177,孤独な回想
(そろそろ環の国から樹海に転送されてくるかな)
椅子から立ち上がった始祖は、部屋を出た。
始祖がまだコアと名乗っていた頃、子どもだった六人の孤児たちと暮らした。その日々は、始祖の人生のなかでも、とても穏やかで、辛い現実を忘れさせてくれるあたたかな記憶の一つである。
屋敷のどこかしこに、面影の幻を見るようだった。
駆け回るメカルとスロウを諫めるアノス。
リキッドとキャンドルを二人同時に肩に乗せるクリムゾン。
リキッドとキャンドルが掃除をこなし、意外とメカルとスロウは料理上手だった。
六人がいることで、生活が向上したのはむしろコアの方だったかもしれない。
廊下を進み、塔の階段を上るコアは、ひと時の懐かしさに浸りながら回想する。
魔王城を館と呼び、クリムゾンたちと暮らしていたコアは何度も現実世界と計画を練り直した。
最終的な彼らと合意した結論。それが、魔神を仮想世界に戻すこと、だった。
手段の開発はコアにゆだねられる。
魔神を封じた遺跡内部に石板を設置し、現実世界の指令室は廃止された。残された現実世界の研究者は、環の国と森の民の元となる集団に潜伏する。
仮想世界の存在を現実世界から消すために、コアと連絡し合うのは環の国のみとした。さらに限られた人だけがコアの存在を知るように、宗教という隠れ蓑を用意する。
その間にコアはいくつかの実験を繰り返し、いくつかの失敗と成功を得た。
現実世界が滅んでいるのに、小国乱立する紛争ゲーム地帯での諍いは治まることがなかった。無駄な争いを横目に、コアは計画を練っていく。
その間も、樹海側に逃れてくる者は増す。逃れてくるのはたいていが子どもだった。彼らが歩き、踏み固められて、細道ができた。
コアは彼らをもって、合成体、移植、投薬を、男女、年齢など条件を変えて実験を試みた。
人間で行えば、非人道的と言われることであっても、元は仮想世界で作られた住民である。咎める良心は薄かった。コアにとって、仮想世界の一部。ある意味、樹木の枝や花を手折る程度の認識でしかなかったことは否めない。
そのなかで、魔物の核の力、すなわち、魔力のもっとも定着が良かったあり方が、妊娠中の投薬だった。子どもはそろって人間でありながら魔力を保有するに至る。微々たる魔力だが、交配と投薬を繰り返せば、強い魔力まで育つ可能性を秘めていた。
移植はひと時、強大な力を手にすることができるものの、短命で終ることも判明した。
移植や合成体の成人を片親または両親にもつ妊娠中の投薬は最も効果があると見込まれた。
クリムゾンたち六人の合成体から、見た目が同じ核でも、魔物によって効果が違うことも判明する。球体の魔物を移植したメカルとスロウには魔力はほぼなく、得たのは知性と記憶力と長寿であった。コアが望んだ力を有したのはクリムゾンとアノス。リキッドとキャンドルは体力はそのままに、大きな魔力を得ただけにとどまった。
魔力の増強なら羊。体力と魔力を補強するなら影の魔物や狂暴性の高い魔物。球体の魔物は知性に作用すると判明する。
環の国では魔神転送準備として、国内に、宗教施設と称して、移送用の空間を用意することとなった。その働きを補助するために、魔物の核から得られる力を人体を通して残す方法が選ばれる。
日々の魔物からの脅威を逃れるための対策と相成って、コアの研究は環の国でも生かされた。
魔物の核を人体に取り込み得られる力を魔力とコアは名付けた。その技術を環の国に残った研究者は、ひと時の期間、妊婦に投与した。人々には魔力の存在を伏したうえで、魔力を有する子どもを産み、神官として育てる道を作った。
