176,合成体
六人の戦災孤児は、コアの技術によって、魔物と融合し、合成体になる。
魔王【混濁僭主 クリムゾンディシプリン】は蜥蜴【切断 ウロボロス】。
預言者【禁呪預言者 アノニマスエクリプス】は赤黒い影【虚無 アイミーマイン】。
魔女【私の可愛い流砂 リキッドファントム】は羊【水銀羊 ジャンクション】。
魔女【私の可愛い円錐 マーダーキャンドル】は羊【歌う羊 スプーキートラウマ】。
魔道具師【拡散人形 スローターハウス】は明滅する球体【根絶 サイコ】。
魔道具師【残響工作室 メカニカルインフェルノ】は眼球【眼球 サイコ】。
それぞれ六人は、魔物と融合することで核を保有し、コアと同じく、長い時を生きる者となった。
魔王の話を、四姉妹は静かに聞いていた。
断片的に聞いていたものの、きちんと語られるのは初めてだった。後方に控えていたエクリプスも驚きを通り越し、唖然と耳を傾ける。
「当初、始祖は魔神のように強い者を生み出し、異世界に送り出すことを考えた。【切断 ウロボロス】と融合した魔王や、【虚無 アイミーマイン】と融合した預言者のように……」
「それで、フェルノやアノンはあんなにも強いのか」
「それは違うよ、エクリプス」
「彼らを強くしたのは、始祖じゃないんだ」
「スロウ様、メカル様。それはいったいどういうことですか」
「二人を強くしたのは、人間の国よ」
「二人を強くしたのは、人間の国よね」
「リキッド、キャンドル。なぜ? 魔神を倒すためにフェルノとアノンがいるわけではないの?」
「違うのだよテンペスト」
「預言者様?」
「始祖は途中で強い者を作ることを諦めたのだ。強い者を異世界に送り出して、それが本当に魔神を屠ることにつながるか保証はないと始祖が気づいてしまった。
むしろ、復興途上にある環の国や森の民を戦いに巻き込み、更なる痛手を与えることになるかもしれないと考え始めたのだ」
「よくわからないです、預言者様」
「エム。強い力がぶつかりあえば、その周辺も巻き込まれる。復興が進み始めた環の国を危険に晒すことを恐れた始祖は方向転換したのだ」
「どういう方向に……」
「異世界からこちらの世界に、魔神を呼び寄せることに、だよ。デイジー」
「樹海に魔道具を設置して、こちらで戦う方が異世界の人々を守れると判断したのですね」
「じゃあ、預言者様。私たちは魔神を迎え撃つためにここにいるの。それも始祖の計らいなの」
「残念だが、違うよ。ドリーム」
預言者と魔王は顔を見合わせる。息をつき、魔王が言葉を引き継ぐ。
「異世界を戦場にできないと悟った始祖は、こちらへ魔神を呼び寄せ、この世界に魔神を閉じ込めることにしたのだ。
そうすれば、魔神を倒す必要はない。異世界の環の国や森の民は、おのずと助かる」
「魔王。こっちにきた魔神はどうなるの? そのまま暴れたら、怖ろしいことになるのではないの?」
「始祖の望みは異世界を守ること。異世界が守られれば、始祖の目的は果たされる。
この世界がどうなるかは、始祖にとっては二の次なのだよ」
「この世界を守りたいと願うのは、異世界からきた始祖の望みではなく、私たち自身の意志なのだ」
「待ってください、預言者様。始祖にとって、この世界は魔神によって滅んでも構わない世界だったのですか」
「そうだよ、エクリプス」
「ですが、すでに始祖も三百年はこちらで生きているはずです。この世界が滅びれば、始祖も危ういはずでは? 俺たちは捨て駒ですか? まるで魔神によってこちらが滅んでも構わないようではないですか」
「その通りなのだ、エクリプス。
始祖はこの世界に未練はない。始祖にとって、我々は人間の形をしていても人間ではないのだよ」
「人間ではないとは、コアにとって、この世界が、生まれた世界とは違うからでしょうか。世界が違うから、それだけで、この地に住むすべての人間を見捨てられると。始祖はそういう考えなのですか!」
エクリプスが叫ぶ。
場に沈黙する。
預言者が語りだす。
「それでも、わしたちは生きている。生きている限り足掻きたい。
わしらは十分に生きた。人間の国の建国にも携わった。今では、街道は豊かであり、人間の国は平和だ」
「クリムゾンも私も、人を殺しすぎた」
「人間の国を建国するためとはいえ、かつての戦災孤児が、魔物との合成体となり、数多の命を刈ったのだよ。この業の意味が分かるかい、娘たちよ」
「魔道具も作った」
「沢山なあ」
「人間の国は、始祖が目的のために求めた国だ。そして、それにわしらは加担した。時代を作った者がその節目に命を落とす。わしらにとってこれほど相応しい死に場所はないのだよ」
ドリームが頭を振った。泣きそうな目から涙があふれ零れた。
「嫌だよ。魔王も、預言者様も、スロウ様もメカル様も、リキッドもキャンドルも……」
言葉は切れて、泣き声に紛れた。
デイジーは口元に手を寄せた。泣くまいと堪えるも、目尻に涙がたまる。
エムはうつむいたまま、顔をあげない。
テンペストは瞬きもせずに目を大きく開き、動かない。
新参者が遠慮するように、エクリプスは一歩引いた。
魔王は娘たちを一人ずつ抱きしめる。泣いている者も、我慢している者も、こらえている者も、打ち震えている者も、一人ずつ受け止める。
預言者も、メカルもスロウも、彼女たちとの別れを惜しむ。
長い時を生きる者たちにとって、死とは、個人の選択である。
時間を超越するからこそ、死は至高の選択となり、自らの決断とともにあるのだ。
四姉妹も魔王たちと同様であり、人間のようにいずれ死は訪れると受け入れるものではなく、自ら能動的に選択するものであった。
故に、不死に近い個体が自ら死をのぞむならば、それを止めることは叶わないという共通意識を持っていた。
別れは長い人生の時間に比べると驚くほど短い時間だった。
エクリプスは空を見上げ、軽く鼻をすすった。
ぽんと背を叩かれる。横を向くと、魔道具師が二人立っていた。
「ありがとうな」
「たすかったわい」
「いえ……」
エクリプスは、眉をひそめ、不格好な笑みを浮かべた。
さりとて、これが最期だと聞いていても、涙を流しても、悔いても四姉妹は、強く実感はしていなかった。魔王たちは生きており、目の前にいる。
四人四様に、まだどこかで、魔王たちはこれからもずっと生きているような気持ちを片隅に残していた。
明日もまた、いつもの毎日が始まるような夢のような錯覚を捨てられずにいた。
太陽が昇る。
「そろそろ、持ち場につこう」
魔王が静かに告げた。
ほうきなどの飛び道具を用いて、四姉妹は四方に飛ぶ。役割は決まっており、勇者一行の帰還に備えて配置につく。エクリプスも絨毯に乗り、空へと飛んだ。彼らは円形に配置した魔術具の外側を目指す。
残った六人は中央の彫像を囲む。
「この日のために、わしたちは長い時を生きてきたのだろうな」
しみじみと魔王ことクリムゾンが呟く。
「クリムゾン。時代の節目までよく生きたものよ」
預言者の呟きに、魔道具師二人も頷き合う。リキッドとキャンドルは口元に微笑を称えた。




