174,異世界人
街道から人気が無くなり、魔王城から魔王たちは出立した。
エクリプスが操縦する魔法の絨毯に魔王と預言者、魔道具師が乗り込み、魔女二人が操縦する絨毯に四姉妹が乗り込んだ。
見送ったサッドネスは塔へ上る。
街道を見下ろせる窓へちらりと視線を流し、別の窓辺へと向かう。
サッドネスは見届け人である。
始祖の思惑に反旗した因縁があり、戦闘に参加する権限は剝奪されていた。
侯爵家の祖は戦士である。二百年前の平定を臨む戦いでは、魔王や預言者と共闘した繋がりを有し、魔法術協会から追放されても、彼らとの繋がりは続いていた。
今でこそ老いた魔王と預言者であっても、二百年前は勇猛果敢、獰猛な戦士であった。
彼らとともに戦った牙を抜かれた戦士の慣れの果てとして、サッドネスはこの場にいる。
(私は戦いの場に赴く力はない)
片手を握りしめる。貴族のなかでも最下層の魔力量しか保有していない。訓練することも禁じられた侯爵家の、かつて最も得意であった属性は氷結。
侯爵家の祖先である戦士は、冷徹無比なる氷の戦士であった。
始祖に反旗を翻す前に侯爵家にいた魔力を保有する娘たちは地方に嫁がされた。魔力を保有する者が、今後一切の魔力を封じられる魔術具を身につける粛清を受けるなか、嫁した彼女たちだけはその咎から、逃れることができた。魔力を有する貴族との婚姻は制限され、徐々に侯爵家から魔力を持つ者は減っていった。
(だが、公爵家の現当主はライオットを選んだ)
彼は明らかに、侯爵家の魔力を引き継いでいる。
侯爵家の真なる主は公爵家である。侯爵家がかつて忠誠を誓い、すべてを捧げた。
ライオットがアノンの護衛に選ばれたことに、サッドネスは因果を感じずにはいられない。
(我が家が始祖に反旗を翻すのも、全てを剥奪され文官となっても、しがみついてきたのは、今日この日に向けて、あらゆる準備をするためだ)
決意をもってサッドネスは窓から森を望む。
ここ数日間、毎日エクリプスが歩き回り、魔術具を設置していた森である。魔神と勇者一行を迎え入れる準備は整えられている。
魔力が乏しく、魔術具や武器を扱うことを禁じられているサッドネスは遠方から状況を見守るしかない。
「生贄の聖女を、断罪せよ」
告げた瞬間、笑い出しそうになり、魔法使いは必死でこらえた。
(なにを言うかだな。断罪されるべきは、私であろうに……)
アノンとフェルノが向かい合い、言葉を交わす姿を見届けて、鏡から離れる。程なく鏡はただの鏡面へ戻り、周囲の暗がりを映し出す。
これをもって、魔王城と環の国の繋がりは切れた。
三百年。長い時間であった。
魔道具師により時を止められた椅子に魔法使いは座りなおす。椅子には魔道具師の遺作となる剣が立て掛けており、彼はそれを膝に置き、鞘を撫でた。
(とうとうこの日がきたか)
三百年前、異世界からコアはこちらの世界へ渡ってきた。
コアにとって、異世界こそが現実世界であり、この世界はかつてコアがいた文明が作り出したもう一つの世界、仮想世界である。
ここにいる魔物も人間さえも、元はコアたちが生み出した仮想の生き物だ。
人間の国の領土は、小国が乱れた戦記の世界を模していた。現実世界から、ダイブした人々が戦乱に乗じて遊ぶ場であり、ある年齢以上でなければ興ずることがゆるされない空間であった。
魔法はなく、剣や弓、槍という武器を使い、城壁を突破し、国取りを行うこの世界に付属的な存在として、人間を模した知能を有する人形が置かれていた。
その人形が、この世界で暮らす人間の原型であり、魔人たちの原型でもある。
それを知るのも、この世にコアしかいない。
かつて、魔物の国はただの樹海、人々が侵入しない区域と設定されていた。
人々が入り込まない場でコアたちは実験を行っていた。魔物の核とは、そもそもエネルギーの塊である。次世代のエネルギー源として開発途上の品であった。