聖堂を中心とした円形の地を通して、環の国から樹海へ魔神を召喚する手段とエネルギーの確保をコアが担う。
現実世界の指令室は破壊し、仮想世界の応答室のみ残される。応答室がコアに残されたことで、天候を操る魔法使いとして人間の国を震撼させる手段となった。
また王家に生まれる子どもへの体質操作と、異世界召喚時の身体変化は、この応答室から行った。三百年前、仮想世界から現実世界に魔物を転送するに、変化をコントロールする技術の応用だった。
環の国に潜伏した研究者には命数がある。彼らは王制を敷き、来たる魔神復活と復興を子々孫々に託し、寿命を終えた。
同志が死に絶え、コアは一人ぼっちになった。
階段を上りながら回想にふけっていた始祖も塔の最上部にたどり着く。突き刺す陽光に現実世界に引き戻され、街道と樹海を窓越しに眺めた。
樹海側の窓辺にはサッドネスがいる。
「やあ、サッドネス」
振り向くサッドネスの隣に始祖は立つ。
「環の国との最後の交信は終わりましたか」
「終わったよ。鏡越しにアノンもとフェルノがいたよ。四人揃ってこちらの世界へ戻ってくるといいね」
「彼らなら、真っ先に四人揃って魔物を屠ることを考えるでしょう。
ここからは我々の戦いです。あなたがあなたの守りたい世界を守るように、我々にもこの世界を生きる人間として、厄災を払うまでです」
真顔のサッドネスに、薄い笑みを浮かべる始祖。因縁は深く、二百年にさかのぼる。
始祖は侯爵家の者たちを嫌ってはいない。むしろ、そのボロボロになっても戦う意志を眼底に光らせる戦士の血を感じさせられるたびにぞくりとする。
力のすべてを剥奪され、剣も槍も弓も握れなくなり、腕も足もそぎ落とされたような状態でさえ噛みつかんと挑み続ける不屈の精神に魅了されるほどだった。
孤独を背負って戦う姿に、始祖は自身を重ねて見ているのかもしれない。
「ありがとう」
ついて出た言葉に始祖自身も驚く。
サッドネスも、なぜこんなとろこで礼を言うと、あからさまな表情を浮かべる。
「……」
「……」
沈黙のなかで、始祖の胸は透く。
「一人の人間が背負える役割はとても小さいものだ。すべてを背負うことはできない。私にできることは、現実世界を守ることだけだった。
侯爵家が、公爵家の意図を汲み、ピエロとなって、私にたてついてくれたことを、ここに感謝したい」
「……私はただの子孫です。あなたに礼を告げられるほどのことはしていませんよ」
目元に嫌悪を浮かべて、サッドネスは嫌味を漏らす。
その時、空から光が落ちた。
開戦の狼煙と言える、天から落ちる一筋の閃光に一瞥をくれ、始祖は踵を返す。
「私は部屋で待つよ」
サッドネスは始祖の呟きを無視し空を凝視する。
始祖は軽い足取りで階段を下り始めた。
(ありがとう、ありがとう。
私に死に場所を与えてくれて……、ありがとう)
魔王たち六人が囲む彫像に、天から一筋の光が落ちた。
リキッドとキャンドルが持っていた絨毯を魔王が受け取り、脇に抱える。
ほうきを手にした魔女は、リキッドがメカル、キャンドルがスロウを乗せて飛び立った。
円の外側に散った四姉妹とエクリプスは、落ちてくる光の眩しさから、腕や手で目をかばう。
魔王と預言者は顔を上げる。
落ちてきた光は、上空で膨張する。膨れ上がった光の柱は目の前の魔道具へ吸収されていく。
光が魔道具へと吸収しきった時、そこに勇者一行と魔神が現れる。
クリムゾンとアノスはその瞬間を待っていた。
影の魔物であるアノスが肉体を膨張させる。巨大な闇が現れたかと思うと、クリムゾンを飲み込み、上方へ伸びていく。闇は勇者一行を飲み込んだ。




