徴するのように、慎み深い包容力をもつ。

 

 彼に包まれて救われたのはフェルノである。彼が手を取り、導いて歩いてくれた短い道はフェルノの魂の穢れをぬぐい、潤した。


 ここにいるフェルノは旅立つ前のフェルノとは違う人間だ。

 仲間を信じ、魔王に頼り、約束を守る。それだけのことをできるに人間に変容するよう支えてくれたのはアストラルだ。


(アストラル。私は君の判断を支持する)


 空を見上げたフェルノは願う。届かなくとも、ただ想う。




「フェルノ、リオン、ライオット、アノン」


 名を呼ばれ、魔神と預言者の一幕を見つめていた三人と空を見上げていたフェルノが魔女へと目を向ける。

 魔王城に向けて絨毯を走らせるリキッドがキャンドルの耳をふさぎ、四人を見つめていた。


「私はリキッド。魔女の一人、【私の可愛い流砂 リキッドファントム】。耳をふさぐ、この子も魔女。【私の可愛い円錐 マーダーキャンドル】、キャンドルよ。

 キャンドルは言葉を失っているの。キャンドルは私のしゃべる後追いしかできないの。ごめんなさい。だから、この体勢で失礼するわ」


 まるで片言しかしゃべれない物言いだった少女が、滔々と語り出す。


「私たち、預言者、魔王、魔道具師のメカルとスロウ。そして、魔女たる私、リキッドとキャンドルは、三百年前に始祖に拾われた孤児。

 助けてもらった始祖に頼まれ、魔物と融合した魔人です。

 その表れとして……、ねえ、見て、フェルノ。

 私とキャンドルには角があるでしょ。これは、羊の魔物と融合した痕跡。歌う羊と融合したキャンドルが言葉を失った原因なのよ」


 魔物と人間の融合など、四人は考えたこともない。衝撃は四人の顔に現れ、声も出ない。

(そんなことができるのか)

 一斉に仰天するフェルノたちをよそに、リキッドの語りは続く。


「始祖は、異世界を救うためにこちらに来た異世界人。彼の肉体はこちらの世界では、魔物と同じ核を保有し、永遠に近い命数を得たの。その命数をかけて、彼は彼の使命を果たしたのよ」


「私たちが、この世界に魔神を連れてきたことでですね」

「そう。それは二百年前に、フェルノとアノンの祖先が始祖と交わした約束なの。世界を平定する力を得る対価として結ばれた約束なのよ」


 アノンもフェルノも、何かが胸にストンと落ちる。

 予想はしていても、はっきりと宣告される意味は深い。


「計画を立案した異世界人たちにとって、この世界は、救われても、滅びても良かったの」

「魔女リキッド、お言葉ですが、私たちが滅びてもいいとおっしゃるなら、なぜ魔王様や預言者様が、私たちを迎えにきたのですか。さらに、魔王様は私が始祖と対面する間、魔神と戦うとおっしゃられました。とても、この世界を滅びてもいいと考えての行動とは思えません」


「そうです。フェルノ。私たちは準備してきました。

 始祖たちにとって、故郷が異世界であるように、この世界が私たちの故郷です。この世界を守ると選択したのは、他の誰でもない、始祖の計画を知りえた、この世界に生まれ、生きている()()なのです」


「魔王様方が魔神への対策を準備されていたのですか」

「いいえ。人間の国でも、様々な人々が連綿と抵抗の水脈を流していたの。

 フェルノに強い魔力と教育を与えたことも、アノンに最高の魔法使いになれるように手ほどきしたのも、ささやかな抵抗の花なのよ」


「私に……」


 フェルノはどう受け止めたらいいか惑う。

 ライオットの衣類を掴むアノンの手が震える。


「私たちの行いは、私たちの意志によるものです。計画を立案した異世界人たちにとって、この世界は、救われても、滅びても良かったの。

 なぜなら、彼らにとって私たちは人間ではなかったからです」


「人間ではない、とは……」

「言葉のままです。異世界の人々にとって、私たちは人形も同然なの」


「なぜ異世界の人々は私たちを人間だと認識しないのでしょうか。それは生きる世界が異なるという理由なのですか」


 リキッドは頭を振る。


「この世界が、元をただせば、異世界によってつくられたからよ」


 フェルノとリオン、ライオットが、度重なる事実に驚くなかで、アノンだけ横に視線を流した。


 遺跡で文字盤を読んだアノンは、その事実を四人の中で一人だけ知っていた。

 ライオットに『隠し事はないな』と詰め寄られた時に、『ない』と嘘をついていた。


「異世界によってこの世界が作られた、まさか……」

 

 アノンの横でライオットは呟く。

 アノンはライオットの胸を押し返した。


「……本当だよ。遺跡の文字盤にもそう記されていた」

「アノン、お前。文字盤って……」


 ライオットの脳裏に、部屋でアノンに問い詰めた過去が浮かぶ。


「やっぱり隠してたのか、あの時……」

「ごめん。でもさ、言えないだろ。僕らが、人間じゃないなんてさ」


「じゃあアノンは、こっちに飛ばされるのも知っていたのか」

「それは知らなかったよ、ライオット。文字盤にはそこまで詳しく対応策は書かれていなかった。もし知っていたら、僕だって環の国の中心部なんて目指さないよ。砂漠でも、森でも、全力で、魔神を叩きにかかっていたさ」


 切なく笑んで、アノンは全員の顔を見渡した。

 誰の目にもアノンが小さく見えた。最強の魔法使いの面影が消え、ただの女の子にしか見えないほどに。


「アノンは男に戻らなかったのか」


 フェルノの問いかけにアノンが苦渋の表情を浮かべる。

 さっきからフェルノの話し声を聞いているアノンも悟っていた。


「うん。僕は、女の子のままだよ。フェルノは、元に戻ったんだね」

「それだけじゃないね」

「分かる?」

「ああ、今までのアノンと違う」

 

 アノンが泣きそうな顔のまま笑った。


「異世界からこっちに飛ばされる間に、僕の魔力はすべて吸い上げられた。

 僕に魔力はもう一滴も残されていない……」


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