現実世界で魔物の核に該当するエネルギーの元を作るには非常に時間と費用がかかる。
奇しくも、仮想現実から現実世界へ、現実世界にある近い物質を用いて、立体模型を製作可能になる技術が確立され、ある一定の品を自由に仮想世界から現実世界へと具現することが許されるようになった。
魔物という生き物の体内でエネルギーの塊を育て、現実世界で具現する。そんな魔物の核の実験は、エネルギー確保における亜流の実験であった。
エネルギーの塊を作るため、別の疑似空間における子供向けモンスターをピックアップし、用意した。
そんな魔物の生きる場として森は最適であり、人間が入り込みにくい魔物の森が選択された。
魔物のチョイスも、場選びも、所詮、仮の実証実験のためであり、研究者であったコアも遊び半分で魔物を育てていた。
森の片隅で魔物を飼育する。街道の入り口にある一軒家は、コアたち実験者が、飼育のために最初に建てた家であった。
いくつかの実験を経て、現実世界へエネルギーを受け渡す入れ物として、魔神の元となる魔物【死屍累々ジャッジメント】を育てていた。二足歩行もする猫型の魔物は動物と植物の性質をもつ。三又の尾がは毛が生えたつる植物のようであり、その先端には花が咲き、食べれる実がなった。
すぐそこに戦火はあっても、コアたち研究者は、そこで繰り広げられている行為をよくやるなと半ば軽蔑しながら、そ知らぬふりをして過ごしていた。
人間の行いの愚かしさを侮蔑しても、仮想現実の人間の形を模した物をコアは人間だとは認識していなかった。
本命の【死屍累々ジャッジメント】の転送にかかる前に、他の魔物を用いて数回の実験を行った。受け取った現実世界では、肉体がただれたり、核が割れて、転送されるトラブルが生じた。
核という高いエネルギー物質を転送しているためと仮説を立て、変化を抑制するために、あらかじめ転送と同時に進化するを設定を盛り込むことで、問題は回避できた。
十分に核が成熟した【死屍累々ジャッジメント】を現実世界へ転送する最中、事故が起きた。
内蔵されていた魔物の核が作用したのか、転送に不備があったのか、実のところその原因はいまだに分からない。
仮想世界から現実世界への転送中に【死屍累々ジャッジメント】は【凶劇 ディアスポラ】へと進化を遂げると同時に、巨大化した。
さらに【死屍累々ジャッジメント】の果実は食べさせた魔物を仲間にする能力をも、ただ穏やかに佇むだけで、他の魔物を狂暴化させ、操る能力へと進化させた。
理由は分からない。【死屍累々ジャッジメント】を進化させ【凶劇 ディアスポラ】として現実世界に現れた時、それは爆発的に巨大化した。
その後は、地獄だった。装置は暴走し、そこから仮想現実の世界が流れ込んできた。【凶劇 ディアスポラ】を皮切りに、盛り上がって流れ込んできた樹木に絡まり、数多の魔物が巨大化し、現実世界に流れ込んできた。
輸送した魔物から採取していた魔物の核エネルギーを用いて、魔物を操る魔神と名付けられた【凶劇 ディアスポラ】を苦渋の中で封印してても、時遅し。世界は滅ぼされた。
研究者に研究を命じた責任者さえ、ことごとく逃げのびることができなかった。
研究者たちでさえ、三分の二は命を落とした。
そして、生き残った研究者は各々の役割を得て、各地に散った。
生存者を助ける者。
仮想世界と現実世界のつなぎを行う者。
仮想世界で魔神に対抗する手段を作り出す者。
【地裂貫通 グラインドコア】は、ただ一人、仮想世界に身を投げた。
現実世界に人体を捨てて、仮想空間で生きる人間を模した体に魔物の核を埋め込み、自ら魔物となったのだ。
二百年前、人間の国平定をもって、魔法術協会内部に潜み、監視してきた。名を【贖罪無為 ゴシックペナルティ】へと改めて。
(まさか、あの時はね。この世界と、これほど長く付き合うことになると思わなかったよ)
天井を見上げて、コアは苦笑する。




